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自分だけは違うと思っていた

掲載日:2026/04/15

お読みいただきありがとうございます。

久々に少し長めの短編を書いてみました。

感想と評価いただけると幸いです。

 押し潰されそうな満員電車の中で、誰もがスマホを見つめ、無表情で揺られている。その光景を見て、彼は思う。自分は違う。こんな場所に収まる人間じゃない。何かもっと大きなことをするために生まれてきた。まだそれが何かは分からないけど、確実に、ここにいる連中とは違う。窓に映る自分の顔を見て、少しだけ顎を引く。目の奥に、誰も気づいていない何かがある気がした。

 例えば、昨日見た映画。周りの友人は面白かっただのつまらなかっただの浅い感想しか言わなかった。でも自分は違った。テーマ、構造、伏線、社会的メッセージ。全部見えた気がした。全部見えたうえで言語化し満足する。

 なかなか行動を起こせない主人公に失望するあのシーン。あそこ見てるときイライラしたわとか覚醒シーン早くしろよとか、そんなことしか言えない友人を心の奥底で、あぁその程度の解釈なのねと見下していた。あのシーンは主人公周りの人間と劇場にいる人間の一体感を生み出す巧妙な仕掛けなのだ。必然的につまらなくなる。つまらないという状況を楽しむことができる自分は理解している側の人間なんだ、と。こんな気持ち、きっと誰にも分からない。もしかしたら作品の隠されたメッセージに気が付いているのは、監督と原作者、自分だけなのではないかとも思える。



 昼休み、会社の休憩スペースで、彼は同僚に話す。

「あの映画、結局あれって社会に対する皮肉なんだよね。表面的には娯楽だけどさ、あれ気づかない人多いと思うんだよ」

同僚は一瞬だけ黙って、曖昧に笑う。

「あー、なんか考察動画で見た気がする、それ。」

軽く刺された気がした。でも、違う。自分は動画なんて見ていない。自分で考えたんだ。そう言おうとしたけれど、言葉が出る前に別の話題に流れる。

「そういえば、この前のプロジェクトの資料だけど、あれどのくらいまで進んでる?」

この人は考察動画を見て思考が停止している人間なんだ。自分の意見を持たず、考察動画の意見をまるで自分の意見のように周りに言いふらしているだけの人間。いっそこれなら、友人のように面白かったとか覚醒シーンは、みたいな反応のほうがいいように思える。少なくとも自分の意見ではあるのだから。

「期間が少し短くなりそうだから、進捗具合を確認したくてね。まぁ、ある程度期間あったと思うから大体は終わってるだろうけど」

まず皆何を求めて映画を見ているのだろう。面白かったという感想しか出てこない程度の脳みそで、映画を観て払った金額を回収するほどの体験をしたのだろうか。映画代2000円プラス割高のポップコーンやジュース。決して安くはない。

「おーい」

同僚の呼びかけで我に返る。

「なんかいろいろ考えてるみたいだけど、聞いてたか?プロジェクトの件どうなんだよ」

「えっと、大体半分くらいは終わってるかな」

「は?半分?結構期間あったろうに、なにしてたんだ?さっきも言ったけど期間短くなったから、来週までには頼むよ」

「来週って……時間きつすぎるでしょ」

「まぁ映画について、それだけいろんな視点で見れてるなら、このプロジェクトも多角的な視点でよろしく頼みますよー」

彼は半笑いでそういいながら休憩スペースを後にする。



 その日の夜、SNSを開くとタイムラインには、自分が感じたあの映画の解釈と、ほとんど同じ内容の投稿が溢れていた。しかも、自分よりもずっと整理されていて、鋭くて、分かりやすい。いいねの数が桁違いだ。スクロールするたびに、自分の考えが既に誰かの言葉として存在しているのを見せつけられる。指が止まる。たまたまだ。みんな、同じようなこと考えることもある。そう自分に言い聞かせる。でも、その投稿の一つ一つが、自分の中の特別感を削っていく。



