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くさったしたいの日常  作者: 雨桜 茶翁
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くさったしたいのふてくさり①

どうぞ。

 


 くさったしたいは、くさっていた。


 世の不条理を飲むことが出来ず、鬱々としていた。


 だからやっぱり、くさっていた。




 生前、この男はものの道理が通らぬことがなにより許せぬ性質(たち)であった。

 魔物溢れるこの世のことであるから、自らが命を落とすことに異論も不満もない。

 それは仕方のないことである──少なくともこの男にとっては──と納得すらしていた。


 もちろん、そのように考えるものはほとんどおらぬ。

 大抵魔物に襲われたものは、なぜよりによって自分が死なねばならぬ、あまりにも不運ではないかと嘆きながら命を落とす。


 そして生あるものに怨みを──少々くだいて言えば、己が死んで何故お前がのうのうと生きている、お前も不運に見舞われねば腹の虫が収まらぬといった逆恨みを──抱いて、人を襲う魔物となる。


 そのように怨念に突き動かされるくさったしたいは、襲ったものの同じ様な怨念を浴び、その精神体──腐肉の体を魔素によって動かす魂──を強大化させ、いっぱしの動死体(ゾンビ)として怖れられる。


 僧侶の用いる術によって魂ごと浄化されるか、魔法使いの炎によって器ごと焼滅されるか、あるいは戦士と激しく戦って魂を留める魔素まで使い尽くすか──してその存在を終えるまで強大化は続き、腐肉兵士(ゾンビソルジャー)腐肉将軍(ゾンビジェネラル)といった災厄になるのである。


 さて、ここにいるくさったしたいの怨念は少々異なる。

 生前のこの男はどうにも融通のきかぬ男であった。

 頑固者と言われても仕方のないことであるが、人の世を渡るいくつかの手管のうちあまり清らかと言えぬもの──例えば物品を贈るかわりに目こぼしを願うなど──を酷く嫌う気性であり、また物事をなあなあで終わらせることも勘にさわる場合が多々あった。


 別にそれが悪いことではない。が、扱いにくい男であることは間違いなかった──特に傭兵が多い生まれ故郷では。


 男の住む街は北の強大な魔物に対峙する峻厳な砦のやや南、補給の為の街道に出来た街である。

 行き交うのは近隣の町や村から糧食を運び込む人足、砦の主戦力である騎士団の交代要員、魔法薬やその材料を持ち込む行商人、そして街道付近の魔物退治や砦防衛の副戦力となる傭兵。

 それらはいずれ劣らぬ腕自慢、あるいは強かに物を売り付ける商魂逞しきものであるから、血気に逸ることも少なくない。


 あちらの倉庫前では麦袋ひとつあたりの値段で睨みあう筋骨隆々とした人足と商会の用心棒、こちらの酒場では売り言葉に買い言葉で取っ組み合う非番の兵士と傭兵の戦士、そちらではどちらが優れた治療を行えるかと弁舌を切り結ぶ薬師と僧侶。


 夜になれば色町に立つ娼婦が火花を散らして客を取り合い、泥酔したものがよしなしごとをわめき散らして衛兵に引きずられ、少しばかり上等な娼館でも色恋の駆け引きが分からぬものが目当ての女が思うようにならぬからと刃傷沙汰を引き起こす。


 朝は朝で、門を開けばやれ横入りがどうだの、怪しげな荷がどうだのとややこしい職務に渋面を禁じ得ない門番と街に入ろうとする者共でいさかいになることも、まぁ珍しい事ではなく。


 街の片隅の貧民街には一日の糧を得ようと、粛々と汚物を回収して肥料屋に持ち込むものも居れば、店頭から食い物をちょろまかして滅多打ちに合うものも居る。


 そんな街であるから、人と人との潤滑油となるのは──金と酒、そして暴力を背景とした脅しである。


 門番にわずかばかりの小遣いを握らせる行商人、衛兵に中身の分からぬ小袋を差し出して見てみぬふりをさせる狼藉者、硝子瓶に入った上等な酒で取引先を懐柔する大棚、娼婦や露店商の縄張りを仕切るかわりに小金を巻き上げる荒事専門のごろつき共とその元締め。


 男にとってはそれは我慢のならぬことであった。


 男はこの世が全て法で裁けるとは思っておらぬ。

 少量の毒が薬となるように、人が集まれば多少の悪徳が必要であるということも分かっては居る。

 がんぜない子供でもあるまいし、無闇な正義感を振りかざしてこの秩序立った無秩序をぶち壊そうものなら、あとに残るのはより混沌とした無秩序でしかないことも理解はしている。


