再会は唐突にして災厄
私は揺り椅子に座りながら書物を読みふけっていた。
(う~ん。今日は一体なにをしようかな~~)
ぶっちゃけ、暇である。
森の中に居を構えて以来やることがない。
たま~に森の中に自生している薬草を神水で調合して薬を作り、森の近場の村で売ったりする。
もっとも金を稼いでも対して使い道がないので気が向いた時しかやらないが。
日常用品や食品類に返しては半年に一回、一括で買い占める。まとまった金はそこで使うが、その値段とて薬瓶五個売った金でお釣りがくる。
旅商人は高額値段でも取引してくれるから楽だ。
見様見真似の素人薬が高額で売れる。
神水様々である。
でも生活資金は、今は十分にある。
(やっぱりやることがないですな。だからといって村にも、少し先にある町にも行きたいとは思わないしな~。はぁ~~。ひ~~ま~~~)
人前には出来ることだけ出たくない。
この世界では黒髪はとても珍しい。
極東の更に最果ての一地域の一部族が黒髪なのだと。どれだけ少数部族しか持っていないんだ。黒髪。
その少数部族とて滅多に他部族の前には現れない。もはや幻の部族。
──私のせいでその部族が迫害の憂き目にあわなければいいけど。
そこの部分だけはアデライトとアーデルハイトに聞いてみようか……。
「……ん? チョウ、どうかしたの? なんかソワソワしてるけど」
『……いえ、何でも御座いません。お気になさらずに………』
そう言いながらもチョウは視線を私に合わせようとはしなかった。何時もなら私を真っ直ぐに見て受け答えするのに。
「…………チョウ?」
本当にどうしたんだろう?
「ねぇショウ。チョウはどうし……た………。ショウ?」
ショウが、居ない?
何時もチョウと一緒に私の近くに控えているあの子が?
いままで気付かなかった。チョウもショウも私が静かにしている時は気配を消してくれているから、分からなかった。
「──チョウ、ショウはどこに行ったの? 私の守護であるあなた達が私の許可なく離れるわけないよね? …………もし、あの子を動かせるものがいたとしたらそれはショウを眷属としているアーデルハイトのみ」
『…………』
必死に私を見ようとしないチョウ。心なしか冷や汗をかいているように見えた。鳥なのに。
「チョウ、ショウはどこに行ったの?」
『……お答え出来ません』
「────へぇ」
チョウが私に逆らうってことは………なるほど。どうやらショウが居ない原因にアデライトも関わっていると。そしてあの二人はチョウとショウに口止めをした、『私に知らせるな』と?
………気に入らないね。
「言いたくないわけだ? まぁ、なら仕方がないね。無理やり聞き出す訳にもいかないし」
ホッと一息吐くチョウを尻目に私は椅子から立ち上がると扉近くにある上着掛けにかけてある肩掛けを手に取った。
『………せ、まっ魔女様?』
思わず私を聖女様と呼びそうになったチョウに向かって、一言。
「私が直接ショウの下に赴くことにするよ。ちょうど暇だったし」
『!!?』
そう驚かないでよチョウ。余計腹が立っちゃうでしょう? 眷属である以上あの二人の命が優先なのは仕方ないけど、だからと言って黙っていられるなんて気分が悪いよ。
特に私が関わっていることなら。
パサッと肩掛けを羽織ると慌てて付いて来るチョウと共に家の外へと歩き出した。
●○●○●○●○
『あら?』
森の中を飛行していたあたくしはたったいま自らを生み出した創造主たるアーデルハイト様の神託が下られた。
『まあ、なんてこと。主様がこちらに向かっているだなんて。チョウは一体なにをしているの! まったくあたくしの相方とは思えない失態だわ!!』
ぷりぷり怒りながらもアーデルハイト様の命に従いあたくしは目的地に向かって飛びつつける。
一体何の目的があってのことなのか。招かざる客が主様の住まうこの森に立ち入ろうとしているのよ。まさか二十年前に処刑されたことになっている主様のことがバレたとは考えにくいわ。
日常用品を買いに村に出掛けられる時でさえ警戒を怠ることのない主様がそう簡単にボロを出すはずはありませんし……。
………そもそも主様はこの世界の人間を信用なさってはいらしゃらない。
あの一件以来、主様は人間に対して心を閉ざしてしまわられた。