 週末、友人と飲みに行く。最近さ、なんか自分、普通じゃない気がするんだよね少し笑いながら、軽く言ったつもりだった。でも友人は笑わなかった。

「どういう意味?」

「いや、なんか…周りと違うっていうか。考えてることとか、感じてることとか」

友人はグラスを置いて、淡々と続ける。

「あぁーみんなそう思ってるよ。俺も高校生の時とかそんなこと考えてたわ」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「自分だけが特別だって感覚。ほとんどの人が一回は通るやつだよ。それをずっと持ち続けてる人は、だいたい現実見えてないだけ」

軽く笑う。

「でもさ、結局みんな似たようなことで悩んで、似たようなこと考えてるんだよ。お前が思ってるほど、お前の感情は珍しくない」

言葉が、やけに静かに刺さる。


 プロジェクトのミーティング日。結局資料は同僚に手伝ってもらい何とか期限内に作成することができた。俺は会社の業務中は静かな観察者でいた。話を振られれば、少しだけずれた角度から返す。深く考えている人間のふりは簡単だった。いや、ふりではない。実際深く考えている。会議中1度だけ口を開く。

「この企画、根本的にずれていませんか」

空気が一瞬だけ止まるが続ける。

「短期的な利益を追っているだけで、本質的な価値を見ていない気がするんですよね」

沈黙が続き、上司が軽く頷く。

「具体的には?」

その一言で、すべてが崩れる。言葉が出てこない。頭の中では分かっているはずのものが、形にならない。焦りだけが先に出て、空っぽの言葉が喉に詰まる。

「えっと…その、もっと長期的な視点というか…」

誰かが小さく咳払いをする。同僚がフォローするように、普通の意見を出す。会議は、そのまま何事もなかったかのように進む。彼の発言は、なかったことになる。

 会議終了後、喫煙所に寄る。たばこは今までほとんど吸ってこなかった。しかしこの前のあの映画。主人公が絶望の淵で吸っていたたばこシーンは忘れられない名シーンだった。それに影響され吸ってみたら見事に依存しかかっている。

 喫煙所はコロナの影響で2~3人のスペースが3か所あり、それが仕切りで区切られている。当初は一人一人に区切られていたので会話という会話が喫煙所で行われていなかったが、今は少人数での喫煙が可能になり、今も会話が聞こえてくる。

