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ダーモット視点(前編)

番外編、ダーモット視点になります。


長くなってしまったので前編後編に区切らせてもらいました。








 絶望


 

 憎悪



 破壊



それらを司る邪神として私は生まれ落ちた。


私が醸し出す邪悪なる気配に同胞たる神々も恐れ慄く。


普段は静かに過ごすことに安らぎを感じる私も、一度ひとたび敵意を向けられれば残虐なる性質たちを抑えることが出来ず。その報復は苛烈を極めた。



ある時はその体を腐りきるまで死ぬことの出来ぬ呪いを。


ある時は自身の血族以外は口にしても生きていけない呪いを。


ある時は愛するものが出来ればその愛する者を殺さずにはいられない呪いを。


ある時は幸せになろうとすればするほど災害という被害が出る呪いを。


ある時は死のうとしても代わりの者が死んでしまう呪いを。



世界が終わるまで、その呪いは解くことが出来ない。



どれほど後悔しても



どれほど懺悔しても



どれほど贖罪を重ねようとも



決して許されることない絶望を感じさせ。決して終わることのない憎悪を背負い。決して希望のない破滅を迎えさせる。


それこそが、私が生まれ落ちた理由であり存在する全て。


報復している間は、その相手がもがき苦しみ、嘆いて死んでいく様を見て心の底から愉悦を感じているのが解る。


己が本性に、己が役目を放り出したいと思ったことは無いが


    ───時々、辛いと感じることがあった。



そんな中であった。


私に、新たに妹となる者が生まれたのは。


生まれたのは双子の女神。

闇を司る姉神アーデルハイト。光を司る妹神アデライト。



────私は、初めてまみえた光の妹神アデライトに恋をした。



自身とは真逆の慈しまれる美し女神。惹かれずにはいられぬ眩き至高。


もう一人の妹神アーデルハイトはそんな私に気付いたのか。


私に対して敵対心を持つようになった。


アデライトを心底愛おしんでいるアーデルハイトからすれば兄神とはいえ邪神である私は目障りだったのであろう。直接手出しはしなかったがそれでも稀に会話する端々に滲み出る嫌悪感は隠すことが出来てない。アーデルハイトは妹として愛してはいるので少し残念であった。











だからといって、これは決して赦されることでは無いよ。二人共─────。











アデライトの世界全ての住人が私を封じようと牙を剥いてきた。



私は神だ



それを、いくら私が創造神であるアデライトに恋い焦がれたとはいえ手を出していい筈は無い。そんな理由で神々に安易に手出しされては堪らない。それを防ぐのも私が邪神たる由縁だ。


アデライト……可哀想な私の恋しい妹神。私は、君の創った世界を滅ぼすよ。


───でも、世界自体を滅ぼす気はない。私が滅ぼすのは君が創った世界の住人だけ。それがせめて君に恋する私が出来る唯一の譲歩だ。



それなのに…………!!



アーデルハイト! 君は、異なる世界の住人を、しかも上位世界の魂を攫ってくるとは───!!



許されない。赦されない。ゆるされない。ユルサレナイ………



その娘が、君達二人の愛し子だと?



確かに嘘では無いだろう。愛し子というのは。でも、私は、ソレはユルセないよ……。ユルセないんだよ妹神達よ! 死ぬる魂ならば良いと? 上位に魂が昇るということが、どれほどの尊く、貴くあることか……君達は忘れてしまったのかい……?


神といえど越えてはならぬ、犯しては、侵してはならぬ領域があるということを。




魂を堕とすなど──


        ──────愚かな、事を。




だからといって私が哀れな彼女に出来ることは無い。せめて……彼女が彼の世界で私の呪い祓いを行っている間は、邪魔しないでおこう。


もしかしたら彼の世界も彼女の存在で変わるかも知れない。それぞれの命の営みを、在るべき姿の流れに還るかもしれない。


そうなるのならば、私も、彼女の存在への敬意を込めてこれ以上の報復は、控えよう。










────アーデルハイト!!!


君という奴は、彼女に何も説明していないのかい!?

私は……! 君達に! 確かに言った筈だぞ! 