 しかし、理解することと納得することは別である。


 男は鍛冶職人であった。

 この街では一番とは行かないが、腕前だけなら勝るとも劣らぬと自負している。

 実際にこの鍛冶屋を贔屓するものは多く、中にはおやじさんの鍛えた剣でなければ安心できぬ、槍の穂先はおやじさんにしか任せられぬと気炎を吐く熟練者も居るほどである。


 先代も、また先々代も二言目にはいいから黙って良いものを作れと拳骨を落とす輩であったし、魔物と戦う者達の命を預かる武器防具に手を抜くなどあり得ぬことであった。


 叶う限り良いものを作る。自分に出来ることはそれだけであるし、客に受け入れられればそれは自分の腕前であり、見放されればそれは自分の精進が足りぬ。それだけの極めて単純な道理である──


 だからこそ、客に優劣を付ける気もなければ、差し入れなどを受け取ることもせぬ。

 どれだけのお偉いさんであろうとも──法に則った緊急事態による徴発であればともかく──注文の受注は先着順であるし、客が自分の腕前に誇りをもたらしているからこそ、余分な金や品物を受け取ることは侮辱である。


 そんな金があるなら少しでも装備をととのえろ、と怒鳴りつけてばかりの自らを客がどう思うかまでは世話の見切れぬことであるが、多少の弱気とも取れる言い方をすれば──自分の腕を見込んでくれた客には一人たりとも死んでほしくはない──また打てば良い武器など投げ捨てて構わないから生きて帰ってきて欲しい──というのが本心である。


 決して口には出さないが。


 そんな男の最も気に障る輩が傭兵である。

 と言っても、規律のしっかりした傭兵団に所属しているものや、熟練者の手解きを真摯に聞いて食い扶持を稼ごうとする新米の事ではない。


 腕っぷしさえあれば金が稼げる、上級の魔物を倒してたまに残る魔核で一攫千金、あわよくば大物に召し抱えられて大上段からでかい顔──


 魔物を減らす分だけ益があるが、ならず者と変わらぬ連中。そういった輩がかなりの割合を占めるのである。


 まず、その性根が気に食わない。

 自分が鍛冶師をやっているのは他人の命を魔物から守る戦士達を尊敬しているからだ。そして戦士達も自分の腕前を──口に出すのもこそばゆいが──尊敬してくれている。

 お互いの信頼と尊敬があり、だからこそ命を預かる装備を受け渡しているのだ。


 だというのにならず者どもは、ただ質の良い装備があればもっと金が稼げると思っている。魔物を金銀の鉱脈かなにかと勘違いしている。自分の鍛えた装備をつるはしか砂金掬いのざると変わらぬ扱いである。これでは鎚の振るい甲斐がない。


 そしてこういったならず者であるから、道理をねじ曲げる事をなんとも思わぬ。


 店に押し掛けて、やれ剣が欠けたのへし折れたのと大声で騒ぐ。

 何を当たり前の事を、刃など手入れせねば長く持つものではない、へし折れる前に見せに来いと返せば、使い方が下手くそだと言うつもりか、客に向かってなんたる言い様だ、お前の剣が粗悪品なのだとわめく。


 まぁこの程度なら可愛いものだ。別に舌で鎚を振るう訳でもないのだから、わざわざ自尊心を傷つけないように言葉を選ぶ義理はない。


 もうひとつ面倒になると、お前の鍛えた物が粗悪品だったのだから金を返せ、命が危なかったのだから慰謝料をよこせと来る。

 馬鹿を言え、うちで打ち損じなんぞ一本も店に出しておらんし、目利きして納得して金を払って持っていったのはお前さんなのだからそれ以上の事は鍛冶屋にはできぬと返せば、ふざけるな、きっと見た目だけ整えた打ち損じが混じっていたのだ、と吠える。


 こうなるともうどうにもならぬ。阿呆かお前は、目利きが誤魔化されたとなればお前の目が節穴だ、と言ってやりたいがそれでは打ち損じが混じっていたと認めるのだな怪しい店めと来るに決まっているし、この手の輩がここまで吠えれば自分の手際が悪かったから剣が折れたなどと意地でも認めまい。


 おとなしく慰謝料を払うなどという戯けた話はない。ほかの客が自分の腕前を信頼してくれているのだから、それを踏みにじるような真似は出来ぬ。幸いにして街の衛兵はおやじどのの店はそんな店ではないと声を揃えてくれるから助かっているが、腸の煮えくり返るような問答をしている暇があれば砦の常連の打ち直しでもしていたいものだ。


