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ばあちゃんが入院したと連絡があったのは、ちょうどそんな頃だった。
道で突然吐いて倒れ、救急車で運ばれたのだという。
千恵子おばさんから電話を受けた母さんは、深いため息をついて狭いアパートの部屋をうろうろと歩き回った。
「検査結果が明日出るらしいから、母さん半休とって病院に行ってくるわ。いくら千恵子が来てくれるから大丈夫って言ったって、私だって先生の話聞かないわけにはいかないし、もう。ああ、急にそんなこと言われたって!」
心配しているのか腹を立てているのかわからないきつい口調で一気にまくし立てる母さんに、僕はあえて淡々とした態度を取り続けた。
一緒になって騒げばますます興奮し手がつけられない状態になってしまうということは、これまでの経験で十分わかっていたからだ。
けれどもちろん僕だって心配でたまらない。
結局ほとんど一晩中眠れないまま、次の日の朝を迎えた。
「自殺について」なんていうくだらないテーマのホームルームがあったのはちょうどその日のことで、僕は寝不足とクラスメートの能天気さにおそろしく不機嫌になりながら家に帰ってきたのだった。
玄関のドアを開けると、薄暗い台所にスーツ姿の母さんがぺたりと座り込んでいた。
僕は一瞬、父さんが仕事をクビになった日のことを思い出した。
「……ばあちゃん、どうだったの?」
努めてさりげなさを装いながら僕は聞いた。
「手術だってサ、一週間後に」
「手術って、何の病気?」
母さんは肩で大きく息をすると、腹に抱えた不安をひとつ残らず吐き出そうとするかのように強い調子でわめき散らした。
「癌よ、癌。大腸癌の末期だって。
そんなの、手術してもきっと助からないわ、末期だもの! 転移してたら終わり。
こんなんじゃいつ死んじゃうかわかんないんだから、あんたも、ちゃんと会っておきなさいよ! そう言えばなんか、あんたに渡すものがあるから来て欲しいとか言ってたわね。
ああ、もう、どうしてこんなこと……いい加減にして欲しいわ、もう!」
母さんの言葉は非常識なほどストレートだった。
僕の頭の中では、大腸癌の末期、いつ死んじゃうかわかんない、そのフレーズだけが強烈な印象を持っていつまでもぐるぐると回り続けた。
不思議と涙は出なかった。
僕の感情は、この事実を受け止めることを拒否していたのかもしれない。
ばあちゃんに会いたい、今すぐに。
でも、自ら命を絶つ前に一度だけ会うと心に決めたその気持ちを、どう切り替えていいのかわからなかった。
それに会って、一体どんな顔で、何を話せばいいというのだ?
けれどもしかしたら本当にこのまま……考えたくはないけれど、母さんの言うとおり二度と会えなくなる可能性だってあるのだ。
いや、そんなことあってはならない。
だって、僕のほうが先に死ぬと決めたのだから。
僕は胃が痛くなるほどぐるぐる悩み抜き、結局翌日の帰りには、まるで吸い寄せられるかのように病院へ足を向けてしまった。