私は彼女の行い次第では報復の矛先を納めると、そう言った筈だ!! なのに何故、彼女はそのことを知らない……! あのままでは、あのままでは駄目だ! 全ての説明をしなければ彼女もアデライトの世界の住人も変わるに変われなくなるぞ!?



何を考えている! 



それほどまでに私が嫌いか。それほどまでに私が疎ましいのかアーデルハイト─────!!






そして、最悪の自体は訪れた。

アデライトの巫女姫であるアリスが、アデライトの魔力を大量にその身に取り込んでさもアデライトの加護があるように見せ掛けたのだ。


そこからの彼女の転落振りは目に余る。あまりに惨い仕打ちに邪神たる私といえど吐き気を覚えた。


そして最後の最後、彼女の首が仲間の手に掛かる寸前、アーデルハイトとアデライトが彼女を救った………。



「言い訳があるのならば是非とも聞きたいんだけど? アーデルハイト、アデライト。君達は揃いも揃って何をしているのかな?」



優しく───されど冷たい眼差しのまま妹神達の前に腰掛け、肘を突きながら問えば。そんな扱いをされたことの無いアデライトは簡単に怯え、アーデルハイトは憎々しげに私を睨み付ける…………君には反省という言葉は無いのかい? アーデルハイト。



「なんのようじゃダーモット。貴様に妾達は用など無いぞ! とっとと失せい!」


「……ふふ。本気で言っているのかい? アーデルハイト。これ以上私を怒らせないで欲しいな……。ただでさえアデライトに────彼女に伝えるよう私が言ったことを止めたのを怒っているのに。従うアデライトもアデライトだけどそんなことを言うアーデルハイトもアーデルハイトだよ。…………まったく、私の妹神達は何時の間にそこまで愚かになったのだろうね?」


「なんじゃと!?」


「だってそうだろ? 彼女に私の言葉と私がアデライトの創った世界を呪う理由をしっかりと話していれば、彼女はそんなことにならなかったと思うよ?」



チラッと横を見れば、そこには人間としての原形を辛うじて留めている彼女の姿があった。


しかしその体に魂は宿っていない。

傷付いた魂はアーデルハイトがその腕に抱いて癒やしの闇の中へと眠らせたからだ。



「可哀想に。私の言葉を聞いていれば彼女はもっと周りの人間を警戒しただろう」


「な、なんの確信があってそのようなことをおっしゃるのですか!! 貴方の話を聞いたとて……彼女が、何故……このようなことに為らないと解るかのですか!?」



今まで震えてアーデルハイトの後ろに居たアデライトが私に噛みついてきた。いや、今も震えを抑えられないでいるところを見るとアーデルハイトの為に必死になったのだろう。だが。



「アデライト……ならば逆に君に問おう。彼女がこのようになったのかを」


「そ、それは………」



口ごもるアデライトに構わず私は答えを言った。



「それは、アデライトを───神を都合の良い道具と考える傲慢な君の子らが彼女のことを使えないと、用がないと、無意識の内に抱いたから。そうだよね?」



アデライトの世界の子らはアデライトを敬い立てる神としてではなく、都合の良い慈悲おんけいを与えてくれる道具にしていた。


彼ら自身はアデライトを神として敬っているつもりなのだろうが、私が恋慕を抱いたことで万が一にもアデライトが自分達の下を去らないように独占しようとした。


私を封じようとしていた傍ら、彼の世界の住人達はアデライトを巫女姫という人の器の中に封じようとしたのだ。


だからこそアデライトはアーデルハイトを頼って彼女をあの世界に送り込んだ。


自分は、決して見捨てていない。きちんと考え手を差し伸ばしていると──。


アーデルハイトも、アデライトを彼の世界の住人達に盗られまいと自分が気に入っていた彼女をアデライトに教えたのだ。関係の無い、彼女を。


そしてその目論見は途中までは確かに叶えられていた。



「でも彼の住人達はアリスの奸計と世界に満ちるアデライトの魔力と同調してしまったことで代わりにアーデルハイトの気配を纏ってしまった彼女を受け入れられなかった。彼らにとって神はアデライトだけ。一見、どこの世界にもあることのようにも見えるけど実際は違う」



