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ばあちゃんの死からひと月が過ぎても、僕は家にひきこもったままだった。
風呂に入るのも歯を磨くのも、生きることに付随する何もかもひどく億劫で、ときおり鼻をつく自分の匂いに顔をしかめてはますます自虐的な気分に陥っていった。
そんなある夜、トイレに行こうと部屋から出ていくと母さんが電話をしていた。
鼻息を荒くしてまくし立てている相手は、どうやら千恵子おばさんのようだ。
「……母さんの手紙なんて、どうせしっかりやれとか、そういう内容なんでしょ? そういうのはもういいわよ。
だから……あの家だって無理に残すよりも、手放すか、更地にしてアパートを建てたほうがいいのよ! あんな古い家、私たちにはとても管理しきれないでしょ! この機会に、全部壊したほうがいいんだわ」
壊す?
まさか、ばあちゃんのあの家を?
あまりのことに頭が真っ白になった。
僕の子供時代をきらきらと輝かせてくれた大切な場所。
枝豆をたらふく食べては寝そべったあの縁側、どろんこになって走り回った広い庭、夏でも涼しい風が吹き渡る木陰、季節ごとに実を結ぶ石榴や柿やびわの木、ひっそりと佇む納屋。
ぱせりの唯一の居場所だったあの離れ。
僕もぱせりも、ばあちゃんがいたから、何とか生きてこれたのだ。
今だって、あの家があれば生きていけるかもしれないのだ。
居場所を作ってもくれなかったくせに、大人たちはどうして何もかもを奪っていこうとする?
知らないうちに体中が震えだし、大声で叫んでいた。
「わ――――――――っ!
ふざけるな、僕の、僕の、僕のたったひとつの……!」
ぱんぱんに膨らんだ風船が破裂したかのように、涙と怒声が飛び散っていく。
自分が何を言っているのかもよくわからずに、気が付くと興奮して階段の横の壁を拳骨で思い切り殴っていた。
何の痛みも感じないまま手の甲から血が流れ出す。
「やめなさい、青慈! 落ち着きなさいってば!」
けれど僕はなおも壁のカレンダーを引きちぎり、テーブルに用意されていた夕飯を床にぶちかます。
体中から尽きることなく溢れる怒りが僕を突き動かし続ける。
まるで自分が自分でないようだった。
どうして、どうして、どうしてわかってくれないんだ!
こんなにも簡単なことなのに――。
獣のような雄叫びを上げながら胸をかきむしり、僕は外に飛び出した。




