くさったしたいのふてくさり③
どうぞ。
かつて鍛冶の師匠であったものがメタルパペット相手に鎚を振るっている、その同じ頃。
街では一人前の弟子が一流の鍛治職人になっていた。
そしてこの弟子は師匠よりは頭のやわらかい、人付き合いの良い男であったので、顧客やら街の顔役やらからさりげなく色々と聞き出すことが出来た。
どうやら師匠は街のごろつきに疎まれていたらしい。それはそうであろうな、と弟子も思ったのだが、詳しく聞いてみるとそんなばかな話があるか、と思わざるを得なかった。
師匠の作る剣を欲しがるものは多かったので、街のごろつきは様々な手練手管を使ったようだ。例えば剣を買った傭兵を自分の所へ引き込んで別の店の剣と交換を持ちかけたり、上品な服を着こなせる詐欺師を使って貴族の子息や大棚の放蕩息子に近づいたり、無茶な言いがかりをつける客をけしかけたり、師匠の剣をなにやら思いつめた男に渡して人を斬らせたり──
一体何がしたいのか、店が潰れれば師匠の剣は手に入らぬぞ、と思ったのだが、定期的に入れ替わる傭兵達から纏まった数の剣を手に入れたごろつきは、嫌がらせをことごとく撥ね付けた師匠に面子を潰された──と思い込んだ──恨み半分、師匠が死ねば名工の遺作と言うことで値段が上がるという目論見半分で、師匠を危険な砦へと送り込むように誘導したらしい。
このあたりばかり巧みでなくても良いのに、と思うほどに、裏で顔を合わせる砦の取引先の商会やら色町に立つ女達を通じて、師匠の腕前は素晴らしい、弟子もまぁまぁの腕前であるから多少抜けてもこまらぬであろう、戦士たちの剣が普段使われているところを目の当たりにすればさらなる名工になれるであろう、だから師匠を砦へ呼ぶべきである──と言ったような話を騎士団員達に吹き込んだ。
騎士団員達はおやじさんの腕前を知っているものが多かったので、そのうちのいくらかは良い思いつきではないかと思い砦で吹聴するようになった。
戦鍛冶たちは良い顔をしなかったし、おやじさんの身を危険に晒すことを良しとしなかった者も多かったが、上層部──つまり大半の仕事が書類との格闘である者達──は、やってみる価値はあるかもしれぬ、どちらに転んでも刺激にはなる、と考えたのである。
そしてごろつき共も、しばらく師匠の顔が見えなくなれば多少は気分がいいし、砦のような──彼らからすればあんなところに行きたがる奴の気がしれない──所へ放り込めればざまぁみろといったところであるし、うまく魔物に襲われて二度と槌が持てなくなれば自分たちは儲かって万々歳、あとは野となれ山となれ、程度の頭だったのである。
それを知った弟子は、いますぐそいつらを殴りに行こうかと言い放つほど激昂した。だれかの命がどうなろうと己の利になればもうけもの、と考えるような輩のせいで己の師匠は死んだのだ。そのようなことを許してなるものか、と秘蔵の戦斧まで持ち出す勢いであった。
しかしこの話は誰かが明確に罪を犯したと言えるものではない──店への嫌がらせについては師匠が相手にしておらなかったので弟子の出る話ではない。
ごろつきは剣を交換して噂話を広めたのちにそれを売り払っただけの話であるし、噂を広めたものはそれを良い話だと思ったのだから悪意などない。書類の虫どもは正式な手続きに則って将軍の代理で召喚状を出し、優先事項の低い上申書を放り投げた──つまり己の職務を果たした。護衛は十分についている筈であった、それは運が悪かった以外の何物でもない。
このような理不尽がまかりとおって良いはずがない──しかし弟子の手は戦士のために鎚を振るうための手であって、法を破って人を害するための手ではない。
それからの弟子は、世の理不尽を呪いながら剣を打つことになった。
くさったしたいは、くさっていた。
世の不条理を許すことが出来ず、憤怒に身を焼かれる思いであった。
だけどやっぱり、くさっていた。
一流の鍛冶師が世を呪うようになれば、それはたちどころに剣に現れる。たとえ剣としての完成度は変わらぬとしても、たとえ神秘が介在せずとも、打つものの僅かな心持ちが剣には映る。
人の災いを打ち払う剣は、人を災いへ突き進ませる剣に姿を変えた。戦士のための剣であったものが、剣のための戦士を作り出すようになった。戦果は増えたが戦死者もまた増えた──
ならず者の類いの傭兵達は、この剣に喝采を挙げた。
彼等が求めるものは第一に魔物に打ち勝つ力であり、隣で同業がくたばっても自分の稼ぎは変わりない。
