23
深い霧が晴れていくように、心の中の何かが姿を見せ始める。
身じろぎもせず僕を見つめるぱせりの前に静かに頭を垂れて、僕は懺悔するかのように心の内を語り始めた。
「――僕、ホントは父さんのことがすごく好きだった」
自分の声が、静かな祈りの言葉のように響く。
「でもさ、僕がそばにいたって、何をしたって、父さんは目の前でどんどん壊れていってしまうんだ。それがたまらなく……辛かった」
重いため息のような僕のつぶやきに、ぱせりがかすかにうなずく気配がした。
その先を口に出すかどうかは、ひどく迷った。
思い出そうとするだけで、胸の奥がキリキリと痛む記憶。
触れずにすむならそうしたい。
けれども同時に、この重苦しいものを一切合財打ち明けてしまいたくもあった。
ぱせりは曇りのない瞳で、そんな僕をただ受け入れようとしてくれている。
そう感じた瞬間に、勝手に言葉が溢れ出した。
まるで、このときをずっと待っていたかのように。
「あのころ僕は、それでも親孝行な息子のふりをしてさ、呑んだくれて帰らない父さんを毎日探し回ってた。
けどホントはね、そんなことの繰り返しに、とっくにうんざりしてたんだ。
いや……うんざりしてただけじゃなくて……たぶん、こう思ってたんだ。
『父さんがこのまま居なくなればいい、どこかで死んでいればいいのに、そうしたらこんな生活終わるのに』
って。
心のどこかで……ずっとそんな風に願ってた」
そこまでを口にした瞬間、涙が勝手にぼたぼたとこぼれ始めた。
「その通りに、父さんは死んだ。
僕が、そう願ったんだ。
僕が……僕が、そう願ったから……!」
次から次へと熱い涙が頬を伝って落ちていく。
「これでわかっただろ……
僕が許せなかったのは、そんな自分自身なんだ、君じゃない……」
最後はもう、声にならなかった。
うつむいて肩を震わせる僕の背中に、ぱせりの手がそっと触れる。
すべてを許すようなぬくもりに促され、なお唇から溢れる後悔の念。
「今でも毎日のように、最後に見た父さんの悲しそうな瞳を思い出すんだ。
そのたびに僕は、暗闇に吸い込まれて、そのまま消えてしまいそうな気持ちになるんだよ……」
ぱせりが揺れる瞳でまっすぐ僕を見つめながら、首を横に振る。
「……違うよ、青慈のせいじゃない。
青慈は、ちっとも悪くない。
青慈は……お父さんが大好きだっただけ。
大好きなお父さんが壊れてくのが、とっても辛かっただけ」
沁みとおるようなその言葉に僕は、胸を波打たせ激しく嗚咽した。
どれほど泣き続けていたのだろう。気がつくとあたりは薄暗くなり、熱を帯びたまぶたはひどく重かった。
けれど不思議と心は晴れやかで、これまでにないほど温かかった。
鼻をすすりながらふと顔を上げると、すぐ目の前にぱせりの泣き濡れた瞳があった。
「ごめん、こんな話聞いたら、君も辛くなっちゃうよね……」
ぱせりはかすかに首を振ると、睫毛を伏せてかすれる声でつぶやいた。
「わかるんだ。
ボクも、青慈とおんなじだから。
ボクもいつも……消えてしまいそうなんだ」
「……本当に?」
ぱせりは黙ってそっとうなずき、そしてうつむいた。
その目から一筋の涙がこぼれて、赤くなった鼻の先で揺れていた。