だがそれも致し方ないことでしょう。あの様な惨い仕打ちを受ければ誰だって他者を信用出来なくなるというもの。それも、主様が誰よりも信じていたであろう仲間たちの手によって。
(アデライト様も甘い御方。このような世界なぞ、一度すべてを無に帰して新たにお造りになってしまえばよろしいのに。邪神ダーモットの手にかかるよりはマシでしょうし)
そう、邪神ダーモット。すべての元凶にして光の女神アデライトの最大の天敵。苦痛と嘆きを殊のほか好むあの邪神は、あろう事か天敵であるはずの光の女神アデライト様に懸想した。
闇の女神たるアーデルハイト様の妹御であるアデライト様を。
そしてそれを知った神殿の人間達が邪神ダーモットに楯突いたのが事の発端だったわ。
光の女神が邪神というおぞましきものに触れられるなど在ってはならないと。
(アデライト様はダーモット様のことなど何とも思っていらしゃらなかったのだから放っておけばよいものを……)
人間達は邪神とダーモットを嫌っているけれど神界に住まう神々からすれば光も闇も邪も聖も対して違いはないのだ。
何時でも何処でもどんな時であったってそのような価値観など簡単にひっくり返ってしまうからだ。
人間達から言わせればあたくしの言っていることはとんでもないことなのかも知れない。でも良く考えてみて? すべての始まりはすべからく混沌から始まり分かたれる。混沌──光も闇も邪も聖もなく混じり合い区別もなく何もないこと。
付けられないならば付けなければいい区別を、理由を無理やり作るから歪むのだ。
(人間なんて本当にどうしようもない生き物だとこと。そのような者達の為に主様が傷付くなどあってはならないわ)
必ず叩き出す。
新たに決意したあたくしは目前にまで迫った目的地に向かって羽根を力強く羽ばたかせた。
森と外の境界線辺りで誰かが争っているようですわね? 先ほどから剣同士のぶつかり合う金属音が聞こえてくるわ。
近場の枝に止まってよくよく見てみるとそこには三十~四十代とおぼしき男と十歳を少し超えたころかしら? と思われる男の子の二人相手に屈強な男五人が襲いかかっていた。
襲われている方の服装かどこか小綺麗であることから貴族の子どもとその護衛か。護衛は男の子を庇いつつ襲撃者達を次々に薙払っていく。あたくしはその護衛に感心しました。一人で五人もの相手をするのは大変。それも子どもを守りながらこなしているところを見るとあの護衛は相当腕が良いのだろう。
(あら、決着が着いたわね)
護衛が最後の一人を斬り伏せる。
血飛沫を浴びながら護衛はトドメとばかりに首を落とした。
大人しいところを見るに、どうやら子どもは気絶しているみたい。
息を切らしながら剣を支えに立っている護衛はその足で───森の中に入ろうとしている!?
(馬鹿ではありませんのあの護衛!? そのような血塗れの姿では魔素や磁場で身体を損なう前に森に住む魔獣に食い殺されますわよ!!)
とあたくしが内心騒いでいる内に護衛はとうとう森の中に入ってしまった………。
(どうしましょうどうしましょうどうしましょう。このままあの者達を放っておいて大丈夫かしら? あぁ、でもあたくしはアーデルハイト様の神託が………あら? アーデルハイト様から新しい神託が……………………………え? えぇええええええ!!? あの者達が主様に近づけてはならない者達!? ですの! きゃああああ!! 急いであの者達を追いかけなくては!)
新たに下された神託にあたくしは慌てふためいた。だって……もしかしたら主様の平穏を乱すだけではなく主様そのものを傷付けるかもしれない者達ですもの。
主様に仇なす者は死ねばいい。
本心からそう思うけどアーデルハイト様の神託ではあの者達を森から追い出し森に近付けさせないようにするのがあたくしの役目。
あの者達だと最初から分かっていれば……襲撃者達に密かに手を貸して葬ったものを。
むぅ。忌々しい……。
闇の女神であるアーデルハイト様の神託は光の女神であるアデライト様の世界ではお声を下すのもの大層ご苦労なさるし、受け取るあたくし達も断片的なものしか伝わらないから致し方ないことかもしれないけれど……………きぃ! 分かっていても口惜しい!!
