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騎士は嘆き魔女は沈黙す(悔恨)





天上から放たれた光の柱に、聖女だった魔女は跡形もなく消えていった……。


処刑場の広場にいた民たちは皆一様にして女神アデライトの奇跡だと湧き上がった。聖女となった巫女姫は、これは光の女神アデライトの浄化の光であり魔女と化した先代聖女はその御光のもと神罰を受けたのだと。


そんな聖女となった彼女の言葉を聞きながら私は別のことを考えていた。

私の剣が魔女の首を落とす前に注がれた光は、まるで魔女となった彼女を護ろうとしているように見えたのだ。



───それは、無意識の内に魔女の首を落としたくないと思った私の願望が、そう思わせたのか……。



たがそんなことを他の者に言えるはずもなく。私は処刑台の上から民たちの歓声を背に、静かにその場を後にした。



そして魔女の処刑から僅か二カ月後に、ダリウス王子と聖女アリスの結婚式が大々的に行われた。



その慶事を私は祖国から遠く離れた隣国で聞いた。

処刑の後、私は結局役目を果たせかなったことを咎められて貴族の跡取りとしての地位を剥奪。辺境の地へと左遷されることとなると聞いた母の母国にいる叔父が私を引き取ると父に言ってくれたからだ。


この人事に最初は私も異議を唱えたが、私の主であるダリウス王子と友であった側近達が『聖女アリスの心遣いを無碍にした事実は変わらない』『役目もきちんと果たせない部下は要らない』『お前のような優柔不断の半端者を国の中枢に置くのは悪害でしかない』と国王と宰相に強く進言した結果、私は今まで培ってきたすべてを失った。


王も宰相も、魔女によって乱れた国政を正すために不和の元となりそうな私を切り捨てることにしたのだろう。父と母は私に体に気を付けろと言って隣国に送り出した。家長として家を守らなくてはならない父も、私を庇うことが出来ずにいたためかせめて叔父の元で幸せに暮らせと、父は大切にしていた短剣を餞別に私に下賜してくださった。



父の一人息子であった私の代わりにいずれは跡取りとなる男子を親類から選び、養子にとるだろう。


そして私が国を離れてから二年後にダリウス王子と聖女アリスの間に王子が生まれた。


国の新たな跡取りとなる王族の誕生に祖国中が沸いたらしい。

二年の間に女神アデライトの加護の下、祖国は過去類を見ないほどの発展と栄華を極めていた。そこに新たな慶事が舞い込んだことで祖国はさらに富むと、この時の私と各国は信じて疑いはしなかった。



祖国に異変が起きたのはそれから一年後。



祖国の民たちが僅かではあるが隣国周辺に亡命し始めたのだ。亡命した者達はあのまま祖国に居たら自分達は遠からず死んでしまうと言っていたらしい。


話を聞いてみるとアリスが聖女に就任してからというもの自分達は常に高揚感と幸福感に満たされ、さらにはいくら働いても疲れ知らずな体になり寝食も忘れて仕事や遊びに没頭していたのだと。


この話を聞いたものは皆怪訝な顔をした。

恐らくは光の女神アデライトの加護の影響だろうその現象から、何故逃げ出すのか分からなかったからだ。でも彼らは言った。


突き動かされる高揚感と活力に夢中になりすぎて自分達は己というものを見失いそうだったのだと。そしてそのことに気付いたら急に怖ろしくなった、とてもじゃないがあの国ではもう暮らせない。と。


この頃から一気に祖国はおかしくなっていった。清廉だったダリウス王子は聖女アリスが居ながらに数多の愛人を囲うようになる。そして王子の側近達もその地位と権利にものをいわせて豪遊を始めた。宰相も彼らを諫めるどころか競うようにして堕落して行った。


