変わり者と王女様:02
うっかり王女を子分にしてしまってから早数日。
王様に彼女が密告したのか王本人から「……娘をよろしくね」と言った内容の手紙が届き、命の危険を感じつつもセン・フォン・ラインボルトは彼女に嫌われようと抗い続ける。
まあその努力は何年経っても報われないのだが。
そして今日もまた終業を告げ放課後が始まるチャイムが鳴った直後に彼は教室から逃走を図る。
しかし扉を開け、一歩踏み出したかいないかの所で右腕に盛大な衝撃が走り、腰に腕が回る感覚を得ると同時に転がるのを防ぐ為にたたらを踏まされ、「先輩!」と呼びかけられる声の発生源に対して暗澹たる気分のまま元凶を見やる。
黙っていれば清楚とも言える外見をした黒髪の少女。
そう、『黙っていれば』だ。
「先輩先輩!今日は何をやるんですか!」
「ええい引っ付くな離れろ暑苦しい!」
犬が匂い付けをするが如く額をこちらの胸に当ててぐりぐりと動かそうとする少女の頭頂部を掴み引き剝がそうとする。
しかしその細腕の何処にあるのかと思う程の力によって背を締め付けられる。
「背骨を折ろうと力を入れるな馬鹿者ォ!」
「ご、ごめんなさい!」
みしり、と異音が内部で響いた時には色々な物をかなぐり捨てて叫んでいた。
慌てて離された後にぺこぺこと謝る彼女を眺めていると今日もまた怒りが萎えていくのを感じた。
今のままでは良好な関係を築き上げてしまう予想がついているのだがやはりどうにもやりにくい。
異界の常識と言う物は自分にとって多大な影響を及ぼしているようだ。
とは言えまだ修正は効くだろう。
「まあ良い、今はな……」
「ところで先輩、今日は何をやるんですか?」
「何故やる事があると思っているのだ貴様は……。今日は北校舎の外壁修理だ」
「え?」
目的を改めて心に誓えば大人しく待っていた彼女が嬉しそうに呼びかけて来る。
しかし返答を聞くと困惑した表情と化し、言葉を探し唸りだす。
それを横目に見つつ足を目的地に向け進め始めると慌てて追いかけて来る。
周りからの視線がやけに生暖かいのは気にしたら負けだろう。
中には「あのセンが彼女持ち……!?」「嘘だ!去年何人もの告白を振ったと聞いたぞ!?」等の呆然とした呟きも混じっていたが未だに返答に悩んでいる彼女には聞こえていないようだった。
そのまましばし歩き続ければ何か思いついたのか数歩後ろからこちらを追い抜き見上げて来た。
「そう言えばフラロンスさんが怒り狂ってたんですけど何かやったんですか?」
「当たりだ。そして今日は彼女を呼び出している」
フラロンス・フォン・リッケルト。
リッケルト家の第二『子女』な彼女。
そしてその生家は土建業によって公爵へと取り立てられた実力主義の家。
ラインボルト家とは以前からの付き合いもあり、センとしても世話になっている家である。
「……嫌な予感がします!逃げても良いですか!?」
「ははは、付いて来てしまったのだろう?共に行こうではないか」
怒り狂っていた、センが呼びだしたと言う情報から危機感を感じ逃げようとする彼女の首根っこを掴みながらセンは良い笑顔で目的地へと歩く。
傍付きの者に対し無礼を働いている瞬間を見てもらう為だと内心では考えているが周囲からは後輩と仲が良いなぐらいにしか思われていなかった。
それに加え連れて行かれる少女の顔に嫌悪感は無く、笑顔であった。
ただしその頬は若干引き攣ってはいたが。
フラロンスから校舎修理の代金を聞いて彼女が卒倒するのは五分後である。