 金を積むから一番に俺の剣を打て、というのもよくある。先着順だと書いてあるのが見えぬのか、おとなしく待てと言うと、何とも腹立たしいことに金が足りぬか、いくら欲しいとほざく。


 この類いはどやしつければ追い払えるが、たまに何処かのお坊っちゃんが混じっていたりすると、自分はどこどこの某という家のものだぞ、たかが鍛冶屋が逆らえばただではすまぬ、などと威勢を張る。


 騎士団に入ったばかりのお坊っちゃんなら馬鹿野郎てめぇ魔物が平民とお貴族様を区別して襲ってくるものか、そんな心構えで砦が守れるか、軍曹殿に性根から叩き直して来てもらえ、ついでに軍曹殿から俺の打った剣の具合を聞いてこい、解ったなら駆け足!と言う具合で丸く収まる。で、ひよっこのお得意さんがまたひとり増える。


 鬱陶しいのは何処かの大棚の末息子──冷飯食いで出稼ぎに魔物退治──の類いだ。実家の商売は手広い、貴様の工房に金属を卸さんぞ、それとも炭の値段を吊り上げてやろうか、と言った具合である。


 やってみやがれこの野郎、砦の守りが薄くなりゃあ俺もお前も魔物の腹の中だ──と言ってやりたい男ではあるが、鍛冶屋は男のところだけではないからこのようなことがまかり通れば迷惑が掛かるし、自分が原因で信頼する戦士達の力が落ちるなど例え冗談でもあってはならぬ。


 頭の血の巡りが良ければ自分一人の我儘で最前線といっても過言ではない街の鍛冶工房をひとつ潰すのがどういう意味を持つのか直ぐに思い至る──つまり思い至らぬ時点で相当の間抜けであるので懇切丁寧に一から十まで言い聞かせねばならず、話の終わる頃には疲労困憊、相手は顔を真っ青にしてすいませんでした、おういいってことよ、二度と同じ様な真似すんじゃねぇぞ。という何とも締まらない思いをすることになる。


 こういった相手など本来まともに取り合う必要はないのだが、男にとって道理の通らぬことほど許しがたい事はない。

 きちんと道理の通せることであれば、苦労してでも通したいのであった。


 そして男が一番に納得がいかぬのが──ならず者共が街のごろつきに雇われることである。


 商人の護衛ならまだ分かる。彼等のうち体力自慢は居るだろうが、武力となると心もとない。

 商人が居なければ街は機能せず、ひいては砦も機能しない。彼等は形こそ違えど自分と同じ、戦士を支える友である──安く買って高く売るそのやり方はあまり気に入らないが、彼等なりの苦労があるのであろう。


 戦士として魔物と戦いに来たものが、戦士の友を護る。これは道理の通ることである──と、男は考えている。


 ごろつきは違う。それはもちろん彼等という一滴の毒がなければ街の動きは鈍るであろうし、そうなれば砦の士気にも関わる。非番に色町で花を買う、あるいは露天商を覗いて何ぞ面白いものはないか、妻や恋人に土産でも──というのは戦士としてまた一人の人間として非常に意味のあることだ。


 しかし、たかが街中での、武力を持たぬものに少し言うことを聞かせる程度の荒事である。そんなものに剣の腕など必要あるまい、ただの鉄の棒ですら過剰であろう。木を削った太めの棍棒を振り回せればそれで充分である。あとは頭数さえ揃えれば良い。


 だというのにならず者共は、金払いが良い、でかい顔ができる──たったそれだけの事でごろつきに付く。そして魔物と命をやり取りする為に丹精込めて鍛えた剣を、人に向けて抜く。


 おかしいではないか。


 貴様らは何のためにこの街に来たのだ。


 魔物を狩る為ではないのか。


 動機がなんであれ、人にとっての災いを減らしに来たのではないのか。


 地位と名誉を求めるならば、そんなごろつきに関わっている場合ではあるまい。金を求めるならばなおさらである。砦で上級の魔物相手に死線をくぐる報酬は命の値段であるから、ごろつき共のばらまく小銭など比べ物にならぬ。


 さらに魔核が残れば主計部が即座に買い取り、倒した者たち数人で分けても使い切れぬほどの金になる。熟練者は魔核が残れば即座に引退すると公言して憚らぬ。彼らには戦士としての寿命もあるのだから、引き際も重要な勘働きのひとつである。