哀れな彼女の、憐れな真相。



「彼らは彼女をもう使える場所が無いと、彼女でなければならない使い所が無いと感じていた。アデライトとの繋がりは巫女姫が居れば事足りる。むしろアデライトの加護が有りながらアーデルハイトの加護をも纏う彼女に裏切られたとすら感じていた」



本当に、身勝手極まる話だ。

手を差し伸べてくれるか、応えてくれるか判らない他の神よりも。自分達を甘やかし、楽をさせてくれることが解りきっているアデライトの方が都合が良かった。


それなのに他の神の加護を纏う彼女は、そんな居心地の良い世界を壊す反逆者に見えたのだろう。



「これは、アデライトが悪いよ。自分達の力で成さねば為らないことも、乗り越えなくては為らないことも全て君が簡単に叶えてしまうから。彼らは挫折も理不尽なことも対して経験もせずにすんでしまった。アデライトに祈れば、願えば大抵は叶えてくれると思っているからね……」



だからこそアデライトが居なくなることを、アデライトが祈りや願いを聞いてくれなくなることを彼の世界の住人達は怖れた。


だから、独占しようとした。そんな恐れを無くす為に。



「私の言葉を聞いていれば彼らの違和感を彼女はちゃんと感じてくれていたさ。そして警戒して……探ったと思うよ? アデライト………君の世界のどうしようもない歪みを」


「…………」



俯き、黙り込んでしまったアデライトから視線を逸らす。これ以上アデライトに何かを言う必要はない。必要なのは……。



「アーデルハイト」


「───」



ムスッと顔を逸らす愚かな妹神。



「どうしてアデライトに詰め寄ってまで私の言葉を彼女に伝えるのを邪魔した? それほどにまで私がおぞましかったか? それほどにまで私がアデライトに恋したのが許せなかったか────────答えなさい!!」



ビクッと肩を震わせるも口を開かないアーデルハイトに、私の眉が強く寄るのが分かる。



「アーデルハイト、君のやったことは愛し子である彼女への裏切り行為にほかなら無いよ。彼女の体の傷と魂の癒やしが済みしだい彼女に謝罪して在るべき世界に帰してあげなさい」


「何を言うておるダーモット! 妾達の愛し子は彼の世界ではすでに死んでおるのだぞ!?」


「そうですわ! 帰したところで、彼女が死んでしまった事実は変わりません!! 下手をすれば、彼女の存在自体が消滅してしまいます!」


「………だれも人の世界に帰せとは言っていない。彼女の世界の神々に彼女を還しなさいと言っているんだよ。彼女は人の身で有りながらこの神界で過ごしてしまった。この時点で彼女は真性の人間とは呼べなくなってしまっている。神界で過ごした影響を鑑みても、彼女のことを考えても。…………せめて、在るべき世界の神々の手に委ねた方が彼女の為だ」



それに、彼女の世界では人間が神の側に仕えたり、神そのものになることも有るそうだ。上位世界の神々はきっと怒りを露わにするだろうが…………仕方ない。これも全て此方の責任。叱責や咎は敢えて背負まねば。



「上位世界の神々の住処────確か、高天原と言いましたか? 其処に赴き、すべて説明して許しを乞いなさい。そして彼女のことを誠心誠意頼むのです」


「な、妾達が頭を下げに行くのか!?」



何を、馬鹿なことを───



「当たり前でしょう? その程度の責任は果たしなさい。彼女を愛し子だと、慈しんでいるのならば」



いくらアーデルハイトとアデライトが彼女を再生したとしても元通りにはなるまい。


特に魂は、表面上は治ったように見えても魂自身に刻み込まれた疵までは完全には癒せない。魂が、どこまでも冥い奥底に沈んでしまう可能性がある。


そんな状態では人間として生きて行くには無理が有りすぎる。無理に人間として生きようとすれば必ずどこかしらの歪みが生じる。



「判ったね? 二人共……」



念押しして私は二人のもとを立ち去った。

………念の為、他の兄神姉神達にも此度の事を説明しておこう。


まさかとは思うが、二人がまた愚かなことを仕出かさないとは限らない。もし、そうなったのならばその時は───。



それから神界で彼女の姿が見えなくなった。

アーデルハイトとアデライトの治癒が終わったのであろう。私も色々と動かなくてはならなかった為にあまり気を回せなかったが、二人は彼女のことを確かに慈しんでいる。問題はないだろう。




そう、思っていたのだけどねぇ?