命を落とすような事は、まぁあるかもしれないがそれは間抜けのやることであり自分は上手くやる──と言った風情であるから、まるで鼠が海へ飛び込むような熱狂と共に魔物を殺し、魔物に殺された。
騎士団や傭兵団の嘆きは大きかった。
彼等は剣に使われるなどまっぴらごめんであったし、自らの事を決してうぬぼれず戦力の一単位として数えていた。損耗少なく堅実に勝つことが魔物との戦いで何よりも重要な事である──それは騎士であろうと傭兵であろうと変わらなかった。
いつか果ての山脈まで魔物を押し返し、千年前の人の生存圏を取り返す為に──
自分の腕に信頼と実績という箔を付けるために──
あるいは長い目で見てより多く稼ぐために。
そこに求められるものは熱狂などでは決してなく、透徹した冷静さである。
工房に出入りする客層はじわりじわりと変化した。
昔なじみは姿を消し、それらから紹介される有望な新人は別の店へ流れ──替わりに向こう見ずな野郎共が押し掛けるようになった。そやつらの要求に答えるたび、振るう鎚の音は殺伐としていった。
より斬れる剣を。より斬れる剣を。何者をも打ち砕く剣を──
師匠に仕込まれた技は存分に要求に答えた。
体格、寸法、動きの癖、剣の腕前──それらを読み取り、その能力を最大に発揮させて客を生きて帰す為の眼力は、客に如何に容易く魔物を屠らせるか、ただその一点に集中した。
弟子は決して手を抜かなかった。
いいから黙って良いものを作れ、というのが師匠の口癖であったし、また弟子が最後に聞いた師匠の言葉でもあった。
その時の事は遥かに彼方のように思えた──俺は砦に行ってくる、なに情けねぇ顔してやがるぶっ飛ばすぞ、いいか俺がお前にしてやれることはもう大してありゃしねぇ、後は自分でどうにかしやがれ、それでもうだうだ悩むってんなら、いいから黙って良いもんを作れ──そうして師匠は帰らぬ人となった。
懐かしい記憶には幸福が染み込み、その最期を踏みにじるものが呪いを呼び覚ます。
朽ちろ、朽ちろ、骸を晒せ。
敵と味方の区別なく、ただひたすらに骸を晒せ。
不条理には不条理を持って返せ。
善悪が意味を持たぬのなら、善も悪も叩き斬れ──
新しく剣を鍛えるたびに、込める想いはいや増していった。男には妻も居たし、人付き合いは巧みな方であったから、良き夫であり丁寧な師となることは出来た。店は繁盛し、妻を愛し子を愛し、徒弟には基礎を仕込むことができた。ただ鎚を振るう間は誰一人話しかけられぬほど鬼気迫るものがあったが、普通に暮らしているうちには何も問題はなかった──何も問題がないのが問題であったのだ。
歪んだ歯車が軋むように、男の命を奪った。
傭兵は一目散に逃げ出していた。こんなはずではなかった、自分のせいではない、誰だって自分の命が可愛いものだ、だから責められる筋合いなどない──そういった思いに突き動かされ、ただひたすらに森の中を走り続けた。
傭兵の請け負った仕事はごくありふれた魔物討伐──巣穴も行動範囲も確定した梟熊を討ち取ること。戦力は十二分、微力ながら僧侶の術を使うものすら同行していた。
至極ありふれた話であるし、野の獣を狩る狩人が遠目に見つけた魔物を斥候が地道に調査し、万全の態勢で討伐する。そうやって街の周囲と街道を保全するのが軽く金を稼ぐ傭兵の生業である。
口さがないものは魔物退治と言うのもおこがましい、精々が駆除といったところ、楽な仕事だ──と言いながら巣穴に向かい、実際に梟熊は駆除された。
そして一息つき、誰かが笑い──その姿が掻き消えた。
何が起こったのか把握しかねた傭兵たちは半笑いを浮かべながらただそれを見て、一拍遅れて戦闘態勢に入った。誰かが叫ぶ。足元に気をつけろ、引き込まれるぞ。背後を取られるな、全員で警戒しろ──
実に単純で有効な助言であった。そしてだからこそ難しいことであった。傭兵団でもない、荒くれ者に毛が生えた程度の者共にとっては。
襲撃者は泥の手──かつて師であった鍛冶師の命を奪った、無機物系の魔物。
意思なく通りすがり、気配なく土の下から現れ、命なく魔素の尽きるまで人を襲う暗殺者。
傭兵たちは恐怖した。動物系なら心の臓を貫くなり首を撥ねるなりすればよい。植物系なら木っ端微塵に打ち砕けば良い。不死系でもやはり行動不能になるまで切り落とすか、霊体の類であれば僧侶の術を使うものもこちらには居る──その類が通用しない、流体生物が増え始める。
魔法使いが居ない。踏みとどまって戦うしかない。だが一体こやつらはどれだけ増えるのだ──?