 あるいはごろつきの横で弱いものを虐げてでかい顔、程度で満足するのであれば、もっと南に大きな街がいくらでもあるのだから、そちらで好きなだけでかい顔をしていればいい。ここは砦と一蓮托生、最前線に等しい街である。戦う気の無い者が命を危険に晒してまで留まる理由などあるはずもない。


 道理の通らぬことばかりではないか。


 何より男の怒りを招くのは──ならず者のぶら下げる剣に、自分の鍛えたものが混じっていることだ。


 それは魔物を屠るための剣である。人より何倍も大きく、強く、堅い魔物を討ち果たすための剣である。数多の名工が研鑽を重ね、より鋭く、より粘り強く、肉を裂き骨を断ち、時に鉱物系の魔物すら打ち砕く為に、長い時間をかけて磨き上げられた血と汗と涙の結晶である。


 それは戦士のための剣である。人が安全に暮らせる領域はいくらあっても足りぬ。力なき者、弱き者、幼き者の代弁者である彼らが背に負う、幾千幾万の安寧のための剣である。そして戦士自身を明日へと導くための命綱である。


 ならず者共が自分の鍛えた剣を腰に下げようと、それそのものは我慢しよう。自分は鍛冶師であり、剣を鍛えることが領分である。彼らとていつどのような理由で魔物に襲われるか分からぬ身だ。もしその時が来れば──そしてそれまでに刃が鈍っていなければ──魔物を屠るための剣、戦士のための剣として日の目を見ることもあるやもしれぬ。


 決して、決して弱きものに向けて振るわれてはならぬ剣である。男はそう信ずる。


 しかしてそれは裏切られ、その度に男の魂は冷え込み、身が砕けそうな思いを味わうのだ。


 衛兵が店へ訪れる。受付台の上に剣を置く。刃傷沙汰がありました、と呟く。短剣ではなく両刃の片手長剣、しかも重心の妙により人に向けて振るわれるには余りに大きすぎる威力を持つものとなれば、持ち主はならず者の類の傭兵である。まともな神経をしていれば、街中でこのような剣を抜く事はない。斬られたものは余程の運があったとしても、再び歩くことすら叶わなくなる──魔法薬や癒しの術を用いても。


 衛兵は泣きそうな顔で、これおやじさんの所の剣ですよね、と確認を取る。職務とはいえ、このような事を口に出したくはない──と顔に書いてある。握り部分に巻かれた滑り止めの革紐を解けば誰にでも分かることだ。剣全体の感覚に影響を及ぼさぬよう刻んであるその文様は、この工房の看板と同じ意匠なのだから。


 男にとってこれは初めてのことではない──しかし何度経験しても、慣れることはない。


 いっそ引退してしまおうか、とも思う。弟子はまだまだ半人前だが基礎は悪くない。自分が鎚を置き指導に全力を注げば、一人前とは行かずともそれなりの鍛冶師になるのはそう遠い先の話でもない。

 とはいえ、それなりの鍛冶師と一人前の鍛冶師の間には分厚い壁が立ちはだかる。こればかりは師匠にもどうにもならぬ。かつては自分も悩み迷ったものだが、弟子自身が独りで答えを見つけねばならぬものなのだ。

 まず師に従って教えを守り、それが限界まで来た時に自ら教えを破る。そして自分なりの答えを見つけ、師から離れていく。それでやっと一人前である。

 弟子がそこまで辿り着くにはまだまだ時間が掛かるであろう。その間に自分が鎚を置けば、魔物相手の死亡者数は──うぬぼれではなく客観的に見て──どうしたって増えてしまう。


 いいから黙って良いものを作れ。自分の口癖にもなりつつあるその言葉に、男は従うより他なかった。


 道理の通らぬことの方が多い人の世で、これだけは通せる道理であろう。ならば職人として、戦士の友として、そして一人の男として、道理は通さねばなるまい。


 肌寒い薄曇りの風が、路上を舐めていった。


 それから月日は流れ、弟子がそれなりの鍛冶師となった頃。

 男のもとに召喚状が届いた。

 砦に詰める戦場鍛冶師──戦いと戦いの間の極僅かな時間で部隊の装備を望みうる最善の状態にする者達──に指導をして欲しいと言うものだ。


 今の弟子に自分がしてやれることは少ないし、なかなかに好奇心をくすぐられる内容であったので、男は砦へと向かうことにした。



続きます。

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