聖女は死して魔女が生まれる
書いちゃった(●´ω`●)
深い深い森の奥に、突き刺すような日の光が満ち始め、夜の微睡みに眠っていた森が目覚めの時を迎えていた。
どこか神秘的で雄大な森の中には一軒の小さな家がポツリとあった。
凶暴な魔獣の住処である森には妙齢の女が住んでいる。この小さな家はその女の住処であった。
女は、かつては世界を救う光の女神が遣わした聖女として異世界より召喚された者だった。
女を召喚した世界の名はアデライト。
光の女神アデライトが創造したとされている世界だ。この世界は光の女神の天敵である邪神ダーモットの手によって滅亡へと突き進んでいた。
光の女神アデライトは邪神ダーモットに対抗すべく異世界より聖女を呼び出して我が子たる世界に送った。
聖女としてこの世界に舞い降りた女は光の女神に仕える巫女姫と、女が降り立った国の王と王子。王子の側近の手を借りて世界の救済に奮闘していた。
しかし女は邪神に心身を捧げて世界を滅ぼそうとしている、と光の女神アデライトが信託を下したと巫女姫が証言したことにより捕らえられた。
女は無実を訴えたが誰も女の言葉に耳を傾けず、それどころか聖女としてやってきた女を拷問し、邪神に身も心を捧げた裏切り者だと証言させようとした。
誰一人、女を助けようとはしなかった。
共に苦楽を分かち合った王子や彼の側近達でさえも。特に王子は女とは婚約者の間柄であったにもかかわらず女を庇わなかった。
聖女としての女の立場を固める為、尚且つ国の発言力と光の女神の加護を強める為に結ばれた婚約であったが、二人の仲は男女の恋愛にこそ発展しなかったが互いを認め合う仲間として共にいたはずだった。
誰一人、女の助けようとはしなかった。
王も、民も、国も。女を信じようとはしなかった。女がどれほど尽力し、寝る間も惜しんでこの世界の為に駆け回ったのかを間近で見ていたのに。
どれほど涙を我慢し、歯を食いしばっていたのかを見ていたのにも関わらず。
女は仲間であった者の手によって首を落とされることが決まった。
残虐な拷問により見るも無惨にボロボロになった女に向かって観衆達が罵声を浴びせながら石を投げつける。
引き摺られながら処刑台に上げられた女は、その時点で息も絶え絶えであった。
しかし女の瞳から光は消えてはいなかった。
───そして女の首が落とされようとしたその瞬間。天上から女に向かって一筋の光が射した。
光は女の身だけを包み込むと女ごと消えてしまった。
人々は女は光の女神アデライトにその御光りでもって浄化されたことにより死体も残さず消えたのだと口々に言ったのであった。
そして誰もが皆それを信じて疑わなかった、
────愚かにも。
●○●○●○●○
──魔女め。邪神に身を捧げた薄汚い魔女め!
光の女神を裏切った背信者!
誉れ高き巫女姫に嫉妬し、挙げ句の果てに殺害しようとした痴れ者が!! 貴様のような屑は最果ての常闇で永遠に彷徨えばいいんだ!
──返せ、息子を返せ!
お前のせいだ! お前のせいであいつが!
村を返して! お父さんを返して!!
魔女め! 魔女め魔女め魔女め魔女めぇ、お前なんざ死んじまえ!!
『……私は、誰も裏切ってない。誰にも私を裁く権利なんてない』
『──いいや、貴女は私達を裏切った。裏切ってないなら何故、貴女から光の女神アデライトの加護が消えたのだ? 何故、そのような闇色の加護を身に纏っている───!』
『───ケイト。私は元から貴方のいう闇色の加護を纏っていたよ。最初からね……。アデライトともう一人、女神アデライトの姉神である闇の女神アーデルハイト。私は最初から二つの加護を持っていたんだよ』
『闇の女神なぞ! そのような神は聞いたことがない!! 闇と称すからにはその神は邪神以外には有り得ぬだろう!!!』
『………邪神ダーモットは男神、闇の女神アーデルハイトとはまったくの別神だよ。───光だけでは無理なんだよ、世界を救うには。癒やしの闇も必要だったんだ。ダリウス王子も貴方も、王も、この国も。何も分かっていない』
『────もう、いい。貴女は変わってしまったんだ。貴女は邪神に魂を売った。その闇の加護こそが答えだ』
『────それが、ケイトの答えなんだ。なんで私は……貴方達のような人の為に頑張っていたんだろう。───バッカみたい』
『…………』
ケイトが剣を振り上げる。
私の首を落とすために───。
──嗚呼。私の愛し子よ。我が子らよ、なんと惨いことを────。
『アデライト……』
──今は眠るのだ、妾の愛し子よ。アデライトよ、これ以上そなたの子らに妾の愛し子を傷付けさせぬぞ!
