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騎士は嘆き魔女は沈黙す(断罪)

ケイトの回想シーン終了編





祖国の王侯貴族の子息子女社交界デビューを果たすのは十二歳になる年からだと決まっている。


新年を迎えて初めての社交界デビューを華々しく迎えるはずだったフリック王子は、その新年の夜会でダリウス王の勘気を被って幽閉されたという知らせが大陸中を斡旋した。


只でさえ周辺諸国から警戒されているというのに、ダリウス王はフリック王子を処刑しようとする動きまで見せている。これには王太子あるフィリップ王子も諸手を上げて賛成したそうだ。


先の戦で多くの首級を上げたフィリップ王子は侵略した町や村の住人を次々と虐殺していった。その地を守護していた領主や臣下の娘達を陵辱していき、さらには裸のまま領内を歩き回した上で荒くれ者達の慰み者としたかと思ったらボロボロになった娘達を広場で火刑に処した。


この時点でフィリップ王子が王の愛人達を拷問死させているという噂は真実だったのかと誰もが戦慄した。



フリック王子が、私の息子が殺される………。



まるで冥がりに堕ちて行くかのような感覚が全身を覆った。不義の子とはいえ、罪があるのはアリスと関係を持った己でありフリック王子には何の瑕疵も無い。裁かれるべきは私だ。フリック王子は、悪くはない──と。



私は悩んだ。

どうすればあの子を助けられるのかと。



そんな時、私の主である王族の方から近衛騎士団に命が下った。何でも主の治めている領内で人攫いが侵入しているという。これに憤った主は自身の近衛騎士団を領地に向かわせると決定した。


そこで人攫い達との交戦の最中に私は不覚にも怪我を負ってしまった。怪我自体は大したことはなかったがここでふっと一計を案じた。


私は怪我の後遺症が酷く、とても騎士を務めることは出来ないと医師に金を握らせ虚偽の報告をさせた。主となった王族の方は私が近衛を辞することを惜しんでくださった。その姿に罪悪感が込み上げるが………私は世話になった皆に田舎に引っ込んで余生を過ごすと言い叔父にも嘘をついて祖国へと向かった。


十二年振りに訪れた祖国の姿は噂以上に酷い有り様であった。まるで幽霊のような国民達に柄の悪い輩が大通りを闊歩する。路地裏では人の怒鳴り声と争っているような音が聞こえてくる。


多くの店は閉まり、廃墟と化したかのような錯覚さえ覚えさせる。


私は実家に足を運んだ。………かつて隆盛を誇ったとは思えないような荒れ果てた庭。掃除が行き届いてないのか全体的に埃っぽい印象を受ける佇まい。


屋敷にいた家人に聞けば、私の父母は数年前に病に掛かりすでに亡くなっているということ。両親が親類から養子に取った者は享楽に耽り、まともに屋敷にすら帰ってこない有り様だと。


両親が亡くなったことは辛かったが、これから私が行おうとしていることの余波を受けないで済んだのは、ある意味良かったかも知れない。


王城に入り込むのは以外と簡単だった。

髪の色を染め、服装も騎士としての鎧姿ではなく貴族としての格好をしていったら誰も私を引き留めることなく道を通した。


………以前の王城の警備体制からすれば有り得ないほどの杜撰な警備だ。そして私は記憶に残る道順に沿って『ある部屋』に向かって歩いていった。


辿り着いたのは何の変哲もない空室の一室。その部屋の暖炉の右側の二番目のタイルを、押す。



カチリ



さらに下へ三番目のタイルを押して次は左側のタイルの二番目と下へ三番目のタイルを続けて押す。



カチリ、カチリ、カチリ…………ガッコン。



ゴゴゴッと備え付けのタンスが音を立てて前に開き始める。王城に幾つかある隠し通路の一つである。私はダリウス王がまだ王子であった頃に彼の護衛として、側近としてダリウス王に何かあった時に最後までお供する為に当時は私にだけ教えられた。


