第2話 サッカー少年の憂鬱
「もう、サッカーは諦めた方がいい」
「治らないんですか!?」
「残念だが……手の施しようがない」
「……そう、ですか」
俺、海瀬拓真は今までサッカーだけが好きでサッカーが自分の人生の中心だと思っていた。
だが、つい三日前の試合中に相手選手と衝突し、それと同時にゴールに足をぶつけた。相手選手は大した怪我をしなかったものの、俺の右足は…
「今日も永井さん、なんかかっこいいよね…!」
「いつも一緒にいる杉原くんもイケメンだしさー!」
「そこは榊くんでしょ!あのメガネがまたいいんだよねー」
「……ちょっと、あれ海瀬くんじゃない?」
「足引き摺ってる…」
「サッカーできないんだって。可哀想…」
“可哀想”
廊下や教室で俺を見つけるや否や必ず誰かが口にする言葉。何も言わずに見てくる奴からも、その言葉が視線に含まれているのがよくわかる。
俺の気持ちも知らねえくせに、勝手なこと言ってんじゃねーよ…
ドンッ
「痛っ…」
「……あ、ごめんなさい…大丈夫?」
廊下の曲がり角でぶつかったのは、金髪の女だった。
あ、こいつ、永井奏多だ。
「いや…俺も前見てなかったし」
「はい、手」
俺より先に立ち上がった彼女は俺に手を差し出した。手摺りもないし、助かる。
「…ありがとう」
「いえ……よいしょっ」
俺を立ち上がらせたあと、永井はぶつかった反動で落としてしまったであろう大きな黒い鞄……ギターケースを抱えた。
「お前…」
「ん?」
「バンドか何か…やってんのか?」
「ああ、これ?うん。まだ始めたばっかだけどね」
「へえ……」
今までサッカー一筋だったから、はっきり言って音楽とか興味がなかった。
でも、
「なあ」
「はい?」
「練習見に行っても、いいか?」
「え……」
何を言っているんだろう、俺は。永井めちゃくちゃ困ってんじゃん。…困った表情してても、綺麗な顔してるなー…じゃなくて!
「あ、駄目だったらいいんだ!その…」
「いいよ」
「えっ」
「むしろ大歓迎!」
「は…」
永井はすっごく嬉しそうな笑顔で言った。
っていうか、こいつ不良だとかかっこいいだか言われてるけどさ、可愛くね?思ってたより話やすいし…
「空き教室借りれたから、今日は校内での練習なんだよね…三階なんだけど、大丈夫?」
彼女は俺の足を心配しているようだ。さっきの女子たちの哀れみの目は嫌だったが、彼女に心配されると、嬉しい。
「ここだよ」
ガララッ
「奏多遅いでー!」
「何かあったのか……ん?後ろにいるのは海瀬か?」
「お、おう…」
「拓真じゃん!」
「え、おま、大河!?何でここに…」
そこには学年主席の榊景太と元サッカー部の杉原大河がいた。彼らの手元には、ギターやドラムのレッスン本が散乱している。
「あ、拓真は聞いたことないんか?俺が結成したんやで、バンド!」
「はあ!?お前が!?」
「おん!」
「あ、あの、音痴で大雑把で破天荒でアニメオタクなお前が!?」
「おま、失礼やな!」
「静かにしろ、大河…お前が音痴だということは周知の事実だろうが」
「景太まで…!お母さあああん!お兄ちゃんが虐めてくるー!」
「大河……お夕飯抜き」
「何でー!?」
「………ぶふっ」
「「「?」」」
「す、すまねえ…」
こいつらを見てると、悩んでばっかだった自分や溜まっていた鬱憤までも、何だか馬鹿らしく思えてきた。
「やっと笑ったな、拓真」
「え?」
「海瀬くん、廊下歩いてる時もずっと眉間に皺が寄ってたしね」
「……海瀬、このバンドにはベースとキーボードが抜けている」
「は…?」
「拓真……俺たちと一緒にバンドやってみん?きっと楽しいで?」
彼らは皆、笑顔だった。噂で聞いたことのある彼らの過去も何も、信じられないくらいに。
答えは、決まっていた。
「俺も、メンバーに入れてくれないか?」
「「「喜んで!」」」
(第2話 終)