私は今、ある神の前に額突ぬかづいている。

もう矜持も何もあったものでは無い。彼の神の怒りが、この神界全域に広まり、地響きと成り果てている。



鍛え上げられた体、精悍な面差し、力強いその瞳。



邪神と称される私ですら畏れる荒ぶる神。




      黄泉の国の王、素戔嗚尊すさのうのみこと




他の兄神姉神など黄泉の王の怒気を畏れるあまり私に全て押し付けて逃げ出してしまっている。



(恨みますよ……兄神姉神!!)



楽しげな風情を装っているが、黄泉の王が醸し出している雄々しくも荒々しい気配がすべて物語っている。



──────格下無勢が、図に乗るな、と。



「それで? の元に来るはずの魂が、待てと暮らせどやって来ぬのは如何なる理由か?」


「……申し訳、ありませぬ」



私の謝罪の言葉に、彼の神の怒りがより濃くなったのが、解る。



「謝意の言葉を耳にしたいのではない。吾は、何故なにゆえ、吾が世の魂がやって来ぬのか? その理由を問うておる」



なあ? と首を傾げる様の、なんと恐ろしいことか。


すべての元凶は、やはりというかなんというかアーデルハイトとアデライトである。


私は私を恐れて近づこうとしない兄神姉神達に事情を話して彼女の世界の、特にあの世の神に彼女の魂を保護してもらう為、渡りをつけてもらえるよう頼み込んだ。事がことである為か、兄神姉神達は私の話を真摯に聞いて下さった。これでアーデルハイトとアデライトが頭を下げに行けば、終わる話だったのに……。


あの二人はあろうことか、彼女を還さずにアデライトの世界の────それも、世界同士の境界があやふやでそれ故に磁気と魔素が過剰に満ち溢れている森に彼女を囲い込んだのだ!


既に、兄神姉神があちらの世界に渡りの知らせを送ったというのに……。彼女は自分達の愛し子。元は違えど今は私達の娘である。それを、やすやすと託せるかと───。

これには私も兄神姉神達も唖然としていた……。


勝手に彼女の魂を攫っておいてなんという言い様。

その言葉、いま目の前に降臨している黄泉の王に奏上したらどんな反応をお返しなさるだろうねぇ?


我らが神界が終焉をむかえるぞ。



「なあ、邪神とやら。吾はぬしらが勝手に吾が世の魂を攫った挙句、防げたにも関わらずその魂を無闇矢鱈に傷つけて命の理を乱し。まともに生きられぬ有様に成り果てさせたと。そう、耳にしていたのだが。それは吾の聞き間違いであろうか?」


「間違いではありません! 黄泉の王のお聞きになった通りで御座います!」



ほう……と吐息のような言葉がその厚き唇から漏れる。すると、額突いている私の頭の上に御足おみあしが乗せられたのが判った。


これは死んだ。私は瞬時にそう思った。



「なる程なる程? 吾の勘違いでは無いとなぁ?」



王の御足に力がゆっくりと籠もっていく───。



「吾がわざわざ出向いたにも関わらずこの所行とは。随分と吾達を軽んじていると見える。何時、吾達が主らに下った?」



ぎりぎり



「魂が世を越えてしまうこと。さほど珍しきことでは無い。されど、それが肉体ごと、それが横槍を入れられた結果とあれば話は違う。下位の者共が上位の者を求めるは必定。だが条理も弁えず身勝手な行いの果てに巻き込んだ者と吾達を煩わせるは……吾は姉上になんと申せば良いのか? どう思う? 邪神とやら」



ぎりぎり、ぎりぎりギリギリギリギリ



「そして吾の前に居るのは………何故に主なのだろうか? 元凶たる郎女いらつめ共は何処いずこか?」



ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ



「のう、答えよ。邪神」


「妹神達は………王の怒気に怖れをなし、御前に侍ることも出来ず震えております…………」


「─────」



ふっと、素戔嗚尊の怒気が跡形もなく消え去った………。私の頭に置かれていた御足も退かれた。



でも私は顔を上げられない……。全身の震えが治まってはくれない……!!