「……っ、…ぅ……の…………ぃ!!」
あらあら。……早速、この森の住人の歓迎を受けているようね。あれはAランク指定のバトルベア!! 主様が熊の胆は胸焼けの薬になるんだよね~とよく狩っている魔獣ですわね。
ふふふ。主様とて狩るのに一時間は掛かる獲物を護衛の彼は子どもを連れたまま、果たして倒すことが出来るのかしら?
『うふふふ。そのままバトルベアの餌となってしまいなさぁーい』
あたくしが思わず口に出して言った瞬間。
「いや駄目だから」
『何をしてるんですか!!! この馬鹿者がーー!!』
『ゲッフン?!!』
突然背後から現れた主様と、チョウの怒りのこもった跳び蹴りに、あたくしは枝から落ちてしまいましたわ。
●○●○●○●○
驚いた。本当に驚いた。
ショウの気配がする方へ向かって行ったら森の出入り付近でバトルベアと戦っている壮年の男の人とその男の人に抱えられている小さな男の子がいたんだもの。
超危険地域に軽装備で、しかも子ども連れだなんて自殺しに来たとしか思えない。子どもは気絶しているのかピクリとも動かない。………死んでないよね?
探し人(鳥?)であるショウは近くの枝の上に居るのを見つけたので急いで近付いて行った。
そんなところで何してんの?
相方であるショウが、あんなところにいるのがチョウも気になっているのだろう。首を傾げながら何をしているんだ吾奴は、って呟いているし。
答えは直ぐに出た。
『うふふふ。そのままバトルベアの餌となってしまいなさぁーい』
おいおいおい。
随分と質の悪いことをしてるねぇショウ!? 彼と子どもがバトルベアに食われる所を観賞してるの!?
ご主人様はビックリです。
呆然と口を開けていたチョウはすぐにハッと正気を取り戻し、ワナワナと体を震わせたと思ったらショウのもとに真っ直ぐに飛んでいった。
やれやれと、私はショウに声を掛ける。
「いや駄目だから」
ショウが振り返るより早くチョウの飛び蹴りがショウに炸裂した。
『何をしてるんですか!!! この馬鹿者がーー!!』
『ゲッフン?!!』
ショウは悲鳴(悲鳴?)を上げながら止まっていた枝から落ちてしまった。頭から落ちたように見えたけど大丈夫かな?
なんかチョウ、枝から落ちたショウに対して蹴りを入れたり嘴でつつきながら説教しているけど……。
ショウのことはとりあえずチョウに任せて私はバトルベアに襲われている二人の下に駆け寄った。
彼はバトルベアに利き腕をやられたのか、子どもを抱えながらひたすらバトルベアの攻撃を避けて後退している。
ついにバトルベアに追い詰められた彼は子どもを庇うように抱きしめる。
「グゥルルル!」
唸り声を上げて襲い掛かるバトルベアの顔面に特製煙涙弾を投げつけた。
弾けた煙涙弾はモクモクとバトルベアの顔を覆い、煙を思いっきり吸い込んだバトルベアは涙と鼻水を垂らしながら咳込んでいる。
ふっふっふっ。簡単には霧散しないように煙状にした煙涙弾の威力を思い知れ!
(今のうちにあの二人を別の場所へ!!)
「………聖女、様?」
聞こえてきたその声に、私の体は硬直した。
───嗚呼、その、声は。
気付かなかった。だって、あれから二十年以上経っていたから。
子どもを抱きしめている彼は、私の記憶にある姿よりも体格が大きくなり、面差しも深みを増していた。それはそうだ、あれから二十年以上経っているのだから。
「………ケイト」
処刑台で私の首を落とそうと剣を振り上げたかつての私の仲間であり裏切り者であり────処刑人。
「嗚呼…。聖女、様……。生きて、いたのですね…………」
「…………」
ねぇ、ケイト。あなたは一体なんの涙を流しているの? 私が死んでいなかったことに対する怒りの涙? それとも、少しでも私にした仕打ちに対する悔恨の涙?
そのどちらでもなかった。
ケイトの流した涙は────、
「お願いします! 聖女様!! どうか、どうかこの子を助けてください!!」
────救われたと思った者が流す安堵の涙だった。
災厄は、こうしてやって来た。