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母さんの実家――ばあちゃんの家は古い農家で、当時僕たち親子が住んでいた家から歩いて15分ほどの場所にあった。
そのあたりには田んぼや畑や屋敷森を抱えた農家がたくさん残っていて、ニュータウンのはじっこにある僕の家とはがらりと雰囲気が違っていた。
中でもばあちゃんの家はひときわ古く、広い敷地は鬱蒼とした木々に囲まれていて、まるでそこだけが現実とは隔絶された別世界のようだった。
でも、そんなに近くに住んでいるのに、母さんはなぜだかあまりばあちゃんの家に行こうとはしなかった。
お正月だけは例外で、毎年元旦の朝早くに僕たちは精一杯着飾りばあちゃんの家を訪ねる。そして新年のあいさつを済ませると、必ず母さんがこう言うのだ。
「これからみんなで浅草寺に行くから、ゆっくりしてられないの」
実際は、初詣なんて地元の神社にさえ行ったことがなかった。
そもそも家族で出かけること自体、ほとんどなくなっていたのだから。
でもばあちゃんは、母さんのその嘘を疑いもせず心底がっかりした顔をする。
「あれ、そうかい。おせちもたんとあるんだから、ちょっとだけでも上がっていけばいいのに。千恵子たちも、もうじき来るしなぁ」
千恵子というのは、やはり同じ町に住んでいる母さんの妹だ。
が、おかしなことに、僕は小学生になるまでおばさん一家とちゃんと顔を合わせたことがなかった。
千恵子おばちゃんの家族ってどんなだろう?
僕みたいな子供もいるのかな。
今年はもしかしたら、母さんが気まぐれを起こして、ちょっと寄っていこうかって言い出すかもしれない。
そしたらその子とたくさん遊んで、お腹が空いたらテーブルの上に並んだごちそうを、一緒にたらふく食べるんだ。
毎年僕は、母さんとばあちゃんの会話に耳を傾けながら、頭の中でそんな想像を思いめぐらせていた。
でも残念なことに、必ずその期待はいとも簡単に裏切られるのだった。
「青慈、あんたは何ボーッとしてるの、もう行くわよ!」
そんな母さんの声を合図に僕はひきずられるように帰途につき、家に着くなり床の上に正座させられる。
「どうして、もっと大きな声であいさつしないの。背中はしっかり伸ばしなさい、それに靴を汚すなって言ったでしょう? なんであんたは、何ひとつ言われたとおりにできないの!」
苛立ちを全身で表しながら怒鳴り続ける母さんの額の傷跡はどんどん赤みを増し、僕の体は緊張でガチガチになる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
何を怒られているのかもよくわからないまま、僕はただ謝り続けた。
そんなときにも父さんはやっぱり、悲しそうにそのようすを見ているだけだった。