「 出 て こ い 」



たった一言。

しかし抗うことを許されぬ覇王の勅命。



「主は去れ」



黄泉の王、素戔嗚尊の命に、私は大人しく従った。途中でアーデルハイトとアデライトの二人とすれ違った。二人は顔を青ざめさせ、湧き上がる震えを身を寄り合わせてなんとか耐えていた。


アーデルハイトが私に気付き、睨み付けてくるも覇気が無い。流石にアーデルハイトも彼の神の怒りには堪えたらしい。


私はすぐさまある場所へと降った。

その場所とは彼女が降臨した国の王城にある、とわる一室。そこは上位王侯貴族の入る牢屋。十二となったフリックである私は社交界デビューの為に新年で開催される夜会に出席し、そこでダリウス王に不義の子と見破られ、幽閉されたのだ。


巫女姫であったアリスと追放された騎士ケイトの間に産まれた王子フリック。


アデライトの世界の住人達に見切りをつけた私は唯一宿れるであろう不義の子フリックの体に乗り移り、本来のフリックの魂を一時的に私の住処へと封じた。本当はアーデルハイトの下に送れれば一番なのだが如何せん。アーデルハイトは私の話に耳を貸さない。致し方ないとはいえ、残念である。


私がフリックの体に宿ったのは道を繋ぐ為。他の神々も、この世界に干渉することを可能にする為の下準備である。


さてと───



「う、うぇ、うぇーーーえええん!!」



その場で私は大号泣した。

これからやってくるであろう咎人を罰する為に────。


しばらくして隠し扉から出てきたのはこの体の本来の持ち主であるフリックの実の父────ケイト。



嗚呼──随分と良い顔をしているね?

ここまで来るのに罪悪感と贖罪の気持ちを、さぞや持て余していたのだろうねぇ………?



「どうして……? 父上ぇ、どうしてなのですか? 何故、私を処刑するなどと───私の何がいけなかったのですか? ようやくお会い出来ましたのに………何故? 勉学も、剣術も、魔術も、私は頑張りました。誉めていただきたくて頑張りました! 私は何が足りなかったのですかぁ……? ひぃく、ひぃく……母上ぇ、兄上ぇぇぇ………どうして、助けてくれないのですかぁ? 私は……要らない子どもなのですかぁ……ふぅえぇぇぇん…………」



さあ? どうだい、ケイト? 君の罪の証が嘆き悲しむ様は?



苦しいかい?



辛いかい?



あまりの罪深さに押し潰されそうかい?



でも、君が、君達がやってきた事に比べたらその程度の傷みはまだまだ、だ。


ふうん? フリックを守る、ねぇ……?

その言葉、どこまで守ることが出来るかな?


楽しみだ………。



ケイトが差し伸ばしてきた手を─────私は昏く嗤いながら─────取ったのだった。



それから私とケイトは王都を無事に脱出したが、すぐさま追っ手はかかった。


最初こそは追っ手を振り切り逃げおおせたが、逃亡生活の疲労とフリックという足手まといに緊張を強いられ………何時しかケイトは追っ手に対して苦戦するようになる。


そして遂に、ケイトが追っ手に手こずる余り私への守りが薄くなってしまった。その隙を見逃す追っ手ではない。すぐさま私に向かって剣を振り上げる───!



「止めろーーーーーー!!!」



必死に目の前の追っ手を斬り伏せ、私の元に走るケイト。


うずくまる私は、内心嗤いが止まらない。



────後悔し、嘆き喚けばいい。それこそが、君にとって無くすことの出来ない傷となる。決して、癒えない傷と共にこの世界の終焉を見届けろ。それが、私が君に課せる罰だ……。



しかしいくら待てど私の身に刃がやってこない。不思議に思い顔を上げれば────



「この子には……! 手出しは、っ……させない!!」



全身に切り傷と刺し傷を付けたケイトが真っ赤に染まった体で私を庇う姿があった。


よくよく見れば、その体に付く一つ一つの傷は明らかに致命傷のものも含まれている。すでに死んでいなくてはならないほどの重傷だ。



「はぁああ!!」



ガッキィィン───!