苦言を呈した王はしばらくして病に伏し、そのままこの世を去っていった。

一時期は暗殺も疑われたが、証拠もなく有耶無耶のままダリウス王子が国王として即位する。


そして更に耳を疑うような噂が私のいる隣国にまで流れるようになった。


なんとダリウス王と聖女アリスの御子であるフィリップ王子がダリウス王の愛人達を次々に謂われのない罪で拷問に掛けて殺しているのだという恐ろしい噂が。


当時のフィリップ王子は御年三つになったばかりの幼児である。そのような恐ろしいことが、まだ読み書きすらまともに出来ぬ子どもがするはずがないと。


しかし噂は真実であると、私達は後に思い知らされることとなる。



それから更に時が経ち、私が所属する国に王妃となった聖女アリスが外交の為に訪問されることとなった。


叔父の勧めで騎士団に入った私は祖国で培ってきた技量のもと次々に頭角を表し遂には近衛騎士としての地位を手に入れていた。


王族の専属護衛である近衛騎士はその執務上の関係で外交の場でも同席することが許される。


約七年振りに会うこととなるアリスに、私は柄にもなく緊張していた。


そして────いざアリスが接客室へと姿を見せた際、私と私が護衛している王族の方と同僚達は愕然とした。



現れたアリスは傍目からでも分かるほどくたびれ、やつれていた。



瑞々しく赤みを帯びた白い肌と澄んだ瞳。まるで儚い妖精のような容姿は男の庇護欲を刺激する可憐な美少女。それがアリスの周りからの評価だった。


それが今のアリスは頬は痩け、目の周りは窪ができ、肌は病人のように青ざめ、髪も少し傷んでいるようだ。


誰もが唖然とする中、聖女アリスは緩慢な動きで礼を取る。我に返った私達は当初の予定通り会談を始めた。


つつがなく終わった会談はそのまま晩餐会へと続くはずだったのだが………アリスが体調を崩し、急遽中止となった。実際にアリスの姿を見ている王族の方もヘタに無理をさせて何かあっては困ると承諾した。アリスに医師を付けようとしたが、アリスは何故か医師ではなく私を指名してきた。


王族の方は訝しりながらも私の過去と聖女との関係を知っていたのと聖女アリスの懇願のもと渋々了承なされた。


アリスが泊まっている貴賓室に向かった私はそこでベッドの上でぐったりと横たわっている彼女を見た。



「久しぶりです……。お元気そうで良かったわケイト……」



痩せこけて、起きているのも辛そうなアリス。



「───お久しぶりです、王妃様」


「嫌だわケイト……。今この場には貴方とわたくししか居ないわ。どうか、昔みたいにしゃべってください」



アリスに言われて気付いた。この部屋には側で控えている侍女の姿も護衛の騎士の者も居ない。


いくら知り合いだからといって今の私は他国の人間であり、彼女は一国の王妃だ。いくら何でも不用心過ぎる。そんな私の考えに気付いたのか、アリスは申し訳無さそうな顔で言った。



「わたくしが、無理にお願いしたの。貴方と二人きりにしてくれ、って。わたくしは……どうしても貴方に、言わなければならないことがあったから………」



アリスは億劫そうに体を起こすと私に向かって頭を下げた。



「王妃様!?」


「ケイト……ごめんなさい!」



突然の謝罪だった。



「わたくしが、あの時、無責任なことを言ってしまったばっかりに……貴方からすべてを奪ってしまいました。貴方は何も悪くなどなかったのに……」


「……もう、七年も前の話です」



何に対しての謝罪かわかった私はなるべく穏やかな声でアリスに話し掛けた。



「当時の国は、余計な不和を生むわけにはいかなかった。確かに当時は理不尽だと憤りを感じたこともありました。しかし私は、少なくともアリス、君を恨んだことはありませんでした」



アリスはボロボロと涙をこぼして何度も私にごめんなさいと謝る。

昔のような泣き虫アリスの姿に、私は忘れてしまっていたのだ。アリスが先代聖女に魔女の信託を降した時の、あの邪悪な微笑を。



「聖女の立場になって……。わたくしはようやく判りました。先代聖女が、何故、邪神の下に堕ちてしまったのか……」


「アリス? それはいったい───」



どういうことだ?



