13
週末には、母さんと一緒に面会に通った。
「洗濯してくるから」
母さんは病室に着くなりつっけんどんにそう言うと、椅子の上に置かれていた大きな袋を乱暴に抱えてさっさとどこかに行ってしまう。
僕は何の心の準備もないままに、父さんのそばに取り残された。
どす黒くむくんだ顔の父さんと無言で向かい合っていると、そのまま闇に吸い込まれそうな気持ちになる。
いたたまれなくて、乾いたタオルを絞るように必死に言葉をひねり出した。
「のど……のど渇いてない?」
「ああ」
「じゃあ、何か必要なものない?」
「……ないよ」
「……どこか痛い?」
「痛くない」
薄っぺらい僕の問いかけに父さんはぼそりと短く答えるだけで、あっという間に気まずい沈黙が降りてくる。
一刻も早くここから逃げ出したかった。
そんな不毛な面会を繰り返しながらも病院の治療というのはたいしたもので、週末ごとに父さんの顔色がぐんぐん良くなり体に力が戻ってきているのがよくわかった。表情も入院前とは全然違っていて、一ヶ月も経つ頃には今まで見た中で最もすっきりと穏やかな顔つきになっていた。
そんなこともあって、僕たちはすっかり勘違いしていた。
お酒を飲みさえしなければ以前のままの父さんなのだから、もうこれで大丈夫だと。
浅はかにもすっかりそう思い込んだまま、僕たち家族は無事退院の日を迎えてしまったのだ。
「もうお酒はやめる」
家に帰ってきた父さんは、僕たちの前ではっきりそう宣言した。
「本当だね? 本当だよね?」
僕は何度も繰り返し、そのたび父さんは、かすかに笑ってうなずいてくれた。
実際僕らが仕事や学校にいっている間、父さんはやったこともない洗濯をし、掃除機をかけ、精力的に仕事を探しに出かけているようだった。それでよけいに母さんも僕も、あのひどい騒ぎは一時的なものに過ぎず、またすぐに以前のような生活が戻ってくると信じ込んでしまったのだ。
だからこそ、玄関のドアを開けた瞬間にあの日とまったく同じ光景が再び目に飛び込んできた時のショックといったらなかった。
「今日は疲れたから、1杯だけな。なぁに、ほんの気分転換さ」
目を泳がせ酒臭い息を吐きながら、取り繕うような笑顔で父さんは言った。
けれどその1杯が2杯になり、また以前のように一日中飲み続けるまで、たいして時間はかからなかった。
ある時は酔って転んで、下唇からだらだらと血を流しながら帰ってきた。
道端で酔いつぶれて動けなくなり、通報されたたことも一度や二度ではない。
母さんはそのたび怒り狂い、興奮して離婚をちらつかせなら、時には包丁まで持ち出して、もう決して飲まないと約束させた。
けれどそんなことはまったく意味がなかった。
まるで坂道を転げ落ちていく石ころのように、父さんは壊れ続けていった。
家がそんな状態だったせいだろう、僕は学校が好きだった。いや、ずっとましだった、というほうが正確かもしれない。
いい成績を取ることも先生に気に入られることも、父さんに酒を飲ませないことや母さんを怒らせないことに比べたらとてもたやすく思えた。
勉強は教わった通りに覚えればよかったし、言うことをしっかり聞いてさえいれば先生は僕を褒め、頼りにしてくれる。通知表には何度も「真面目で責任感が強い」と書かれ、クラス委員を任されることもしばしばだった。
学校にいる限り、僕は自分を「それなりの人間」であると思うことができた。
それなのに家に帰ったとたん、僕はどうしようもない役立たずに成り下がってしまう。
わからないのだ、どうしたら母さんが怒らずにいてくれるのか、何をすれば父さんが壊れていくのを止められるのか。
学校の勉強には答えがあったけれど、家では何が正解なのかまったくわからない。
何をしても事態は悪くなる一方で、そのたびに僕は消えてしまいたい気持ちになるのだった。