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「おかげさまでやっと踏ん切りがついたわ」


 僕が死にそこなった翌日に、お見舞いと称してぱせりと一緒にわざわざアパートまで来てくれた千恵子おばさんが、実にさっぱりとした表情でそう言った。


 一体何のことかと思っていたら、あれよあれよと言う間に離婚の手続きを進め、ひと月後にはぱせりとふたりばあちゃんの家で暮らし始めていた。


 細く震えていた声までもすっかり逞しくなって、日に日にばあちゃんに似てくるみたいだ。



 ぱせりは相変わらずぶっきらぼうな語り口で、それでも以前よりずっとよく喋り、そして笑うようになった。


 離れは本格的にアトリエになり、もう誰に遠慮することもなく見事なまでのぱせりワールドが繰り広げられている。

 僕はしばし時を忘れて、その数々の絵に見入ってしまう。



 母さんもいつものようにぶつぶつと小言を言いながら仕事に家事にと忙しい日常を送ってはいるけれど、それでも時折あの甘い卵焼きとタコさんウインナーの入った弁当を仏頂面で作っておいてくれたりする。


 最近一緒にお昼を食べるようになったクラスメートたちに冷やかされはするけど、まあ、そう悪い気はしない。




 僕は時折、こっそり写真に語りかけてみたりする。


 ねえばあちゃん。

 僕もいつかばあちゃんのように、胸の奥から溢れてくる温かいものを、誰かにうまく伝えることができるだろうか。

 きちんとそれを手渡していけるだろうか。


 そしたらいつの間にか後ろにいたぱせりが、小首をかしげてつぶやいた。


「大丈夫。青慈の中に、あったかいもの、ちゃんと積もってる」




 庭の片隅では、おばさんが丹精込めて世話をしている色とりどりの花たちが、温かな陽射しの中で風に吹かれて揺れている。



 縁側の隅っこで日向ぼっこをしていた茶トラの猫が、気持ちよさげに体中でぐーんと大きな伸びをした。

ご愛読ありがとうございました。

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