くさったしたいのふてくさり②
どうぞ。
北の砦に向かった街鍛冶師の男は、戦場鍛冶師たちとのやりとりに難航していた。
男にとって戦場鍛冶師とは尊敬に値する存在であった。
常に戦士と共にあり、自分よりも遥かに危険な場所で、自分の工房よりも劣る設備で、自分より素早く武器防具の僅かな歪みを見出し、最小限の手間で実戦に耐えるよう仕上げてみせる。それも大量に。
彼らがなければ砦の戦力は四割落ちる、と言うのが男の見立てであった──そしてそれは壊滅と同義である。
すべての装備が新品の状態であれば、彼らの出番はないだろう。正面戦力──ただ一回の戦いに注ぎ込める能力──を計るのであれば、彼らがなくても変わりない。
しかしそのようなことはありえない。魔物というのはいつ何処からやってくるかも分からぬし、砦の全戦力を一度に叩き込むような戦いはしてはならない。そのような状況が訪れれば、それは敗北に等しい。
継戦能力──どれだけ戦い続けられるか──という点で考えれば、彼ら戦場鍛冶師なくして砦は成り立たぬだろう。
上級の魔物は恐ろしい。遥か北にある、この世のものとは思えぬような草木も生えぬ険しい山脈の向こう。魔族の国──千年の昔に人の国と山脈を挟んで対峙していたとされる──には魔王と呼ばれる、強大な存在が居るという。
彼らが気まぐれに放つ魔物は、人の領域で自然に発生した魔物とは比べ物にならぬ能力を持つ。
圧縮された魔素により、並みの人間には捉えられぬ疾さを持つもの、同じ大きさの鉛の塊を打ち付けてもびくともせぬもの、空を飛び稲妻を走らせるもの──
たった一匹でやってくるそれらに立ち向かうのは、統制のとれた騎士団と、熟練の傭兵達だ。
僧侶の修練を積んだものが使う術は、癒しの術だけではない。風よりも疾い動きを人に与える術、魔素による障壁を解きほぐし戦士の刃を届かせる術、逆に魔物の振るう爪牙を押し返し衝撃を和らげる術、柔らかな光を纏わせ火炎や稲妻を閉じ込める術──それらを駆使して戦士たちを魔物と同じ舞台まで押し上げる。
魔法使いの放つ魔法は様々である──火球、雹弾、土槍、闇塊、光柱──見かけ通りのものではない。もちろん火球が命中すれば鉄をも溶かす熱が、雹弾が命中すれば空気すら凍るような冷気が発生するが、本質はそこにはない。常人には理解できぬ神秘に至った彼らが放つ魔法は、魔物の本質──存在する力そのものを削り取ると言う。
魔物に止めを刺すのは戦士の役割であり栄誉である。彼らは盾であり矛である──そしてあまり大声では言えないが、僧侶や魔法使いと比べると補充しやすい駒である──と言う事を彼ら自身が割り切っている。 決して後方へ通してはならぬとなれば数人がかりで連携せねばならず、余程戦慣れした魔法使いで無い限り疾風のように立ち回る彼ら友軍を誤射する恐れがあるとなれば、止めが戦士に回ってくるのは当然の理である。
では魔法使いは先制攻撃以外に出番がないのではないか──そんな事はない。空を飛ぶ魔物を叩き落とし、ちゃちな市壁を軽々と飛び越す脚力をもつものを地に縫いとめる、魔法使いに求められる基本中の基本にして深奥の魔法──それを極めた大魔道士が一言呟けば魔物はたちまち垂直に潰れていき、後に残るのは地にめり込んだ死骸だけとなるとされる。
そして切り札となる魔核の存在がある──稀に上級の魔物が残すそれは、魔法使いの魔法を一時的に極限まで引き上げる。もしも戦士が次々と倒れ、その場に立つもの全てが鏖殺されること間違いなしという局面が訪れれば、魔法使いには魔核を使用した極大の魔法を使用する権限が与えられる。
そのようなことは滅多にあるものではないが、引退した熟練の戦士によれば発動した瞬間天地の理が掻き乱されて自分がどこに居るのか分からなくなり、気がつけば魔物は内側から破裂したような有様で骸を晒していたという。
そのような人智を超えた戦いの最中であるから、戦士たちの装備品の消耗は並大抵のものではない。
刃筋を立て損ねれば剣は歪み、僧侶の術に守られてさえ鎧はへこむ。盾を持つ者は滅多にいない──まともに打たれればたとえ盾が裂けなくとも指や掌の骨を折ることになるし、腕に据え付ければ己の腕で己の体を強打して吹き飛ぶことになる──そうして剣の腹や槍の柄を斜めに構えて流すことになるから、やはり消耗が激しいのは剣、その次に総鋼の槍、そして鎧──持ち主が生きていれば──となる。
よくもまぁこれだけひんまがるものだ──と街鍛冶師である男は思う。そして同時に納得もする。
しかし戦場鍛冶師たちはそれが気に入らないという風情なのだ。