あの日、先代陛下に決してこの通路のことは秘密にせよと誓約を交わした。


その通路を、まさかこの様に使うことになろうとは………。


皮肉だな。と顔が歪むのが分かる。暗く、長く、続く細道に足を踏み入れた。


コツコツ、コツコツコツコツと小さな足音が暗がりに響く音を聞きながら私は目的の部屋へと通じる出口の前に静かに跪き、中の様子を窺った。



 ………………………。



部屋の中からは子どもと思われる泣き声が僅かに聞こえてくる………。子どもの他には誰も居ないのだろう。人の気配がまったくしなかった。


立ち上がり、壁に手をはわせる。しばらく壁を撫でていると突起物のような感触を感じた。私は迷うことなくその突起物を押した。



壁に切れ目が入り光が差し込んでくる───。



開かれた壁の先で目にしたのは王子に相応しい格好をした少年が、犯罪を犯した貴族専用の牢屋の中央で膝を突いて泣いているところだった。間違いない。フリック王子だ。私の、息子………。


フリック王子は突然割れた壁から現れた私に驚いたのだろう。丸い目を見開き、口はあんぐりと開いている。アリスそっくりな顔、でも、その瞳の色は確かに私の色だった。


ここでようやく、私はダリウス王がフリック王子を処刑しようとしているのか分かった。恐らく、王家の系統からは出るはずのない瞳の色を見て、ご自分のお子ではないと───アリスの不義を悟ったのだろう。


ダリウス王は色欲に溺れてフィリップ王子の顔もまともに判らないと聞いたことがある。あの、夜会の日が………フリック王子の顔を、ダリウス王は初めて見たのだろう。そして、不義の子と気付いた。



「ひぃく、そなたは……誰か? 何故、そのような所から出てきた? ここは……ざ、罪人を収容する部…屋……なんだぞ! う゛っ、うぅううう………うへぇえ……んっ!!」



フリック王子は罪人、という言葉に再び泣き出してしまった。ご自身がその場にいることを改めて自覚してしまったからだろう………。



「どうして……? 父上ぇ、どうしてなのですか? 何故、私を処刑するなどと───私の何がいけなかったのですか? ようやくお会い出来ましたのに………何故? 勉学も、剣術も、魔術も、私は頑張りました。誉めていただきたくて頑張りました! 私は何が足りなかったのですかぁ……? ひぃく、ひぃく……母上ぇ、兄上ぇぇぇ………どうして、助けてくれないのですかぁ? 私は……要らない子どもなのですかぁ……ふぅえぇぇぇん…………」



小さな体で家族を呼ぶ姿に。私は、罪悪感が湧き水の如く溢れ出す。



(すまない、すまない……っ!)



自分が、父親だとは告げられなかった。

代わりに言ったのは、



「────逃げましょう、フリック王子。私と共に、この国から、ご両親とフィリップ王子から。………あなたが死ぬ必要なんてどこにも有りません。あなたは………生きてよいのです。だから、逃げましょう」


「…………に、げる?」


「はい。私が、あなたをお護りします」





「あなたは、生きてよいのですから」





フリック王子は茫然と私を見上げる。



「生きて、いいの? 私を、護ってくれる、の?」


「はい」



フリック王子は恐る恐る私に向かって、手を伸ばす。その手を───私は確かに掴んだ。






●○●○●○●○






それからはひたすら逃亡の日々だった。

フリック王子が逃げ出したことに気が付いた王城の者達はすぐさま追っ手を放つ。王都を出るまで気付かれなかったことがせめてもの救いであった。もし王都を出るまでに逃亡が発覚していたら今頃私達は物言わぬ屍と化していただろう………。



逃げて、逃げて逃げてひたすら逃げて……。



私達は国を出た。それでも追っ手は執拗にフリック王子を────私を殺そうと追跡の手を緩めることは無かった……。


そして私達は一匹で国さえ滅ぼす魔獣が犇めき合い高濃度の魔素と強力な磁場を有する超危険区域指定されている森に足を踏み入れた。


……今思えば莫迦なことをしたと思っている。いくら逃げる場所が無く、追い詰められていたとはいへ人間が生きるどころか踏み込むことすら困難な場所に逃げ込むなぞ………。


追っ手をなんとかかわし、森で凶獣バトルベアに出会った時私は死を覚悟した………でも、せめて、この子だけは………その一念で私はバトルベアと対峙していた。



そこで私はかつてて己がつるぎで裁くはずだった魔女と再開した。聖女、と謳われた気高き私の朋友と────私は、この子は、助かると。




魔女───彼女が私達を冷めた目で見ていることも気付かずに。



私達は彼女と彼女に追従する白と黒の……妙な鳥達に連れられて森はずれの小屋の中へと入っていった。


小屋は長い間、誰にも使われていなかったのだろう。床や壁、天井のあちこちが傷んでいた。だが数ヶ月間の逃亡生活でまともに屋根のあるところで寝起きしていなかった私達には正直助かる。


