2.避難
うーん、読み難いかも。
気持ちは純文学目指してます。
12/1 描写、心情、女性の扱い、大幅変更
今、俺の眼前では、魔獣がよだれを垂らしながら口元をいびつに歪ませていた。
奴は、俺らが恐れ慄く姿を楽しんでいるのだ。
この場から逃れようにも背後は行き止まりの壁で、窓も位置が高く、この魔獣から逃れつつ窓を突き破り逃げるのは恐らく不可能だろう。
それに、手に持つ消火器では如何せん武器として不十分だ。
つまるところ、状況は絶体絶命なのである――。
あまりに希望なきこの状況に、俺には悪魔の考えが浮かんだ。
それは最低なことに俺は横の女を差し出して自分だけ助かることだ。
「女の方が脂肪が多いし、奴も喜んで飛びつくだろう。」
と下卑た事を半ば現実逃避気味に考えていた。
だが同時に俺の倫理感覚はその考えを強く拒絶した。
俺の中の半分では女を差し出すことを考え、また半分では自分のその、あまりに低俗な思考に吐き気を覚える。
だが結果的に、幸いなことに俺は、人として模範的な選択をすることが出来た。
「あの、すみません!俺があの虎を引き付けるんで、どうにか窓を割って逃げてください!」
「え?!は、はい…」
女は目に涙を浮かべながら、恐怖でおぼつかない足を必死に回して窓際まで寄っていった。
その間にも奴はジリジリと寄ってくる。
気づけば奴と俺との、奴の一跳びで埋まるほどの差になっていた。
それを意識した途端、冷や汗の量が倍増した。
奴は非常に愉しそうな顔つきでジリジリ距離を詰める。
しかし、この状況を絶望してても何もはじまらない。
俺は死の覚悟を決めて大きく叫んだ。
「来いよクソ野郎!ぶっ殺してやる!!」
俺の大音声の去勢を合図に魔物は今までためていたバネを開放して一気に飛びかかってくる。
俺は跳んでくる虎の魔物をめがけて消火器を思いっきり振り上げて対抗した。
消火器は運良く魔物の顎にクリーンヒットし奴の意識を刈るには至らなかったものの、奴は一旦身を引いた。
すると明らかに奴の表情は変わった。
今までとはうってかわり、明らかにキレている。奴は鋭い眼光で俺を睨みながら力を貯めている。
お互いに視線が交錯し、それを伝わって相手の次の動きが手に取るようにわかる。だがそれは相手も同じことだろう。
すると、タイミングを計らって奴が跳んだ。
俺もそれに応戦するため、タイミングを合わせて横に消火器をフルスイングした。
しかしそれが空を切ったかと思うと、強い衝撃が胴を襲う。
奴は消火器を体勢を極限まで低くして躱し、そのままの勢いで俺にタックルしたのだ。
あまりの勢いに5mは吹っ飛び、背後の壁に衝突し、尻餅をついた。
奴は今度こそ勝ち誇ったようにゆっくりと俺の方へ迫ってきた。
そのとき、おれは奴に対して負けを認めて、完全に死を悟っていた。
するとなぜか、身体は諦めたように全く動こうとしなかった。
俺は、まるで蜘蛛の巣に搦められた蝶のように死を待つ全く無力な存在と化していた。
奴の歪んだ口元に光る鋭利に湾曲した牙は死神の鎌を想起させる。
そのときはゆっくりと死神の鎌と共に近づいてきて、その様子は嫌にスローモーションに感じた。獣の息遣いか非常によくわかる。奴は歓喜の表情をしている。
まるで、プレゼントを開ける直前の子供のように…。
死の時を悟り、緩慢な時の中で死神の鎌が振り下ろされようとしている。
俺はそれを、胸が弾けそうに鼓動しつつも、どこか落ち着いた気持ちで眺めていた。
そのとき、「ダメェェ!」と女の声がし、その全く直後にバン!と乾いた音がした。
すると魔物の顔があきらかに歪んだのが分かった。
同時に、俺は今までの緩慢な世界から、急に現実の世界に引き戻された。
周囲の時間の流れが元に戻っていく。
「こっちだ!」
魔物が怒りを顕にして男の声の方に振り向く刹那、もう2、3発の銃声が鳴り響く。
その音とほぼ同時に魔物の顔面が爆発し、魔物はそのまま倒れピクピクと体を痙攣させてしてしまった。放っておけばすぐそのまま息絶えるだろう。
その姿をぼんやり眺めていると、男が、話しかけてきた。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
そこでやっとはっと気づき、慌てて魔物から離れながら答える。
「あ、はい…ありがとうございます…。」
虎の死にゆく姿を見て、思わずもしもを想像する。
こうなっていたのは俺だったのかもしれない。
そう考えると血の気が引いてゆくのを感じた。
「それは良かった。銃弾も当たらなくてよかったです。
それじゃあすぐにここを移動しましょう、ここら街一帯は危険が予想されます。そこのお姉さん、走れますか?」
「は、はい…」
あの女の人はまだいたのか。
逃げろって言ったのに、なんでまだここにいるんだ…。俺が身を挺してあの魔物へ向かった意味が無いじゃないか。
俺はあの女の人に対して怒りを覚えた。
そうして女の方を見ていると、女は男と話し終えて、ばつの悪い顔をしながらこっちに話しかけてきた。
「あの…ありがとうござました…。
それと、すみません。
私が無闇にロビーで叫んだりしなかったら、こんな目に合わなかったですよね…。
あと、言われた通り逃げられなくて…。
足が竦んじゃって…。
その他にもいろいろ―――。」
「いや、気にしないでください、大丈夫ですよ…。無事でよかったです。」
俺は、女性の真摯な懺悔に罪悪感を抱いた。
こんな真摯な女性を、利己心のために差し出そうとしていたのだと思うと、顔から火が出そうになった。己の心の醜さに心底嫌気が差す。