まず一人が土の下へ消えた。次の一人は首の骨を砕かれた。次の一人は背後から襲われ、目算を誤った味方の剣を背中に受けて肉も骨も吹き飛んだ。
ただ威力のみを追求したその剣は、人体を簡単に破壊する。剣を振るった傭兵は、初めて自分が握っているものの恐ろしさを目の当たりにした。
いつ終わるのかも分からぬ戦闘に、死の足音を聞いた。
そうして気づけば逃げ出していた。恐ろしかった。自分の力に酔いしれていられたあの頃に戻りたい。なんというものを振るっていたのだ。いや、振るわされていたのだ。自分のせいではない、自分のせいではない。あと少しで街だ、足の裏を切った。清潔な湯で洗わなければ。そして酒をかっくらって──
傭兵の視界が狂う。足首を掴まれている。地面に埋もれた岩が迫る。
頭蓋骨が砕ける湿った音が響いた。
その日、砦南の街は多数の死傷者を出した。
原因は魔物の襲撃。戦闘員、非戦闘員問わず、通り道からはぐれた泥の手の不意打ちによって圧殺、殴殺、絞殺された。
近くには午前中に梟熊を狩りに行った傭兵の死体が残されており、その手に持っていた剣はかつて名工と謳われた男の弟子が鍛えたものであった。
その弟子も、死傷者の中に含まれていた。
そうして新しき魔物がまた一匹。
炉で焼けた肌、握るは金槌。
腐肉の体に垂れ下がる目玉。
頭皮ごと剥げた肉の下から覗く頭骨。
くさったしたいは、おきあがろうとして──目前の魔物に飛びかかった。
善も悪も無くただ叩き斬れと願った剣を、持ちながら逃走し厄災を街へ持ち込んだ傭兵。そのくさったしたいが目の前に所在無げに佇んでいたからである。
くさったしたいは許せなかった。自分の鍛えた剣で魔物を打ち倒すのは喜ばしい。自分の鍛えた剣で魔物に挑み、返り討ちに遭うことすら満足。
だが自分の剣を持ちながら無様に逃走し、挙句転倒して死ぬなど許されぬ──!
くさったしたい同士の戦いは、生前の体格に左右されることもなければ、剣の腕も関係ない。ただどちらがより怨念に満ちているか──それで勝敗が付く。
神秘の類でも無ければ精神体の特性でもない。ただ純粋に、能力というものに大きな差が無くなるのだ。あとは攻撃性──恨み、妬み、そして燃え盛るほどの怒りを滾らせるものほど、相手を傷つけることができるのだから。
戦斧が唸る。泥の手が街中に現れたと噂が走った段階で背中に背負った逸品である。重量は申し分ない。技量も何もあったものではないが、それは相手も同じ事。
くさった傭兵は剣を抜くことすらおぼつかぬ。ただ腕をふりまわし、狂乱の只中にあるような有様で反撃を試みる。
湿った洞窟に湿った音が響く。肉が落ちる音、骨が断たれる音、臓物がこぼれ落ちる音。
くさったしたいはくさった傭兵の原型が無くなるまで凶器を振り下ろし続け──気が済んだので戦斧の手入れを始めた。
そして断末魔の怨念を吸収し、自らの精神体を強化した。
それからの日々は鬼気迫るものであった。
泥の手が現れればこれを討ち。
死体が運ばれてくればそれを粉微塵にした。
善も悪も無く、ただ叩き斬れ──
その遺志を忠実に実行し続けた。
そして気づくと、自分はくさったしたいであった──
その頃、くさった師匠が叩き潰したメタルパペックは三桁を数えようとしていた。
平たい岩の前に陣取り、目の前を通りすがる金属の人形に殴りかかる。
一桁のうちは金槌が保った。
二桁となると怪しかったので、新しく金槌をこしらえた。
平たい岩の上で叩き潰された金属は、やがて岩に馴染み鉄床となった。
高熱を放つ溶岩、溜まった水、金槌と大鉄床──
くさった師匠は本格的に何かを鍛えたくなるほど上機嫌であった。
惜しむらくは相槌を打つ助手がいないこと──
居なくても剣は打てるが、居ればさらに楽しいだろうと思えた。
メタルパペックを潰して溶かし、何度も折り返してまた叩き、小割りにして選別し、上質な鋼を選り分ける。
一人でやってやれないことはないが、息の合う相方さえいればと思わずには居られなかった。
くさった弟子と出会うまで、あとわずか。
そして腐肉の王に目をつけられるまで、あと──
大きく稼ぐなら北の砦へ、楽に稼ぐなら街道沿いで。




