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6時間目は、臨時のホームルームだった。
1か月ほど前に、10代のファッションリーダーともてはやされていた女性タレントが突如自殺した。その直後から、同じように理由のはっきりしない10代の自殺が一種のブームのように次々と起きており、連日テレビや新聞をにぎわせていた。
隣の市でも先月、13階のマンションの屋上から女子高生が飛び降りて亡くなっている。それで今日は、自殺をテーマに全クラスで話し合いを持つことになったらしい。
『他人に言えないような悩みがありますか』
『自殺を考えたことがありますか』
数日前にアンケート用紙が配られたとき、僕は思わず笑い出しそうになった。
本当に悩んで死のうと思っている人間が、はいはい、私は死にたいですと素直に答えると思っているのだろうか。
心底絶望し救いなんか望んでいない人間は、そんな問いに決して答えたりはしない。そんなこともわからない大人たちに、一体何ができるというのか。
が、僕を失望させたのは教師だけではなかった。
クラスメートたちの発言だって、虫唾が走るほど薄っぺらいものばかりだった。
「私は……ええと、いくら死にたいと思ったとしても、自分が死んだら親がどんなに悲しむかってこと考えると、やっぱり簡単にはできない気がします」
確かにそうだよね、と皆が頷く。
「……君。林君? 何か意見ありませんか」
司会役の委員長は一体何を思ったのか、急にこちらに矛先を向けてきた。
面倒くさい。
が、この能天気な空気に苛立って、何かひとこと言ってやりたいと思っていたのも確かだった。僕は、少し高ぶっている自分の感情に十分注意を払いながら、慎重に口を開いた。
「いや、死ぬしかないところまで追い詰められて本当に覚悟してしまった奴だったら、親なんてストッパーにはならないと思うんだけど。
それに、死にたい理由にもよるでしょう?
そもそも、実はその親が一番の原因だってことも、十分あり得るわけだし」
できる限りさりげなく言ったつもりだったが、僕の口から出たその言葉は、自分で意図していたよりずっと皮肉な響きを帯びてしまっていた。
さっき発言した女子生徒は、その答えに一瞬気色ばみ、それでもなんとか冷静さを保ちながら反論してきた。
「そうかなぁ。そりゃあ親とぶつかったり、わかってもらえなくて悲しくなって、その勢いで死んでやるって思うことはあるけど、でもそれって一時的なものでしょ?
なんだかんだ言っても結局親なんだし、けんかもするけど最終的には心配してくれてて、嫌いと思うこともあるけどやっぱり有難いし、だから親の気持ちを考えずにはいられないっていうか……みんなそうなんじゃない?」
僕は思わずふっと鼻で笑った。
「何か私、おかしいこと言ってる?」
彼女の声に、今度は明らかに非難の色が含まれていた。
「いや、別に何も」
慌てて否定はしたが、かすかに頬を紅潮させまっすぐ反論してくる彼女の姿は、自分とはまるで別の生き物のように思えてならなかった。
そっか、みんな、幸せなんだ。
もし僕が死んだら、こいつらはどう思うのだろう。
その時にやっと、この言葉の本当の意味に気付くのだろうか。
いや、きっと今日僕が言ったことなんて、覚えてもいないに違いない。そのくせ神妙な顔つきで、
「もっと早く気付いてあげられたら……」
なんて、さめざめと泣いてみせたりするのだろう。
ああ、本当にくだらない。
だって、そもそも誰一人として気付いちゃいないんだから。
いずれ本当に、そんな日が来ることなんて。