フリック王子も追っ手の恐怖と慣れない旅の疲れで未だに気絶している。せめてもと私は適当な床の上に自分のマントを敷いてフリック王子をその上に寝かせた。


彼女と鳥達は黙ってその様子を見ている。

特に彼女はフリック王子を凍えるような瞳で見ていることに、私は最後まで気付かなかった。



「………その子は?」



内心心臓が跳ねるも私はなるべく平静を装って答えた。



「ダリウス王と聖女アリスの御子、第二王子フリック殿下です」


「ダリウス王? ああ。王になったんだっけ? 彼………で? その子があの二人の子ども?  アリスと、ケイトの子ども……じゃなくて?」



バッと後ろにいる彼女を振り向けば彼女は興味ないとでも言うように言う。



「全体的な顔の作りはアリスに瓜二つだけどね……でも口元や目元みたいなちょっとしたところはケイトに似てるよ、その子。何よりもケイトはさ、その子のこと『この子』って呼んだよね? 仮にも仕えていた主人の子息をケイトがこの子呼ばわりするわけないからすぐに判ったよ」


「…………」



私が応えられずに黙っていると黒い鳥が彼女の肩に留まり………すると。



ぬし様、主様。この男、さっきまで追っ手と思われる男共に追われていたのですよ~。そいつらは何とか退けたんだけどその直後にバトルベアに襲われたんですよ~』



しゃべりだした!?



「なっ、な、な、なんっ!?」


「へぇ……追っ手、ねぇ? ああ、なるほど。見たところそのフリック王子? はちょうど社交界デビューの年ぐらいみたいだし………。ん~? そうするとダリウスは……、………、……………そこまで堕ちたか。自分の子どもの顔も知らなかった、と。だとすると───」



私が驚いて魚のように口をパクパクさせているのが見えていないのか。彼女は黒い鳥の言葉を聞いて何事か考えて始めた。



「しゃべった!? その鳥、魔獣か!?」


『だ~れ~が~魔獣ですってぇ~~? このあたくしのど・こ・が!』


「!? いっ、痛、痛い! やめっ」


『その曇りきった瞳なんて必要ないでしょう!? あたくしがこの優美な嘴でつついて差し上げますわ!!』



白い鳥はため息を吐き、彼女はぶつぶつと呟いていると思ったら不意に私を見る。



「止めてショウ。まだ話は終わってないよ」



そう言って黒い鳥───ショウを下がらせた彼女は改めて私に向き直る。彼女の背後に控える二匹の鳥は、私を窺っているのだろう。彼女に危害は加えさせないと全身で私を警戒している。



「ねぇケイト。何でこんなことになったのか、ケイトには判る?」



唐突に尋ねられた質問に、私は咄嗟に答えることが出来なかった。それはきっと、彼女の欲しい答えが、自分を処刑しようとしたことを悔いているのか聞いているのでは無いと分かったから。



「あのね? ケイト。私が処刑されるはずだったあの日。私が言ったことを憶えてる? 私は確か、ケイトにこう言ったよね? 『光だけでは無理なんだよ、世界を救うには。癒やしの闇も必要だったんだ』………って。この言葉の意味、今のケイトなら分かるかな?」


「………」



確かに聞いた。あの日、私が剣を振り下ろす直前まで………彼女は私に最後まで無実を訴え────。



(ああ……、そうだ。彼女は─────



『────それが、ケイトの答えなんだ。なんで私は……貴方達のような人の為に頑張っていたんだろう。───バッカみたい』



            絶望したんだ、私達に)



思い出しはしても、ケイトには判らない。あの言葉の意味が。何故、光の加護だけではいけないのか? 女神アデライトの加護だけでは足りないのか……。 



「………その様子だと、判らないみたいだね」



残念だよ……と、言外に言われているような、そんな響きが籠もっていた。憂いを秘めた瞳は一度閉じ……開かれた時には彼女の瞳には冷たい光以外は、残っていなかった。



「ケイトはさ、アデライトの加護ってどういうものか知ってる?」


「………え?」



どういうもの? それは、神の加護に決まっているのでは? 人々に平穏と繁栄、幸福をもたらす神々の慈悲。



「……ケイト。別に神々の加護と呼ばれているものは、確かに慈悲ではあるんだろうね。でもね? それは決して人々の為のものだけでは無いんだよ」


「は? それは一体、どういう………」



困惑する私に、彼女はあくまでも淡々と語る。



「だってアデライトの創った世界で生きているのは人間だけじゃないか動植物だってそう。精霊や妖精、魔族、竜族、獣人族、エルフ族、ドワーフ、魚人族、幻獣、その他の種族だってそう。アデライトはあらゆる命を慈しんでいる。別に人間だけを慈しんでいるわけじゃない」