お互いの領分が違う──自分は叶う限り良い剣を鍛え、振るう者の体格や腕前に合わせて最良の結果を出せるように取り計らうのが腕の見せどころである。だが彼らはより短時間で叶う限り多くの剣を叩き直し刃を立てて、振るう者を最短で戦線に復帰させるのが使命である。
どちらも重要なことであり、お互いに戦士の友であるのだから、反目などしている場合ではない──と男は説いたのだが、戦鍛冶たちは今まで誰よりも危険な場所で鎚を振るってきた豪の者である。お前に指図される筋合いはない、お前に戦場の何がわかる、俺たちに構っている暇があればお前も鎚を振るっていろ、安全な街でな──とにべもない。
そのくせ男が炉を借りて鎚を振るい出すと、まるで女に飢えた若い男のような熱のこもった視線でその仕事ぶりを見つめ、一本終わるたびにああだこうだと文句をつけてくる──ように見えていつのまにやら質疑応答、お互いの技術、戦場での効率の話になり──結局意見の相違からつかみ合い一歩手前の険悪な雰囲気になるのだ。
彼らには彼らの道理があり、自分には自分の道理がある。それだけのことだ──
戦鍛冶らは戦士の友であることに間違いはない。が、一人の戦士の友ではなく、戦場に立つ全ての者の友なのだ。そして戦場の外に居る者は彼らの友ではなく、守られるべき者であって隣に立つ者ではない──その誇りによって彼らはここで鎚を振るっているのだろう。
男は他人の道理を解さぬ者では無かったので──友と認められぬのが少し悲しかったが──自分のすべきことをすることにした。
しかし不思議な話であるな、と男は思う。来てみなければ分からなかった事とは言え、自分と彼らとでは条件がかなり違う。もちろん同じ鍛冶師としてお互いに吸収できる所はある──が、何も自分でなくても良かったのではないだろうか。
街の鍛冶師が弟子を取るように、戦鍛冶も弟子を取るはずだ。まさか街の鍛冶師で落ちぶれるようなものが戦鍛冶になるなどという話はない──勘働きの良いもので無ければ戦鍛冶はつとまらぬ──のだから、引退した戦鍛冶を連れてくるか、はたまたどこかの同じような砦の戦鍛冶との交流でも組んだほうが有意義ではないか。
その旨を召喚状の送り主である砦の将にしたためたのだが、これといって音沙汰は無かった。
そして騒ぐような事でもないので、男は戦鍛冶の仕事ぶりを盗めるだけ盗もうと努めることにした──
はてさて、自分も戦鍛冶達も少しばかり鎚の音が変わってきたかと言う所で約束の期限が過ぎ、砦の戦士たちに惜しまれながら護衛を伴っての帰り道。
男の不意を打ったのは、土から生える泥の手であった。
不定形な無機物系の魔物の恐怖は、いつ終わるか知れぬところにある。魔法使いが居ればその存在する力そのものを崩すことが出来るが、純粋な戦士達にとれる方策はひたすらに戦って魔素が尽きるのを待つより他にない。できるだけ小さく切り飛ばせば魔物として足りぬ、ただの魔素の濃い土塊にもなるだろうが、そのような悠長な事をしているうちに思わぬところから打たれるのは避けられぬことである。
あとはひたすらに逃げるという手もないでもないが、どのような手段で追ってくるか分からぬ──地下水脈だとか小動物の掘った穴だとか──相手に逃げ切ったと言い切るのは難しく、下手を打つと背中から奇襲を受ける、あるいは街中に魔物を連れてきてしまうということにもなりかねない。
かくなる上は覚悟を決めて戦うべし、と意気込む戦士たちではあるが、現れるなり足首を掴まれた鍛冶屋のおやじどのをどう助けるべきかと惑う間にまた一体、また一体と泥の手が増えてゆく。
男は道理の通る事を好む。それは冷徹な計算による道理ではなく、人の情の落ち着く所にある道理である。
てめぇら俺のことなんぞ構ってる場合か、いいから黙ってさっさと戦え、俺にだって鎚くらいあらぁとどやしつけると男は鍛冶用の金槌を自分の足首に叩き込み、纏わり付く泥の手を弾き散らした──自分はここで命を落とすであろう、と思いながら。
それからは乱戦、混戦、まさに泥仕合──という様相を呈し、ようやく戦いが終わった時、鍛冶屋の男の姿は影も形も見当たらなかったのである。
そして今日も人知れぬ洞穴で、新しき魔物が生まれる。
腐肉の手には錆びた金槌。
纏う襤褸には磨き油や砥石。
とろけた目玉、こぼれる臓物。
くさったしたいは、おきあがろうとして──納得が行かなかったのであぐらを組んだ。
うすぼんやりと残る魂は、道理は通さねばならぬ、と言った。
だが果たして、通すべき道理とは何か──?