「さっきはありがとうね」

「いえいえ、当たり前のことですよ。大体、自分の進めてたプロジェクトにズレてるってどういうことですか?意味わからな過ぎて吹き出しそうでしたもん」

先ほどの会議に出席していた同僚と上司の声。

「だいたい、俺が半分くらい資料手伝ったんですよ?それを根本から否定した上になぜそう思ったのか、具体案もなくただ否定しただけ。ちょっと変なんですよあいつ。」

「まぁ彼はなぁ……うーん」

「言いたいことあれば聞きますよ。俺もそうとう溜まってるんで。」

「今の時代、モラハラだパワハラだ、うるさいじゃない?だから何も言いません」

「それってほぼ悪口ですよ」

笑い声が聞こえてくる。たばこはまた別のタイミングに吸おう。一吸いだけしたたばこの煙を吐き出す。真っ白だった。



 その夜、彼は部屋で一人、ノートパソコンを開いた。画面には、開きかけの資料と、書きかけの言葉。会議で言えなかった本質を、今なら言語化できる気がした。自分は間違っていない。あの場では、タイミングと環境が悪かっただけだ。キーボードに手を置く。思考は、確かにある。構造も、テーマも、見えている。なのに一行目が、書けない。『この企画の本質的な問題は』そこまで打って、止まる。問題とは本質とは何か。分かっていたはずのものが、急に輪郭を失う。焦りで、指が早くなる。『短期的な利益に偏重しているため』違う、それはただの言い換えだ。『長期的視点が欠如している。』さっき会議で言ったことと同じだ。彼は一度、手を止める。そして、検索欄にゆっくりと打ち込む。『企画 長期的視点 重要性』大量のページが並ぶ。どれも、よく見た言葉ばかりだ。その中の一つを開き読み進める。見覚えがある。スクロールする。さらに見覚えがある。その記事の一文を見た瞬間、指が止まった。『短期的な成果に囚われる組織は、本質的価値の創出を見失う』それはさっき自分が言おうとしたことと、ほぼ同じだった。いや、違う。同じじゃない。元だ。さらに別のページを開く。また同じ構造。また同じ言葉。そして、気づく。映画の感想も。SNSで見た考察も。会議で言おうとしたことも。全部どこかで、既に言われているものだった。自分が見つけたと思っていたものは、ただ拾ってきただけだった。画面の光が、やけに白い。彼は、ふとスマホを手に取る。SNSを開くと例の映画の考察が、まだ流れている。その中に、一つだけ短い投稿があった。『この映画、主人公が自分は特別だと思ってる限り何もできない構造になってるの皮肉すぎる』スクロールが止まる。心臓が、わずかに強く打つ。投稿の続き。『理解しているつもりの観客も含めてね』その一文を見た瞬間、頭の中で何かが、はっきりと音を立てて崩れた。あのイライラしたシーン。あのつまらなさ。あれは自分だった。行動できない主人公に苛立っていた観客。その観客こそが、何もできない側の人間だと、突きつけられていた。理解していたつもりで、構造の外に立っているつもりで完全に、その中にいた。いや、もっと悪い。気づいている側だと勘違いしていた分だけ、ただの観客よりも、何もしていなかった。彼はゆっくりと、ノートパソコンの画面を見る。白紙のままの資料。思考は、ある。でも、何も生み出せていない。その事実だけが、静かに残る。窓に、自分の顔が映る。朝、電車で見た顔と同じだ。特別な何かは、そこにはなかった。ただの、どこにでもいる人間。少しだけ、目の奥が空っぽな。彼は、ゆっくりと画面を閉じる。

部屋は静かで、何も変わらない。それでも初めて、はっきりと分かった。自分は特別ではない。そしてだからこそ、何もしていないことが、言い訳できない。少しだけ、呼吸が深くなる。スマホを机に置く。逃げ場だったはずの思考が、今はただの重さになっている。彼は、もう一度パソコンを開く。白紙の画面。今度は、さっきとは違う意味で、何もない。ゆっくりと、一行目を打つ。『現状の企画には、具体的な改善余地が三点あります』言葉は拙い。浅いかもしれない。けれど初めて、外に出る言葉だった。


 翌朝。満員電車の中。相変わらず、誰もがスマホを見て、無表情で揺られている。彼も、その中にいて同じように吊り革を持ち、同じように押し潰されながら。ただ一つだけ違うのは。もう、思っていなかった。自分は違う、とは。その代わりに小さく、ほんの少しだけ、ここからなら変えられるかもしれない。そう思っていた。自分は特別な人間ではない、それに気が付けた人間なのだ。ふと思う。この中にもいるんだろうなと。昨日までの自分のように、根拠もなく自分だけは違うと信じている人間が。そしてそのほとんどが、何も変わらないまま、歳を取っていく。

でも、気が付けたのだ。その人たちとは違う。俺は気が付けたのだ。



お読みいただきありがとうございました。

僕の友人はみんな会話能力とか語彙とかすごいんですよ。話していて感動するというか。よくもまぁパッションのみで生きている僕と仲良くしてくれているなぁと。

しかしながら、彼らに甘んじていてはいけないと、僕は僕なりにいろんな作品に触れ感性や語彙を吸収しようとしたんです。実際かなりの映画や小説に触れました。で、出来上がったのがこの作品のバケモンみたいな主人公です。結構変えてはいますが、これほぼ自分の話です。恥ずかしながら。書いていて苦しくなってました。なんで書いたんだろうとすら思ってます。戒めとしてなのか。

でもこの習慣はバケモンを生み出す以外に、新しいものに触れようとするいいきっかけを作ってくれました。数年前、今の自分が小説読んだり、ましては拙いけれど小説書いたりするようになっているとは夢にも思っていなかったと思います。

また、なにかいいアイデアが出てきたら投稿します。評価と感想頂けるとやる気に繋がりますのでよろしくお願いします!

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