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父さんはその後もお酒を飲み続け、入退院を繰り返した。
何ひとつ希望の見えないままに季節は変わり、僕は中学生になった。
真新しい制服に身を包み無邪気にはしゃぐ同級生の群れ。
暗い気持ちでそれを見つめる僕の前に現れたのは、懐かしいビー玉のような瞳だった。
ぱせり――あの痩せて小さかった女の子は、驚くほどに美しく成長していた。
すらりと伸びた手足と艶やかに波打つ長い髪。
変わらなかったのはその無口さだ、それも常軌を逸するほどの。
授業中に指名されてもあきれるほど根気強く黙り通すぱせりは、入学からひと月が過ぎる頃にはどの授業でも順番を飛ばされるのが常になった。
彼女がどんな声をしているのか、クラスの連中も、もしかしたら先生たちも誰一人として知らなかったに違いない。
もちろんしゃべれないわけではない。それは僕が一番よく知っている。
ただ少なくとも学校では、決して口を開こうとしなかった。
かといって決して愚鈍なわけではなく、テストの成績は常に学年で10位以内に入っていた。
それだけでも十分理解不能な存在として周囲から浮いていたけれど、さらにぱせりを有名にしていたのが体育の授業だ。
背が高くて顔が小さい日本人離れした全身のバランスはそれだけでもたいそう目立っていたが、その動きは別の意味で独特だった。
何の競技の時でも彼女がどこにいるのかはすぐにわかった。
走ってもボールを投げても、曲がるべき関節が突っ張り逆に伸ばすべきところが変な角度で曲がってしまう。
それはまるでぜんまい仕掛けのおもちゃのようで、傍から見ているとどうしてもふざけているとしか思えなかった。
が、その表情があまりに真剣なので、かろうじてそうではないとわかるのだった。
浅黒い肌に強い光を宿す黒目がちの瞳、濃い影を落とす長いまつ毛、長くすらりとした手足、そして優秀な頭脳。
馬鹿だな、もっとうまく立ち回ればいいのに。
普通に振舞えてさえいたら、逆の意味で注目を浴びていただろうに。
僕はこっそり胸を痛めずにいられなかった。
ぱせりがクラスメートから遠巻きにされるのにはもうひとつ理由があった。
左手首のリストバンドだ。
運動部に入っているわけでもないのに彼女は常に黒いリストバンドをしていて、一部の女子の間では、手首の傷を隠しているのだと噂されていた。
何かの拍子にそれがずれて傷跡が見えたとか、ブラウスに血が滲んでいたとか、嘘か本当かわからないような話がまことしやかにささやかれていたのだ。
何人かの女子は、最初のうちこそからかうように、
「それ、とってみせてよ」
としつこく絡んだりしていたが、ある時からぱったりとそんなこともなくなった。
ぱせりのお父さんである僕のおじさんはあちこちに土地を持つ町の有力者で、下手なことをすると信じられないような嫌がらせをされてこの町にいられなくなる、という噂が広まったからだった。
が、その結果、彼女はまさにクラスの幽霊みたいな存在になってしまった。
僕はといえば、良心の呵責を感じながらもぱせりといとこ同士だということは一切誰にも言わず、廊下でも教室でもさりげなく目を逸らし他人のふりをし続けた。
そうしてきっちりと学校での顔を作り上げていなければ壊れてしまいそうなギリギリのところで、僕もまた戦っていたのだった。
そうして同じ空間にいながら一度も言葉を交わすことなく、それでもぱせりはいつも僕を見ていた。
『何で泣いてんの?』
そう問いかけてきたあの頃と同じ、ビー玉のようなまっすぐな瞳で。