変わり者と王女様:01
数ヶ月前。
「もう!逃げないで下さい!」
「そもそも何故貴様と自分が婚約などと言う話になっているのだ!?」
「私から父様にお願いしたんです!」
「何をやってくれているのだ貴様ァァァァ!」
「なんで逃げるんですか先輩!」
「惚れる相手がおかしいと言っているのだ!それと理由がわからん!」
「一目惚れでした!好きです!」
「何ィ!?」
最初に彼女と会ったのは五年前。
自分は中等部二年生として。
彼女は中等部一年生として入学して来た年。
今になって思う事がある。
ここで関わっていなければ平穏に忘れ去られる事が出来ただろうかと。
その少女が貴族の子女達に絡まれているのを見つけた時に思わず頰が引き攣った。
囲んでいる少女達よ、庶民だなんだと言っているが目の前の少女は王族なんだぞ……と思わず絡んでいる少女達の家が取り潰される光景を幻視した。
自分が王族だと判別出来た理由は自分が事前に知らされていたからだ。
まさか商会主補佐として王との謁見に呼ばれた上『娘をよろしくね』等と言われれば断れる訳も無く。
だが入学して来る事を周りに知らせないまま入ってくる王族もどうかと思うが子女達も知らないまま不敬を働いていたと言われても寝耳に水のまま青ざめ気絶するだろう。
傍付きの者達はどうしたと言いたい。
しかしこれはチャンスではないか?
ここで次期女王様に対して特大の不敬をやっておき、怒りを持ってもらえれば後々積極的に我が家の権力を削ぎに来ようとするのでは?
そう考えた自分はそれらを実行に移す為に顔を上げ、笑みを浮かべながら近づいて行き、全ての元凶となる言葉を吐いてしまう。
「失礼、お嬢様方。私の子分に何をなさっているのですか?」
その言葉を言った時、横を振り向いていたならば自分は何と続けただろうか?
俯き暗い表情になっていた少女の顔が恋する乙女と化した事を少年は知るよしもなかった。
ただその時の自分の頭は「王族を下に見る発言!これは最大級の不敬だな!」と言うモノで埋まっておりその後も笑顔で『セン・フォン・ラインボルト』として振る舞い目の前の子女達を散らせる事に奮闘していた。
どうにかその場をうやむやにした所で去ろうとすれば「あの」と声が掛けられた。
自分は内心ほくそ笑みながらさぞや怒っているのだろうなと振り返り、そして困惑した。
何故、怒っていない?
何故、嬉しそうな表情をしている?
何故、顔が真っ赤なのだ?
そして何故、『まるで恋する乙女』と評される様な雰囲気を出しているのだ……?
落ち着けセン・フォン・ラインボルト。これは高度な怒りの隠し方かも知れない。
今すぐにこの場を後にしろ。最大級の嫌な予感がする。
だからその言葉を聞くな、聞いてはいけない。
「あ、あの、セン様が良ければ私を子分にして下さいっ!」
勢いよく振り下ろされる頭につられ靡く髪が美しいと思ったのは現実逃避からだったろう。
全力で断りたかったのだがおずおずと窺ってくるその表情に怒りの表情を隠せるのであれば彼女は相当な演技派なのだろう。
思わず無表情になったこちらの頭の中は大量の疑問が渦巻いていたがそれらを押し潰し、『王族と知らない』ままの高笑いでもって返答する。
「良かろう!貴様をセン・フォン・ラインボルトの子分にしてやろう!」
「ありがとうございます!親分!」
親分。
「……」
「どうされましたか?親分」
まるで子リスの様だなと思う首の傾げ方を見つつどうにか言葉を絞り出す。
「……そこは先輩にしておけ」
「親分は謙虚なんですね!わかりました、先輩!」
「ああ、よろしく頼む……」
「はい!」
没落を望んだセン・フォン・ラインボルトにとって致命的だったのは彼女が『自分を下に見てくれる人』と言う物に憧れを持ったまま入学して来てしまった事だろうか。
そして結果的にと言えどセンのやった事は物語でよくある「ヒロインを救い出す」と言う状況を作り上げてしまった。
こうしてここに『王族を従えた権力者』が出来上がる。
それからしばらくしてセンからの要望により学園全体に彼女の事が知れ渡るもセンの事を悪人か何かだと思う間もなく王女が懐いていたので多くの者が生暖かい目で見守る事となった。
感想ありがとうございます。
小説は「あったら良いな」を自分で書けるので楽しいですね。