俺はこの負目のせいで、彼女の顔を見るのを憚られた。
すると何かを察したのか女性側も、お互いに気まずくなってしまった。
それを察してか、ちょうどいいタイミングで男が
「それじゃあ行きますよ、はぐれないようにしっかり付いてきてください。」
と言った。
さっきの虎(?)にタックルされた箇所は軽症で、せいぜい打撲位ですんでいる。
立とうとしたとき、女性が手を差し伸べてくれた。
彼女のこの行動に更に自己嫌悪感が増大する。
しかし、せっかくの好意なので甘んじて受け入れることにした。
「ありがとう…ございます。」
「あ、いえ、大丈夫です。私、望月早希っていいます。えっと、あの、お名前は?」
「あ…古市麟児…です。」
名前を交換しただけなのにキョドってしまった。
それだけ自分に対する失望が大きかったのだろうか…。
ふとみた彼女は、月並みだが、可愛いと思った。
同時に、俺は一度は見捨てようとした女に対してそういう事を思えるんだな。と思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
旅館をでかけに、サイレンが今更火事に気がついたかのように、唐突にUhhhhhhhhhhと鳴った。
大通りでは朝にしては多くの人が走ってどこかへ避難していた。そこではあからさまにパニックが起こっていた。
親とはぐれたのか一人棒立ちで泣き叫ぶ子供、
正面衝突する若者たち、
避難誘導をする自動小銃を手に構える自衛隊員たち…。
交差点には、事故車両が鎮座しており、車道では軽い渋滞が起こっている。
中には車を乗り捨て走って逃げる者もいた。
そして極めつけは路肩に放置されたライオンのような生き物の死体と、損傷の激しい数体の遺体。…異様だ。
そんなまさにカオスの坩堝と化したこの街を自衛隊の男と望月さんと共に駆け足で抜ける。
悲鳴、怒号、発砲音、クラクション、そして、サイレン。
様々な異常がこの街を包み込んでいるのが分かった。
修羅場か地獄絵図か。町中は阿鼻叫喚の嵐に見舞われている。
俺は、それを見ているだけで頬に一筋の汗が垂れた。
なぜこんなことになっているのか。その鍵は謎の生き物の死体、謎のクリーチャーたちの死体に違いない。
推察するに恐らくあの謎の生き物たちがこの街に突然現れたのではないか…。
そして、この街を破壊して回っているのではないか?
そうでなければこのカオスの状況にある一定の説明がつかない。
でもなんでだ?
なぜ、見たこともないような獣たちが街を襲う?
それもいきなり。
どこから?バイオテロ?秘密結社?世界征服?何が目的なんだ?
理解の及ばぬこの超現実に様々な憶測が頭の中をグルグルする。
(ああだめだ、こんなことを考えても仕方がない。これからのことを考えなくては。)
俺は気力を振り絞って、グルグルとループして役に立たない思考をなんとか切り替える。
そして考えた、この状況の原因ではなく、これからの事を。
(方向から考えるに今向かっているのは自衛隊駐屯基地に間違いないだろう。
自衛隊として一度行ったことがあるから間違いはないはずだ。
自衛隊の動きが早いのは不思議だが、そこでかくまってもらえるのだろう。
駐屯地には様々な兵器がある。
この状況を生き残るのにはやはり駐屯地に向かうのが最善だろうな。)
そうして、この非常事態による異常な精神状態によって至らない考えではあったものの、どうやってこの状況を生き残るかについて考えていると不思議と心が安定してきた。
論理的な思考は心に安心感をもたらすのだろうか?
しばらく進むと俺達を先導していた自衛隊員の男が無線で誰かと短く連絡をとった。
「分かった、すぐ向かう」
という旨の内容から、どこかへ呼びだされたことは分かった。
「すみません、二人とも。自分は無線で呼びだされたので、この先の自衛隊駐屯基地へお二人で向かってください。場所はわかりますか?」
やっぱり駐屯基地か。
「はい、ここから真っ直ぐですよね?あなたもご無事で」
彼には助けてもらった恩がある。
彼の無事を祈ってビシッと敬礼を送る。
ぜひとも無傷で帰ってきてほしいものだ。
「ありがとうございます。ではお気をつけて」
男は俺の敬礼に一瞬破顔してから、すぐに顔を引き締め敬礼をを返し、どこかへ走り去る。
少し名残惜しいがその姿をまじまじ見ている時間はない。
さっきは望月さんに動揺してお礼を言うタイミングを失ってしまったが、次会ったら名前を伺い、しっかりお礼をしようとそう心に決めて、俺は望月さんと一緒に自衛隊駐屯へ向けてそこを後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
駐屯基地の体育館のような建物の中には多くの人が避難していて皆が、これからの事を考えてか、それとも、今朝のことを考えてか、不安げな表情をしていた。
無理もない。
地震などの自然災害ならまだしも、避難理由が訳のわからないクリーチャーだからな。
街中で無残に喰い殺された死体を何度も見てきて不安にならない訳がない。
中には身内や関係者が殺された者もいるだろう。
すすり泣いてる人などはまだ見れるほうだ。
だが、そういった人々の中でも、最も悲惨に見える者は、目は何処か深い穴の深淵のように、深く深く暗い色をしていた。
たとえ、自分とは縁もゆかりもない人々のことだとしても、そういう人々の顔をまじまじと見ていると、自然と、陰鬱で、やり切れない気持ちが移ってくるのだ。
だから俺はそこでは極力他人とは目を合わせないように心がけた。
短いですが、ありがとうございました。次もよろしくお願いします。