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くさったしたいの日常  作者: 雨桜 茶翁
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くさったしたいのくさりかた

どうぞ。

 


 くさったしたいは、くさっていた。


 ひがな一日、とくにすることもない。


 だからやっぱり、くさっていた。



 くさったしたいは魔物である。

 生前は立派な体をした男であったが、村から村へ移る道の半ばで命を落とすことになった。

 魔物に襲われたことにより穏やかに土へ還る事を許されず、薄れた魂が魔素の縛りと働きによりその死体を動かす、生ける屍(リビングデッド)の中では最下級の魔物である。


 拓けた街道ではあまりない話であるが、辺境の小さな村々を繋ぐ細い道はそのほとんどが獣道よりはましと言った所であり、人を見かければ隠れる野の獣と違って積極的に襲ってくる魔物に遭う事は少なくなかった。


 野の獣も魔素に冒された人の肉など食えたものではなく、屍肉漁り(スカベンジャー)と呼ばれる魔物によってどこかへ持ち去られ、獣であった頃の習性として肝臓のみ喰らわれるのが常である。


 大抵は日の当たらぬ湿気の多い所──洞窟や遺跡──などに捨て置かれ、やがて蠅がたかり蛆が湧き、肉は腐り目玉はとろけ落ち、骨の一部も露出する頃。

 その体には魔素が十分に行き渡り、留められた哀れな魂が生前をなぞるように動き出すようになる。

 そうしてくさったしたいは魔物となるのである。



 さて、このくさったしたいは生前しごくものぐさであった。

 開拓村に産まれれば毎日生きることで精一杯、大車輪で働かねば命がない──魔物と人との最前線のひとつである──のだが、生前の男が住んでいた村はその二つばかり手前である。

 やはり毎日何らかの作業をせねば冬は越えられぬ寒村ではあるが、他人の何倍も力が強く、その大きな体が食うに困らぬ程度に仕事を終えることなどは訳もなかった。


 ならば二人前と言わず三人前、四人前と働いて嫁など貰えば良いものだが、この男にとっては食の細った両親と自分が食える分以上に働くことは非常にめんどうなことであった。

 生まれ持った体に感謝はしているが、女というのはどうにも姦しく、訳も分からず感情的で、口を開くのもおっくうがるこの男にとって毎日顔を合わせたいものではなかったのだ。


 十五の頃にはその能力、つまり労働力を狙って若い娘達がしのぎを削ったものだが、自らの周りで巻き起こる──彼にとってはめんどうくさいとしか言い様がない自分という馬車馬を手に入れる為の醜い──争いに辟易した男は、必要な分だけ働くとあとはひがな一日怠ける事にした。

 二十歳を過ぎる頃にはそのぐうたらっぷりも知れ渡り、残念がるのは立派な体を持つ長男の孫の顔が見られない両親だけとなった。


 両親も気立てのいい娘をあてがおうと骨を折ったものだが、息子の気質はどうにもならず、また弟妹達は並みの体ではあったが働き者でささやかながらも家庭を持ち、孫もいくらかできそうであったので、この大身の手抜き男が自分達の分だけの働きしかせぬことを惜しい惜しいと思いながらも諦めざるを得なかったのである。


 男としても弟妹にいくらかの情があったので少しばかり手を増やそうか、などとも思ったのだが、外に家庭を持つ弟妹達は自分よりしっかりしているように思え、差し入れなど烏滸がましいのではないかと今までどおりのものぐさ暮らしを続ける事にした──何とはなしの気後れを感じつつ。


 そうしてその恵まれた体を活かすこともなく三十を過ぎ、両親は五十を数えようかという頃。作物を交換しようという話が持ち上がり、面倒くさい面倒くさいと思いながらも男衆の一員として隣村まで向かう途中。

 ベキベキと生木をへし折りながら彼らに襲いかかったのは、全身を魔素に冒された桁外れに大きな狼男──ライカンスロープと呼ばれる魔物であった。


 魂消るような悲鳴を上げ、一目散に走り出す男衆。

 リカントとも呼ばれるそれは、明らかにただの村人が相手になる魔物ではない。

 戦士、僧侶、魔法使いが連携して戦う場合でも、それなりの熟練者達でなければ危ういものだ。


 ものぐさ男は大身ゆえに足も早い。その気になれば走る村人全てを追い抜いて一番に逃げ去ることができるだろう──その気にさえなれば。

 自分には妻も子もおらず、両親はそろそろお迎えが近いが、弟妹もその家族もいる。他の男衆は真面目な働き者で、良き夫でもあり、それぞれが一家の大黒柱でもある。

 つまり、目の前を走る同じ村の住人をリカントの囮にして逃げ延び、自分とほか数名が無事生きて帰ったとして、死んだ者の妻や村に残った男衆に。

 なぜお前が生き残ったのだ、無駄にでかい身体をしていてこういう時の役にも立たないのか、と責められるのではないか──という面倒を抱え込む気にさえなれば。

 

