8
「おやつができたからな、ぱせりを探してきてくれるかい?」
甘辛いたれをからめたお団子を大きな器に盛りながらばあちゃんが言った。
僕はぱせりの名を呼びながら裏庭に向かう。
納屋の外側には数個ずつ束ねられた玉ねぎが所狭しとぶら下がり、手前には大きな糠床の樽がどっしりと置かれている。その先には、赤茶色のケヤキの落ち葉が竹箒で掃き集められ山を作っていた。
枯葉がたまるとばあちゃんは、じっくりと時間をかけてさつまいもを焼いてくれる。黒焦げの皮に包まれたほくほく甘い焼き芋は、僕の大好物だった。
裏庭の一番奥には、大きな銀杏の木が空に向かってぐん、と力強くそびえ立っている。ちょうど今の時期、風が吹くたびにはらはらと落ち葉が舞い、その一帯はまるで黄金色のじゅうたんがぎっしりと敷き詰められているようだった。
見ると、そのじゅうたんの上に静かにぱせりが横たわっていた。
どのくらいそうしていたのだろう、白い刺繍入りのブラウスと水色のスカートの上にも銀杏の葉が積もり始めている。
黄金色の落ち葉にまみれたぱせりは、まるできれいな一枚の絵のようだった。
「ぱせり?」
呼びかけに応えるかのように、ガサッとかすかな音がした
「ボクは、いない」
ぱせりは自分のことを「ボク」と言い、ぶつ切りのぎくしゃくとした独特の話し方をした。
僕は、それが嫌いではなかった。
「じゃあ僕も」
そう言ってくすくす笑いながら、一緒にごろんと寝転がった。
いつもまっすぐ強い光を放つぱせりの目が、なぜかその日はどこを見ているのかわからない曇りガラスのようだった。
見上げると空は吸い込まれそうに高く青く、それを背に黄色い葉がひらひらと揺れながら僕たちに向かって落ちてくる。
手を伸ばしてつかもうとするが、すんでのところで指先からするりと逃げていってしまう。
何度も繰り返すうちに、なぜだか胸の奥にしくしくとたまらない悲しみが押し寄せてきた。
「……おまえ、何で泣いてんの?」
そんな言葉が不意に口をついて出た。
もちろんぱせりの目から涙なんて流れてはいない。ただ、この悲しみは自分のものではない、そんな気がしてならなかったのだ。
ぱせりは一瞬ぎょっとした顔をして、それからくしゅっと顔を歪めた。
こいつこのまま泣き出すに違いない、そう思ったけれど実際にはそんなことはなくて、ぱせりはぎゅっとかみ締めた唇をほんのかすかに震わせただけだった。
「大丈夫だよ」
僕は、どうしたらいいのかわからないままぱせりの頭をそっと撫でた。
ふわふわに波打った細い髪やすべすべのほっぺたからは赤ん坊のミルクのような甘ったるい匂いがして、鼻の奥をくすぐった。
ぱせりの目はいつの間にかまたビー玉のような光を取り戻し、それでも苦しそうに僕をただ見つめている。
あの日ぱせりが『何で泣いてんの?』って問いかけてきた時、僕も涙なんか流していなかった。でもきっと心の底では、自分が泣いていることを誰かに見つけて欲しかったのだと思う。
あの瞬間、それまで誰も住んでいなかった僕の心の中にぱせりはすっと入ってきて、僕自身も気付いていなかった悲しみにただ寄り添ってくれたのだ。
そしてその温もりは、今でもずっと僕の中に残っている。
僕もそんな風にぱせりの心にただ寄り添いたい――でも実際はどうしたらいいのかわからなくて、馬鹿の一つ覚えみたいにくしゃくしゃになるまでぱせりの頭を撫で続けた。
やがて、あまりに遅い僕たちを心配してばあちゃんが探しにきてくれた。
ばあちゃんは銀杏の葉にまみれた二人を見ると目をまん丸にして、
「おや、まあ、銀杏の妖精かと思った。まあ、みごとに葉っぱだらけだなぁ。妖精もそろそろお腹空いただろ、団子はどうだい?」
と、心から楽しそうに笑った。
そのときのばあちゃんの丸っこいシワだらけの笑顔は、まるで太陽のように力強くそして温かくて、あまりに頼りない僕らの足元をずっと遠くまで照らしてくれる灯りのようだった。
「よし、ばあちゃんの団子、食べに行こう」
僕が勢いをつけて立ち上がり両手を差し出すと、ぱせりもカサカサと音を立てながら枯葉に埋まっていた両手を伸ばしてきて、ぐっと力強く僕の手を握った。
やせっぽっちのぱせりの手は思ったよりずっと柔らかくて、そして温かかった。