「誰もが皆、わたくしを聖女を讃え、祭り上げます。でも誰も。個人であるわたくしを見てくださらなくなったのです。ダリウス様ですら………。巫女姫の時でさえ……わたくしを慈しんでくださった周りの者もすべて。────わたくしでさえ、聖女としての責務に押しつぶされそうになってしまうのに。増してその重荷を一般市民……それも異世界の方が耐えられるはずがなかったのです! あの人を、魔女にしてしまったのは他でもない、そうまで追い詰めたわたくし達の罪だったんです!」



すすり泣きながら懺悔するアリスに、私はこの時ようやく先代聖女の苦しみを垣間見た気がした。


そして、何故アリスがここまでやつれてしまったのかわかった。アリスはきっと、聖女となったことで先代聖女の感じていた辛さや苦しさを理解し、そして先代を助けるどころか魔女として裁いた己を長い間、恥じているのだろうと。


それにダリウス王とかつて友であった者達の変わり果てた現状は隣国周辺にまで及んでいる。



「罪を、わたくし達は犯していたのです! なのに……彼女の痛みに…………それなのにわたくしは………っ!」


「アリス……」


「わたくしは、罪だと分かっているのに! それなのにっ! もう、抑えることが出来ない!!」


「……アリス?」



何を言っているのだ?



「ケイトッ! わたくしは……! 幼き頃より貴方を愛していました!」



突然の告白に、息を呑む。



「思うこと自体が、罪なことだと分かっています! ですが! 幼き頃は巫女姫として、そして今は聖女として、ダリウス様の妻として貴方を思ってはいけないと! でも、でも……っ! もう、辛いのです! ………ケイト!!」



言葉を、出せなかった。

アリスの告白を止めることも、聞かない振りをすることも。………アリスの言う通り彼女の私に対する想いは罪だ。特に先代聖女のこともある。

だが辛いと、苦しいと叫ぶアリスを責める気持ちにはならなかった。



「───ケイト」



アリスが私を呼ぶ声に、思わず彼女の瞳を見返した。────見て、しまった。













────そして、私とアリスは過ちを犯した。













アリスの滞在期間中、私はなるべく彼女に近寄らないようにしていた。私が今仕えている王族の方はあの日の晩とことを気にしておられたので、アリスは七年に行われた私の処分に対する詫びをしたかったのだと説明した。………けして嘘でも無いが真実を話したわけではない。話せるわけがない。何故、私はあのようなことを……………。


の人は私の言葉を信じてくださった。

そして私は聖女アリスの負担にならないために、彼女の目にあまり留まらない方がいいと進言し、配置換えをしてもらった。王族の方も、特に問題ないと判断したのだろう。私の願いはあっさり叶えられた。


そして聖女アリスは帰国していった。それから数ヶ月後、アリスの二度目の懐妊の報が発表された………。



──翌年、アリスは第二王子を出産した。



私はすぐに分かった。アリスの産んだ第二王子と呼ばれる御子は、あの日の子だと。



………私の、子だと。



それから祖国は衰退の一途を辿り始めた。

あの高潔の国と謳われた祖国は今では狂気と享楽の国と呼ばれ、私のいる隣国も巻き込み、少しずつ周辺各国を混沌の渦へと引き込んでゆく───。


各国からは祖国と聖女アリスに対する疑惑の声が上がるようになる。


無理もない。

女神アデライトを裏切った魔女を処刑してからの祖国の堕ちぶれようは、誰の目から見ても異様の一言に尽きた。


そして遂に、私の祖国は徹底的な過ちを犯してしまった………。



祖国に招かれていた外交官の一人を、あろうことかダリウス王自ら斬り捨てたのだ!



理由は光の女神アデライトの遣わした聖女アリスに対しての謂われのない非難をしたからだそうだ。いくら自国の、それも世界の救世主たる聖女を非難されたとはいえいきなり斬り捨てるのはやり過ぎだ。


一体外交官が何を言ったのかは定かではないが仮にも一国の主が他国の使者を斬り殺していい理由にはならない。


だが祖国はこの件をきっかけにアリスを非難した外交官の母国に攻め込んだ。開戦の知らせもなく突如として始まった侵攻に、彼の国は全力で抗っているが祖国の兵達は光の女神アデライトの加護のせいかほぼ不眠不休の体での猛攻に、祖国が彼の国を落とすのは時間の問題だった。


この事態に周辺諸国は色めき立って私の祖国を非難し始めた。彼の国に助力する国もちらほら出始め遂には大陸中を巻き込んだ大戦へと発展してしまったが、女神アデライトの加護に護られた祖国を各国は落としきることが出来ずに停戦状態となった。



そして祖国の第二王子にして私の息子であるフリックが十二になった時、事態はさらに最悪な方へと滑り落ちていった─────。












ケイトの回想は明日で終わります。


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