『……アーデルハイト』
───妾の愛し子、眠るが良い。妾の腕で一度の休息を。そなたはようやった。そなたからアデライトの加護を奪った者も、そなたを信じなかった者も。皆等しく報いを受けるだろう。彼の者達は妾達の加護を否定した。そなたは、もう、何もせぬでよい。これ以上、その魂を傷付けぬでくれ。──傷、付かぬでくれ。
(泣かないでアーデルハイト)
──我が子らよ、何故? 何故このような惨きことをしたのです。何故、私の愛し子を傷付けるのです? 何故、どうして………。
(泣かないでアデライト、貴女の所為ではないから)
───今は眠りなさい我らが愛し子。魂と身体の傷を癒やすまで。愛しき我らの神子に幸あらんことを。
●○●○●○●○
懐かしい夢を見た。あの時から、もう二十年以上の時が流れているのに。
十六歳の時に交通事故で死んだはずだった私は闇の女神であるアーデルハイトに見込まれ、妹神であるアデライトの世界を救って欲しいと願われた。
アデライトの世界で生きられることを対価に。
アーデルハイトの仲介でアデライトに会わされた私はアデライトに気に入られ、二人の愛し子としてアデライトの世界に降り立った。
王城の人達と神殿の人達は黒目黒髪と黄みがかった肌の色に戸惑いを隠していなかったけれどアデライトの加護を纏っていた私は聖女として受け入れられた。
私は立場を確かなものとする為にその国の世継ぎであったダリウス王子と婚約した。最初は婚約なんて嫌だと思ったが何の後ろ盾のない私が異世界で暮らすには必要なことだと思い、黙って受け入れられた。
婚約者であるダリウス王子とは仲は良かった。
彼の直属の騎士であるケイトとも側近の皆とも協力し合って邪神ダーモットの脅威を退けていた。
光の女神アデライトの巫女姫であるアリスとも仲良くやっていたのだ。男ばかりの周りで、唯一、同い年の少女として接することの出来たたった一人。
───でも、そんな日常は長くは続かなかった。
突然私に掛けられていたアデライトの加護が消え去りアーデルハイトの加護だけが残った。
周りは光の女神の加護が消え、闇の気配のある加護を身に纏う私を魔女だと騒ぎ立てた。
後は坂道を転がるが如く私の人生は転がっていった。
私は巫女姫たるアリスにアデライトに真偽を問うてくれと頼んだ。私の無実を証明する為にはアデライトに直接言って貰わなければ収まらない所まで事態は進んでいたのだ。
そしてアデライトに問うことが出来るのは神界と人界の橋渡しの役を負っているアリスしかいなかった。神の力は強すぎる。下手に人界に関与すればそれだけ世界に傷を付ける。
───そして私はアリスの口から処刑宣告を聞くこととなる。
アリスは光の女神であり創造主であるアデライトが私が邪神ダーモットに下ったと神託があったと証言したのだ。
私はそんなはずはないと否定したが、信じられることはなかった。罪を認めなかった私に国は拷問をしてでも自白させようとした。尽力した姿を知る者が私を助けないように。私が罪人だと、私に言わせようとした。
拷問は熾烈を極めるものだった。
棘のついた鞭で肉を抉られるのはマシな方。焼き鏝を押し付けられ、目を抉られ、指を落とされ、耳を落とされ、足を切り刻まれ、沸騰した油をかけられ、水に沈められ私は何度も何度も意識を失った。
そしてその拷問を行ったのはケイトを除いたかつての仲間たち。
地獄だと思った。あんまりだと思った。
信じていた者達は私を罵倒しながら肉を削ぎ、鞭を振るい拷問する。
私が裏切り者だと、証言させる為に。
しかし私は最後まで潔白だと訴えた。
