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一話 紅葉は誘う

 物事には何事にも理由がある。

 それが数多の過去を見てきた私が得た真理である。

 故に撫子(なでしこ)お嬢様が私の頬を叩くにも、理由がある。

 何度となく頬を叩かれて体勢を崩した私はその場に倒れた。深呼吸をして息を整え、ゆるゆると目を開けると、ふー、ふー、と息を荒げながら、撫子お嬢様は私を見下ろしていた。可憐と評判な顔が台無しなほどに目を吊り上げて私を睨んでいる。

 ふとお嬢様の輪郭がゆがんだ。ゆらゆらと火が揺れるように揺れ、ぼやけて、やがて何人かの姿が見えてきた。一条家の使用人たちだ。ひそひそと何やら話し合う声が聞こえる。

『撫子お嬢様はまた癇癪を起こされたらしい……』

『またひとり若い娘がやめてしまった……鹿子(かのこ)様がひどく折檻されているのが怖いと……』

『どんなに癇癪を起こしても……異能は先天的なもの。産声をあげるととともに目覚めないのなら異能は持たないというではないか』

『この時代、異能などなくとも嫁ぎ先はあるだろう。顔だけはとびっきり美人だ。あれならばどこにでも行けよう』

『とはいえ四彩家(しさいけ)のような名門に嫁ぐには異能が必須とか……ままならんな』

『よりによって妾腹の鹿子様が……』

(ああもう余計なことを……)

 私はため息とともに目をすがめた。すると。

「……によ、何よ! その目は! ……お前っ、また()たわね!? 馬鹿にして!」

 そんな声とともに私の左頬はまた思い切り叩かれた。痛みと腫れでじんとする感覚で我にかえれば使用人たちの姿も声もたちまちに消え、ぼやけていたお嬢様の顔が鮮明になる。顔を真っ赤にしてお嬢様は二度、三度、私を叩いた。

「なんでよ! なんで私には異能がないのよ! なんで使用人の女から生まれたあんたが! 異能を持っているのよ!」

 最後には腹を蹴られてげほげほと咳き込めば、撫子お嬢様はわっと泣きながら部屋を去っていった。しばらく苦痛に耐えて息を整え、起き上がれば、部屋中の物はひっくり返っているのが見えた。棚は倒れて茶器は割れ、衣装もびりびりに破かれている。破かれた障子の向こうには人影。何人かの使用人たちが様子をうかがっている。

「ご心配なく。ここは私が片付けますので皆様はお下がりください」

そう伝えると使用人たちは皆去っていった。足音が聞こえなくなるのを待ってから、私は茶器の破片を摘み上げた。松の絵が描かれていたそれはもう使えそうもない。

「……もったいない」

 破片を日にかざせば、再び私の瞳は過去を映す。ありし日の母が声を殺して泣いている姿が映った。その近くには松の絵が描かれた茶器が寄り添うように置かれている。

『ごめんなさい、鹿子……』

 そう言って母は手元にあったはさみを喉に……。

 そこまで視て、私は首を横に振った。景色は撫子お嬢様の癇癪でぐしゃぐしゃになった部屋に戻る。

「……私だって、異能を持ちたくて持ったわけじゃないのだけれど」

 はあ、と重いため息をつきながら、私は部屋の片付けを始めた。


 帝都には四彩家と呼ばれる名門四家がある。

 青葉家(あおばけ)朱鷺家(ときけ)玄英家(げんえいけ)白夜家(びゃくやけ)

 かつては神獣と契約するため高い霊力や異能を持ち、妖に対抗して帝都を守っていたという。

 しかし、鎖国解除で文明開花が進み、光が常時灯されたことで、帝都から妖は姿を消していった。霊力も異能も求められることが減り、持つ者自体の数も激減した。それでも長年名門とされてきた四家の格は衰えず、異能を持つ者はかえって希少性が増し、四家に嫁ぐ必須条件にもなっていった。異能を持つ人間はすぐに四家の耳に入り、年頃になれば嫁入りの指名が入るとされている。

 だが私のことは耳に入っていないのだろう。私は異能を持っていても妾腹。一条家の当主と使用人から生まれた娘なのだから。


 父、一条家当主には恋愛結婚をした妻がいた。その方との間に生まれたのが撫子お嬢様だ。大変仲睦まじい夫婦は帝都でも評判で、これからの世の中は恋愛結婚こそ至高という新聞まで書かれるほどだったという。

 しかし父は気まぐれで使用人の女に手をつけた。それが私の母であり、一夜限りの仲で産まれた子が私、鹿子である。

 母は強引に関係を持たされたこともあり、せめて私を一条家の娘として扱ってほしいと父に認知を迫った。しかし父は認めず、激昂した奥方様からひどい折檻をされ、絶望した母は自ら命を絶った。

 証拠隠滅として子も捨てようと父は思ったらしいが、その子どもが高い霊力と異能を持つことがわかり、ためらった。あの四彩家ともつながりを持てるかもしれないと思い、捨てることはせず、妾腹の娘として認知することとした。さらに激昂する妻に配慮し、実の娘ながら使用人として扱うこととなった。

(……という経緯を何度となく視たし、何百回も奥方様から聞かされたわね)

 部屋をすっかり片付け終えて、外の掃き掃除をしながら私は何十回目かのため息をついた。奥方様や撫子お嬢様が聞いたらここぞとばかりに引っ叩いてくるので、今のうちにゆっくりついておこう。

 そう思いながら枯れ葉を集めていると、びゅうと風が吹き、枯れ葉がまた飛んでいってしまう。また集め直しだとがっかりしていると、私の頭へとひらひらと何かが落ちてきた。手に取って見ればそれはとびっきり真っ赤な紅葉だった。

「綺麗……こんなに真っ赤に染まったのはなかなか見ないわ……」

 私がしげしげと見つめていると、紅葉の視界がゆがむ。ぼやけた視界からやがてひとりの年若い男性の姿が現れる。白の衣装には虎の紋が縫いつけられている。

『紅葉の君よ、届かせよ。俺の妻に相応しい相手のもとへ……できることなら、おぞましい定めさえ覆せる相手のもとへ』

 その人は歌うように唱えて紅葉を空高く飛ばした。その横顔は非常に端正でありながらどこか泣きそうで悲しげだった。

 そちらへと手を伸ばしかけたところで我にかえる。また視てしまった。視界には再び紅葉が映っている。そのときまたしてもびゅうと強い風が吹き、私は目を閉じた。風が止んで目を開ければ紅葉は手から離れていた。ひらりと飛んだそれはいつの間にか近くに佇んでいた人がぐしゃりと掴んだ。それを見て、私は目を丸くした。白の衣に白虎の紋、年若い男性、端正でどこか悲しげな顔。

「あなたは……さっき視た……」

 そのつぶやきに男性はにっと笑みを浮かべた。

「ほう……視たんだな?」

「あっ……」

 しまったと口を覆ってももう遅い。その人は素早く私の腕を掴み、引き寄せた。

「ようやく見つけたぞ。俺は白夜結(びゃくやむすび)。異能を持つお前を娶りに来た男だ」

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