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 中学生ともなると、勉強ができるだけでは周囲に認めてもらえない。

 逆に、先生のお気に入りの優等生であるほど浮いていく。


 僕はまさにその典型的な例だった。


 冗談のひとつも気の利いたことばも言えない、くそ真面目で面白みのない奴。

 口にするのは、何が正しいか何をすべきかということばかり。


 実際僕は、それ以外に他人と何を話したらいいのかまったくわからないのだった。


 そんな僕がクラスで一番苦手なのが健太だった。

 授業中もふざけてばかりで、毎時間のように先生に注意されても本人はまったく気にしない。掃除の時間も、ほうきをギター代わりにかき鳴らすふりをして周囲の笑いをとるばかりで、肝心の作業は一向に進まない。


「おい、ふざけてないできちんとやれよ!」


 いくら注意しても、


「あれー、学級委員様に怒られちゃった。先生のお気に入りににらまれると、後が怖いから、気をつけなくっちゃ!」


 とおどけるばかりで、埒があかない。


「お気に入りなんかじゃないし。 それに、掃除と関係ないだろ」


 そう言って僕がむきになると、


「あらら、怒っちゃった? 今のはうっそでーす」


 と、ますます調子に乗ってからかってくる。

 それをうまくかわすこともできず、みじめに顔を引きつらせるだけの僕。


 が、神様はどこまでいじわるなのだろう。

 奴はあろうことか、あの酒屋の息子だったのだ。


 ある時から、目が合うたびに健太がそれまでと違う意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべるようになった。そして僕のほうをちらちら見ては、近くの男子に何やら耳打ちをするのだ。

 なんだかひどく嫌な予感がした。


 その予感が的中していたとわかったのは、それから間もなくのことだった。


 その日、掃除当番で理科室に行くと、先に来ていた同じ班の男子が僕を見て言った。


「あれ? なんだか酒臭くない? あーやだな、ここ、すげーくせぇや。みんな、廊下のほう掃除しようぜ」


 数人の女子たちが、


「やだー、そんなの、かわいそうじゃん」


 と言いながら、意味深な笑顔を浮かべる。


 理科室にただひとり取り残された僕。

 廊下から聞こえるくすくす笑い。

 変な汗が流れ、頭が真っ白になっていく。


 ああ、できることなら夢であってほしい、ただの勘違いであってほしい。



 が、残念なことにそれは勘違いなどではなかった。


 翌朝、祈るような気持ちで登校した僕の目に飛び込んできたのは、机の上に置かれたワンカップの空瓶だった。


 嘲るような哀れむようなクラス中の視線が、僕の反応に注目している。

 困ったような顔で目を逸らす者もいた。


 僕は精一杯のプライドで先生が来る前にカップを片付け、何事もなかったような顔をして授業を受け続けた。


 次の日は黒板に酔った男の絵が描いてあったし、またその次は僕の机で健太が酔いつぶれたふりをしていた。


「おおっと、飲みすぎた。きちんとしないと、委員長に怒られちゃう」


 挑戦的な目で健太が言う。

 僕はこぶしを握り締め、でもそれ以上何もできないまま、ただ思い切り奴をにらんだ。


「うわ、怖い顔!」


 みんながそのやりとりを面白がって見ている。

 ひどい屈辱感に、体が震えた。



 とその時始業の鐘が鳴り、担任が入ってきた。

 いつもと違う教室の雰囲気に戸惑いながらも、


「どうした? ホームルーム始めるぞ、みんな席に着いて。ほら委員長、号令かけて」


 と僕を促す。


 委員長?

 ふっ、今の僕がクラスをまとめる委員長だとは、なんて素晴らしいジョークだろう。


 もちろん担任は、何も気付きはしない。

 そう、どうせ大人には何も見えやしないんだ。


 僕は起立、礼、といつものように号令をかけながら、心が一層冷たく凍っていくのを感じていた。




 二年生になってクラス替えがあっても、状況は変わらないどころか、むしろエスカレートしていった。

 ノートや教科書は破られ、「アル中」とマジックで大きく殴り書きされた。カバンも靴も隠され、体操服からは酒の匂いがした。


 休み時間が終わると、みんなわざと僕の席の横を通っていく。小さな声でニヤニヤと「酔っ払い」とささやきながら。


 むきになって反撃しても、からかう材料が増えるだけだと知った。

 これはショーなのだ。

 ただ面白がるためだけに人々は僕という存在を暴力的に踏みにじっていく。

 僕一人の苦痛などなんでもないことのように、日常は流れていく。


 僕は深い無力感を感じながらやっとのことで日々をやり過ごした。

 それでも休まずに登校し続けたのは、一度休んだらもう二度と行けなくなるとわかっていたからだ。



 そんな中でぱせりは、相変わらずいつも僕を見ていた。


 『何で泣いてんの?』


 そう問いかけるかのように。


 何でって、当たり前だろう?

 こんな毎日、泣きたくもなるさ。


 心の中で答えながらも、実際にぱせりに話しかけることは決してしなかった。


 だって、いじめられてるふたりが実はいとこ同士だったなんて、あいつらにとっては最高においしいネタじゃないか。

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