いまいち良くわからなかったので、それが分かるまでは無闇に動くまいと思った。
くさったしたいは、くさっていた。
通さねばならぬ道理というものが分からず、悶々としていた。
だからやっぱり、くさっていた。
時は流れ、それなりの鍛冶師だった弟子が一人前の鍛冶師になった頃。
何も変化がなかった洞窟に影が差した。
泥の手の魔物が、男の死体を運んできた時のように通りすがったのである。
くさったしたいは、憤慨した。
魔物の溢れるこの世のことであるから、自分が命を落とすのは道理の内である。
それについて自分を守った戦士たちを恨む気持ちは一切ない。
魔物であるから泥の手が自分の道理に従う謂れはない。
自分の道理は自分の道理、魔物の道理は魔物の道理である──
つまり自分と魔物の道理は一切交わらぬことであり、お互いに争う間柄である。
くさったしたいの金槌が唸る。急に叩かれた泥の手は、考えることをしない無機物系の魔物であったので、叩いた相手を排除しようと、くさったしたいの足首を掴んだ。
くさったしたいはそれはもう不愉快な気分になった。良く覚えていないが、何かとても嫌なことがあったような気がしたので、何度も何度も足首ごと泥の手を叩き続けた。
泥の手を形作る泥は細かいしぶきとなってあたりに飛び散り続け──やがて魔物として成り立たなくなった。
くさったしたいは気が済んだので、再びあぐらをかくことにした。
あたりには元は泥の手であった、魔素の濃いただの泥が飛び散っていた。
そしてその魔素はくさったしたいに吸収され、くさったしたいの精神体を僅かに強化した。
それからの日々は、なにやら滑稽なものであった。
どうも不定形の魔物が流れやすい道のようなものがあるらしく、定期的に泥の手が現れる。
くさったしたいがおきあがる。
やたらめったら叩きまくる。
それが終わると、座り込む。
その繰り返しが百を超え、二百を超え、三百を超えた。
その度に魔素を吸収し、くさったしたいは強化されていった。
気づくと自分は、くさったしたいであった。
生前のことはあまり覚えておらぬが、とりあえず金槌が錆びているのが気に入らなかった。
自分の着ている服に研磨剤が入っていたので、できる限り錆を落としていった。
だいたい満足したくさったしたいは、なにか金属を叩きたいと思った。
自分が住んでいる洞窟に何かないか──と、移動することにした。
奥へ進んでいくとみるみるうちに温度が上がっていったのだが、それはくさったしたいには分からぬことであった。
くさったしたいはなにかを思い出しそうになった。
目の前には真っ赤に溶けた高熱の溶岩が流れ、その横には──もはや煮えたぎる一歩手前であったが──水の湧き出て溜まるところがあった。
なんとなくここが気に入ったので、平らな表面を見せる岩の隣に、適当に腰掛けた。
やがて溶岩の流れに乗ってか、様々な鉱物系の魔物が目の前を通り過ぎようとした。それは爆発岩であったり、呪う宝石であったりしたが、一番多いのは各種金属の体を持つ人形──ゴーレムに分類されるほど大きくはない、メタルパペットの類であった。
くさったしたいはちょうど金属を叩きたいと思っていたので、これ幸いと金槌で叩きまくった。
くさったしたいは、くさっていた。
体は腐肉であったとしても、毎日が楽しかった。
という訳だから、もうくさってはいなかった──
腐肉鍛冶師という新種のモンスターが確認されるまで、あとすこし。
風系の魔法は目に見えないので連携には不向きです。