過酷な拷問に発狂しなかったのは癒やしと鎮静と再生を促すアーデルハイトの加護の賜物だったのだろう。それが幸か不幸は別として。
そして私はあの日を迎えた。あの、処刑の日を。
「んん~。はぁあ……。よく寝た」
私は眠っていた揺り椅子の上で大きく伸びをした。
朝起きてから早々に揺り椅子に揺られながら二度寝していた私は冷めたお茶を啜りながら窓から入る光に目を細める。
こんな風に穏やかな気持ちで過ごせるのはひとえにアーデルハイトのおかげだった。
アデライトが私を処刑場から救い出し、神界で光の女神であるアデライトが傷付いた私の肉体を。闇の女神であるアーデルハイトが衰弱した私の魂をその腕に抱いて癒やしてくれた。
私の傷付いた肉体と魂の修復には十年もの歳月を必要とした。
十年経って目覚めた私は抉られた目や切り落とされた指や足が元通りになっていることに驚いた。
自身の創造した世界の為に奮闘してくれた私に対してアデライトは泣いて詫びてくれた。私の子らが申し訳ないことをしたと。
アーデルハイトは私に言った。
人の身で神界には住むことが出来ない。他の世界に私を送りたくとも私が入る余地のある世界が二人の管轄内にないということを。
───私を裏切った世界以外には。
アデライトとアーデルハイトは私の身を守る為の守護を付けると言った。もう二度と彼の世界の住人が私を傷付けないように。
そしてアーデルハイトが選びに選び抜いた場所に私は住むことが決まった。簡単に人が入り込めず、尚且つ、私を裏切った国の者達がたどり着けない場所に。
「チョウ、ショウ」
私が呼び掛ければ軽やかな羽音と共に彼らはどこからともなく現れる。
『『お呼びでしょうか、我らが主』』
純白と漆黒の鳥が傍らに舞い降りる。
アデライトとアーデルハイトにより私に遣わされた神鳥だ。
純白の鳥が朝、漆黒の鳥が宵。
「先月森に入ってきた人達はあれからどうなったの?」
先月の始め、私が住まう森に侵入しようとした団体がいた。
私が暮らす森は魔力の元素たる魔素が高濃度に蔓延し、更には強すぎる磁場のせいで眩暈や吐き気、方向感覚の麻痺などといった症状が表れる。
それは森の深部に近づけば近づく程強くなる。
そのうえ森には一匹で国を滅ぼすとされるレベルの魔獣がそこらかしこで縄張りをはり暮らしている超危険地帯なのだ。
(そんな森を私の住処にしたアーデルハイトの思い切りをどう思うべきか。確かに人は来れないけど。高濃度の魔素とか磁場とか。私でも最初の半月あまり死ぬかと思った)
思わず目線が遠くなる。
『あの者達でしたらその日の内に森から逃げ出しました。約三時間。持った方です』
『そうかしら? 薬草と神水欲しさに森に入った割には随分と根性がないように感じたけど?』
この森は確かに超危険地帯なのだが、その特異性ゆえに森に生えている薬草と森の外に生えている同じ種類の薬草でもその効果は約三~五倍とかなり違う。そして森の中心部には神水と呼ばれる水が湧き出る泉がある。その泉の水を蒸留水にして薬を煎じれば、あら不思議。どんな粗悪品な薬草でも高級薬と同じ効果が表れるという薬剤師(いろんな意味で)泣かせの伝説級の水なのだ。
『ショウ……。聖女様の御前でなんという口の聞き方を………』
『あらチョウ。主様はそのような態度の方が嫌がりますわよ。ねぇ?』
ショウが目配せして私に確認する。
私は軽く笑って頷く。
「そうだね。私は堅苦しい態度よりは気安い態度の方が楽だし好きだな」
『聖女様……』
どこか困っているチョウの様子に笑いながら、言った。
「それにね、チョウ。私のことは聖女じゃなくて魔女と呼んでくれと言ったでしょう?」
聖女は二十年前のあの日に、死んだのだから──。