私に向けられた剣を薙払い、逆に追っ手を斬り伏せる。



「……」



音を立てて崩れる体を瞬間的に支えてしまった。



「っつ、……だい、じょうぶ……です。フリック王子、必ず……はぁ………っ、貴方だけはお護り、します………」



途切れ途切れの言葉を聞きながら、私は悟った。ケイトの体は、先ほどの追っ手との闘いで死んだのだと。されど、私が僅かに発する魔力と………以前に浴びたアーデルハイトとアデライトの魔力が作用して魂が肉体に無理矢理留まり、動かしているのだと。



(それほどまでに、子が愛おしいか? 護りたいのか? 君は………君のその真っ直ぐな気性が、何故彼女の間違った断罪の時に………)



今更言っても仕方がない。

思わず自嘲する。ケイトを後悔させるつもりが、私の方が当時のことを思い出してしまって悔やんでいる。これでは本末転倒だよ……。


そして私はそのままケイトと旅を続けた。どうやら彼は彼女の住処とする例の森に向かうつもりらしい。


彼女とはちょうど話したいことがあったので私には好都合であったが、死体であるケイトが少しずつ腐っていこうとしている。当たり前だ、死体なのだから………。



「─────」



何故、その様な事をしたのか分からない……。


私は、ケイトの体が腐敗しないようにした。

必死で我が子を護ろうとする姿に、絆されたとでもいうのだろうか? いいや……私は邪神、嘆きと憎悪と破壊を司る邪悪なる神である。これまでその名の通りの事をしてきた。


平時ならばともかく、邪神として役目を果たしている時にそのようなものを抱きはしない───。


ただ、腐敗しないようにしただけだ。

その体に魂が留まるはあくまでケイト自身の内なる願いによって。邪神わたしは、関係ない………その、筈だ。


しかし何時しかケイトとの旅を純粋に楽しんでいる私がいる。


追っ手が必要に迫り来る旅路は、決して気楽なものではなかった………それでもケイトとのちょっとした会話や一緒に見た景色は、私の目に暖かく映る。


コレは、この感情は本来宿る筈だったフリックのモノなのか、それとも私のモノなのか────解らない。



それでも遂にその日はやってくる。



私とケイトは追っ手に追われながらも彼の森へと辿り着いたのだ。


追っ手は退けたケイトも、最後の最後でバトルベアに出会い、私だけでも助けようとその身を呈す。



(止めたい)



不意にそんな感情が生まれた。

バトルベアからケイトを救いたいと。

されど私は邪神。如何なる理由が有ろうともその名の下に行う報復を止める訳にはいかない。たとえ───ケイトも限界をむかえて何時崩れ去っても致し方ない状態でも。私には関係ない。



…………関係、ない。



森に入る少し前から気絶した振りをしている私は、静かにケイトの戦いを見ていた。しかし、ここである気配に気付く。


よく知っている、馴染みの気配──。


アーデルハイトとアデライト、二人の魔力の、気配………?


そして、現れたのは人の身ではすでに有り得ない程の強く膨大な魔力の塊の持ち主。


その者に寄り添い控える二匹の神鳥。



アーデルハイト……。アデライト……。あの妹神達はあんな眷族を創っていたのか。どうりで、彼女のことが今まで分からなかった訳だ。あの眷族達に隠させていたな………。


彼女の住処である森も彼女を隠させる要因になっていたのだろう。


彼の怖……んん!! 彼の畏ろしき黄泉の王からの叱責に、明らかに懲りてないだろ二人共……。


何を言われたのかは知らないが、だいぶ脅されたのだろう。アーデルハイトもアデライトも……特にアデライトは一時的に寝込んでしまっていた。


アーデルハイトは、アデライトに付き添って一緒に籠もってしまうし…………情けない。


しかし、彼の神があっさりと高天原に帰られたのは予想外であった。


あれほどお怒りになっていたので二人の身が───自業自得とはいえ気にかかっていたから。














次話へGo!!

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