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 長いこと家に閉じこもっていたせいで、僕の体は思っていたよりずっと弱っているようだった。唐突な感情の爆発がそれに輪をかけた。

 息を切らし、よろめきながらやっとのことで足を進める。


 この体じゃあ、どこにも行けないや。


 皮肉な笑みをもらしてから、ふと自分がひどい格好をしていることに気が付いた。着たきりすずめでろくに風呂にも入っていない体からはすえたような臭いがする。これではたとえお金があったとしても、電車にも、いやタクシーにも乗れないだろう。


 それでも何とか休み休み歩き続けると、あの川に行き当たった。


 この下流にばあちゃんの家がある。


 今だったら、逝ける気がした。

 今なら先のこととか未練とか考えずに、死への一線を越えられる。

 生きる希望を失って、屍のような惨めさを味わい続けることもなくなるんだ。


 ぱせり、ごめん。

 君を本当にひとりにしてしまう。

 でも、もうどうすることもできないんだ――。


 僕は何かに憑かれたように、川面をめざしてゆっくり踏み出した。

 これで、やっと楽になれる。



 とその時、どこからか小さな声が聞こえた気がした。


 辺りを見回すと、川上からゆっくりと段ボール箱が流れてくる。水に濡れて今にも沈みそうな茶色い箱から、今度ははっきりと子猫の鳴き声が聞こえてきた。


 みゃあみゃあと乗り出すように大きく口を開けて鳴いている茶色い三匹の子猫が、僕のほうをビー玉のような瞳でひたむきに見つめている。


 それを見た途端、自分でもよくわからないまま気がつくと夢中でざぶざぶと水の中に入り、その箱に手を伸ばしていた。


 が、もう少しで届くというところで急に水底のくぼみに足をとられ、派手な音を立ててひっくり返ってしまった。


 僕は全身ずぶぬれになりながら、しかも足をぬかるみに取られたままのねじれたような姿勢でなんとか力を振り絞り、ダンボール箱を岸辺に置いた。


 子猫は自分たちの命が風前の灯だったことなど知りもしないで、ただまっすぐな瞳でみゃあみゃあ語りかけてくる。


 ――ああ、よかった。

 そう思った瞬間に再び足を滑らせて、僕はあっという間に川の中に引きずり込まれた。


 恐ろしいことに、少し岸辺から遠ざかっただけで流れの速さは格段に違っていた。泳いで岸に近づこうともがいても、弱った体にはちっとも力が入らない。


 ああ、流されていく。

 酸素が足りない。

 苦しい、


 息をしようと口を開けても入ってくるのは水ばかりで、もがけばもがくほど苦しさが増していく。


 なんだよ、こんなはずじゃなかったのに。


 いや、こんなはずだったか――。

 そう、僕は死のうとしていたんだった。


 でもどうしてだろう、まだ死にたくない。

 さっきまで、もういいと思っていたはずなのに。


 もしかしたら人は、死にたいときには死ねなくて、本当に死ぬときには死にたくないと思うものなのだろうか。


 父さん、父さんは、どうだった?



 その時、闇の中でかすかに車のヘッドライトが見えたような気がした。


 誰かが遠くで叫んでる。


 あれは……ぱせりの声?

 それとも幻聴?


 ああ、頭が朦朧としてきた、もうだめだ――。



 とうとう意識を手放した瞬間に、誰かが手首を掴んでぐっと引き寄せ抱きかかえてくれたような気がした。


 僕は自分が胎児に戻ったような心地よさを味わい、次の瞬間深い闇へと沈んでいった。

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