04 没落失敗の兆し
相変わらず話が迷子です。
8歳頃のお話です。
ある日の一幕。
セン・フォン・ラインボルトは夜遅くに自室兼執務室にて自分の補佐を務めているラタ爺と対面していた。
ラタ爺は祖父と同年代の御仁であり現役の頃からサポート役としてラインボルト家に勤めてくれている。
そして自分が子供だからと言う前提からの見方をしないラタ爺にはとても助けられていた。
しかしいつも穏やかな笑みを絶やさないラタ爺が渋面のまま入室して来ると思わず構えてしまう。
「センさま、大変な知らせが御座います」
「どうしたラタ爺、商会の方で何か問題でもあったのか?」
持っている書類の分厚さを見てしまえば予想出来る問題の重大さに対して気分が沈む。
「は、それが……」
「うん?」
「先日言われました従業員に対する給料の使い道の調査の件ですが」
「ああ、もう終わったのか。続けてくれ」
返って来た言葉は完了した案件を報告する言葉。
従業員の嗜好等も差し入れや新商品の開発等に影響してくる為定期的に行いたいと思い、今回が初めての調査となったのだが皆協力的に回答してくれたらしい。
それ自体は喜ばしい事であり、なおかつ書類にしてくれたのは把握しないといけない側としては有難いのだがラタ爺の口は更に重くなり、重々しく次の『問題点』を告げて来る。
「殆どがラインボルト商会、及び系列店に使われ、他の店に金が落ちていないと言う結果に」
「……」
「加えて商会への客自体も増えた為に他の店が軒並み閑古鳥が鳴く状態になっております」
その言葉を聞いてまず起こった感情は困惑。
次いで思考を回せば自分が二ホンの知識を持っていたせいで起こった事であると言う解答に辿り着く。
自分が今手を付けている物は食文化の改善、市街の増築、服飾業関連等と手広くやっているがその中でも食品を取り扱っている店の売り上げが軒並み青天井に達していると聞かされれば人は美味い物に対して正直だなと思う反面厄介だな、と考える。
何しろ自分の自己満足の為に始めた事が余計に金を集める事態になっているのだ。
このままではいつ寝首を掻こうと他家が妨害に出て来るかもわからない。
しばし頭を抱え唸り声を上げるセンに対してラタ爺は苦笑を浮かべながらも静かに待っていてくれた。
「……ラタ爺よ。頼みがある」
「なんでしょう」
とりあえず、の解決策を思いついた所で顔を上げればラタ爺の顔つきも変わる。
その真面目な顔も次の瞬間には呆けたモノになるのだが。
「今直ぐに他の商会に対して技術供与を始めてくれ。多くの商会が取り扱っている品を優先だ」
「はっ?……よろしいのですか?」
利益を独占しなくて良いのか?と言外に告げて来るラタ爺に対して自分は苦笑でもって返す。
確かに商品の独占は商人にとっての一種の理想だろう。
だが自分は貴族だ。金には困っていない。だからそのまま二の句を継げる。
「このまま独占を続けてみろ。何が起こるかわかるだろう?」
「……時折センさまは未来を見るかの如く言葉を発されますね」
軒並み倒産してもらっては困るのだ。
それに加えいつラインボルト商会が終わるとも知れず、何かが起こった時に当てにしたいのは今まで連綿と商いを続けて来た者達なのだから。
今は新しく新鮮だからと客が寄って来ていても彼らはいずれ対抗手段を探し出すだろう。
それならば自分の目的に対して早く近づける手段も取れる。
「ああ、何と言っても自分は『前世持ち』だからな」
「そうでしたな。目的の方はいつお知らせになられるので?」
周りの者に言っていないがラタ爺には「家を縮小したい」と言う考えを以前から話してあり、このまま力を付け過ぎるとどうなるかの危険性を話すと得心した様に笑みを作った後に『それで、本当の目的はなんですかな?』と様々な事を経験してきた者特有の笑顔で言われた時点で正直に「美味い物が食べたい、住みやすい家に住みたい」等の事を話した結果、やはり苦笑交じりに助力願いを承諾された。
得難い人物がこうも都合良く家に仕えていると知った時は目を見開いたのはよく覚えている。
「中等部入学前ぐらいを考えている」
「わかりました。では、その様に」
「ああ。今後も頼む」
情報の発信源として機能しつつも力を溜め過ぎ無いようにしないとな……等と考えつつもやりとりを終え退室しようとするラタ爺を見送ろうとすれば扉を開けた所で立ち止まった。
「おお、そう言えば一つ言い忘れておりましたな」
「悪い知らせか?」
「センさまにとってはですな。また数件程婚約者の話が出ておりました」
「……断りを頼む」
「承知しました」
酸っぱい物を食べたかの様な表情を作ったまま言葉を発する少年に対して別れを告げ、自室への廊下を歩きながら『別の問題が記された』書類を持ったままの翁は思う。
いつかセン・フォン・ラインボルトに幸いなる出会いがありますように。
と。