「な、何を言って………そんなこと! 特に魔族なぞ邪神ダーモットの創った穢らわしき者共ではないか!! そんな、そんな種族を光の女神アデライトが守護するわけがない!!」


「何で魔族がダーモットが創ったと思っているのかが私には判らないよ、ケイト。私も言ったしケイトだって知っているでしょ? この世界はアデライト(・・・・・)が創った世界なんだよ? 創造の時点でダーモットが入る箇所なんてない。………よく思い出してみなよ。ダーモットがやってきたこれまでのことを」



彼女は語る。


ダーモットは大地や獣、力の弱い者達を種族関係無しにその力で狂わせていた。大地は腐り作物は育たず、水も汚れて飲めず。邪神の力で狂わされた生き物は異形の姿となって人々を襲った。



「ね、気付かない? ダーモットはこの世界に在るものを穢らしたり、狂わせたりはしているけど決して自らの力で創ったものはないんだよ……君達が勘違いしていた魔族を入れたとしても、ね………」



言われて気付く。

魔族が本当にアデライトの生んだ種族であるのならば、確かにダーモットが自らの力のみで創ったものはこの世界に存在しない。 



「ダーモットがこの世界に干渉出来る範囲は限られているんだよ。この世界由来の器がない限りはね……」



………この、世界由来の器?



「………アリスが巫女姫から聖女に変わって、アデライトの加護はあの国の隅々まで行き渡るようになった。でもさ。疲れ知らずで昼夜問わず活動的になって常に幸福を感じて……結果さらにその状態を維持しようと聖女アリスを持ち上げて讃える。自分達が、本当はどんなにボロボロになっているのか気付かずに………」



確かに故郷の民達は皆ボロボロだった……。だが、それは一体何故なんだ───?



「ケイト、人には誰しも限度というものがあるんだよ。疲れ知らずで昼夜問わず活動的になる? 体を休めなかったらその分疲労が蓄積されてしまうよ。常に幸福を感じる? それじゃあ幸福の価値が揺らいでしまうよ。命在るものの生に辛さも苦しみもあるのが当然だ。世の理不尽で不条理な事柄に対してどう向き合うか。だからこそ、幸福にはその人に取っての確かな重さがあるんだ。自分という存在の重さが」



………………。



「その状態を維持する為にアリスを持ち上げて讃える? 何それ? 聖女ってさ、そういうものだっけ? そんなの、アリスの齎す加護は麻薬と対して変わらないじゃない。常にその状態で、居られるわけがないんだ。人間は欲が深いから。きっとすぐにもっともっとってさらに欲しがるようになるよ、満足感が無いから」



脳裏にぎるのはかつては自らを厳しく見詰め律していた我が主。今でこそ色欲に溺れ、政を蔑ろにしているが………彼の主はあの混迷の時代で決して不幸では無かった。どんなに打ちのめされ、膝を突くほどの屈辱に見舞われても足掻くダリウス殿下は輝いていた。その光に、私は確かに忠誠を誓っていた………。



「根拠無き幸福感に価値なんて無いよ。そんなもの……生き物を愚かにするだけだ。だからあの国の連中は堕落したんだよ。楽をすることを覚えてしまったから……」



アリスの齎す加護が、麻薬と一緒?

彼女の語った内容が頭の中をグルグルと回る。



 「──何故? どうしてこんな事に………。私は、一体どうすれば…………」


「……………」



私のそんな弱音に、彼女は答えてはくれなかった。


もしかしたら見透かされていたのかも知れない。こんな状況になってまで救われたい、助けて欲しいという身勝手な私の願望を。


自分が、彼女にしたことをすべて棚上げにして………。


フリック王子は未だに安らかな顔で眠っていた。その様子を見て、彼女と再会してからまだ二時間も経っていないことに気付いた。感覚的にはすでに数日も過ごしているように感じていたので頭が、少しばかり重苦しい。



蓄積されていた心労と疲労に耐えられなくなり、私はその場で意志を失った………。




















次回、衝撃の真実。

悪かったのは誰なのか?


感想待ってまーす。

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