 この時男が思ったのは、めんどうだなぁ、という一言に尽きる。


 打算や計算が得意な方ではない。ただ単に、今ここで真っ先に魔物に打ちかかり無様に屍を晒したほうが楽そうだなぁ、と思っただけである。

 そんな動機で魔物に立ち向かうなど、魔物討伐の任を負う騎士団や傭兵共からすれば笑い者を通り越して憤怒の対象であろう。


 大型の魔物に遭遇して生きて帰ることの難しさなど赤子にも分かることだ。たとえ無事に帰ったのがものぐさ男一人だけであっても村人は心から喜ぶであろうし、死者を悼みはすれど責めることはあるまい。

 たとえ妻や子が居らずとも、両親は息子を心から愛しているし、弟妹家族もまたしかり。自分の命をないがしろにするということは、彼らの愛情を裏切るという事でもある──という説教すらされるであろう。


 だが、しかし。この場で多少なりとも打ち合えそうな者となれば、村一番の大男である自分しかおらぬ。


 ものぐさ男は腰から肉厚の大鉈を抜き、追いすがるリカントの前に立ちはだかった。

 自己犠牲だの自己中心的だの、めんどうくさい。

 打算や計算は苦手なのだ。

 めんどうくさいものはめんどうくさい。

 後のことは人に任せて、せいぜい楽をさせてもらおう。


 自分より一回り以上も大きな狼男の魔物に立ち向かい、他の村人を全て逃がした男の最期は、どこまでもものぐさであった。




 そうして魔素に蝕まれ、どこともしれぬ洞穴に打ち捨てられた男の死体が、生前の記憶も定かではない希薄な魂によって動き出す。


 襤褸を纏った腐肉の体。


 とろけた脳味噌、垂れ下がった目玉。


 腱の張り具合によって、どこともなく前に垂れ下がる腕。


 新しい魔物が、また一匹。




 くさったしたいは、おきあがろうとして──めんどうくさいので、やめた。




 くさったしたいは、くさっていた。


 ひがな一日、とくにすることもない。


 だからやっぱり、くさっていた。



 魔物であるから、人が来れば襲うだろう。ただしそれは、山奥の何もない浅い洞穴にわざわざ足を伸ばす物好きが居ればの話である。


 魔物であるから、魔素を求めて動くだろう。ただしそれは、活動して体内の魔素を消耗し、周囲の自然から吸収してなお足りなくなればの話である。


 魔物であるから、魔素を自在に操る高位の存在──魔族──が居れば従うだろう。ただしそれは、ただ一匹の、しかも最下位の生ける屍(リビングデッド)を自前の軍団に組み込もうと自ら最前線近くまでやってくる魔族が居ればの話である。


 人は来ない。魔族も来ない。動かないので魔素も減らない。


 魔素が減らなければ空腹感──に似たようなもの──も起こらない。


 動物が自然の濃い魔素に晒されて生まれる魔物であれば、本能的に動き回るので魔素が減り、人の精気(オド)を喰らって魔素に変えようと襲いかかるだろう。


 植物由来の魔物──例えば歩く木であるトレント──であれば、本能的に成長しようとするので枝葉や根を伸ばし、結果体内の魔素濃度が低下してやはり人を襲うだろう。


 鉱物、無機物由来の魔物──例えばゴーレムやスライム──の場合、その体を動かしているのは自然現象にも近い意思だ。水が高きから低きへ流れるように動き、通り道に人間が居れば災いを振りまくだろう。


 不死系の魔物──ゴーストやスケルトン、そしてリビングデッド(くさったしたい)──は本来、人の負の感情が染み付いた存在である。断末魔の憎悪、生あるものへの嫉妬、死に際の妄執。そういったものに突き動かされ、人を襲う。


 くさったしたい(ものぐさおとこ)には、それらがない。


 生き残るのが面倒臭くてリカントに立ち向かったような阿呆(あほう)である。

 死に際はむしろ安らかでさえあった。

 なぜ自分だけ死ななければどころか、楽をさせてもらったと思っている。

 思い残しと言えば親不孝くらいのもので、人を襲ってどうなるものでもない。


 下手をすると、魔物であるのに人を襲わない、世にも珍しいくさったしたいである可能性すらある──人が来なければ確かめようもないことだが。


 そして今日も、くさったしたいの一日が始まる。




 ──いや、始まらない。




 ひたすら寝てばかりいるくさったしたいに、一日もなにもあったものではない。

 むしろ落ちている腐肉に住む蛆の一日が始まりそうなものである。

 あるいは洞穴の壁に生える苔の一日であるとか。

 それとも奥のくぼみから染み出す水の一日だろうか?


 くさったしたいは、くさっている。


 今日も、明日も、明後日も。


 

次話はまた別のくさったしたいになります。

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