鬼退治其の参
シーバルドと別れたシャットは、庁舎の奥にある階段へと向かっていました。一階から二階へ上がろうとした、その時――
「!?」
何かが、シャットの横を後方から一瞬で抜き去りました。シャットの目の前、階段の手前には刀を持った男が背を向けて佇んでいました。
「今のをかわすのか……」
男は声を漏らします。
男の名は、百田捨吉といいました。
シャットは、百田の凄まじい斬撃を間一髪で回避しましたが、完全には避けきれず、頬に小さな切り傷を負っていました。
(にゃんてスピードにゃ……)
シャットは、思わず息を呑みます。
「あっぱれな斬撃ですにゃ〜。もう少しで当たるところでしたにゃ〜」
「いいから、さっさとかかってこい。くだらねぇ話をしに来たわけじゃねえ。それに、お前……なんか臭いぞ」
「にゃるほど……。では、遠慮はしないですにゃ!」
シャットは、細く鋭い剣を百田へ突き出しました。百田は、軽々とそれをかわします。
「うん。そういうのはいいから。最速で来いよ」
シャットは苛立ったように剣を強く握りました。
「ではお望み通りに行きますにゃ...」
剣をゆっくりと胸元まで引き寄せました。
「ニャンニャンスピアァ!」
ズバババババババババババ
先ほどとは比べ物にならない速度で、幾千もの突きが百田を襲います。しかし、百田はそれらをすべてかわしています。
「はぁ……こんなもんか」
百田は、かわしながらため息を漏らします。
だるそうな目でシャットを見据え、小さく呟きました。
「芝斬一刀流…… 万撃狂!」
百田は縦横無尽に刀を振るいます。その速さは目にも留まらず、無数の斬撃の残像が重なり合い、一つの大きな花弁のように見えました。
ガガガガガガガガガ
百田の斬撃と、シャットの突きが激しくぶつかり合います。
「んおぉ!」
あまりの猛攻に、シャットが唸り声を上げた、その瞬間――
カーーンッ
シャットの剣が、百田の刀に弾き飛ばされました。百田は攻撃の手を緩めません。
ズバッ、ズバッ
そのまま、シャットの胸元に二発の斬撃が叩き込まれます。
「ぐぁっ!!」
シャットは床に膝をつきました。その首筋に、冷たい感触が走ります。
刀をぴたりと首元に当てた百田が、低い声で言いました。
「お前は作戦も失敗し、ご自慢の剣技も軽々弾かれた。今のお前に価値はねえ」
さらに百田は続けます。
「ただし、情報源としての価値はある。どこから来た。狙いは何だ。仲間の数は……。情報源として生き延びるか、無価値のまま死ぬか……選べ」
「ニャッ、ニャッ、ニャッ……嫌な二択ですにゃぁ……」
斬撃は浅く、血は流れていましたが、致命傷には至っていません。シャットは、ゆっくりと顔を上げました。
「もう一つ、択がありますにゃぁ」
「あ? 何だよ。少しでも動けば、すぐ首を飛ばすぞ」
「ニャニャニャ……確かに、あなたは強いですにゃ……。私では勝ち目はないですにゃ……。ですが、あなたが最強というわけではないですにゃ……!」
「あ? お前、何言って――」
「カラバ様ぁ! あとはお任せしますにゃぁ!」
「カラバ……? まだ仲間が――」
百田が言い終える前に、背後に大柄な男が立っていました。
「!?」
百田は咄嗟に振り返り、刀を振るいます。確かに斬撃は男を捉えましたが、男は煙のようでまるで手応えがありません。
(なんだ、こいつ……。真後ろに来るまで、気配をまったく感じなかった。足音も、息遣いも、殺気も……。それに、今の斬撃は確実に当たっていたはずだ。……面倒なカラクリがありそうだな)
「カラバ様の剣速は、お前の技よりも遥かに速いにゃ〜!」
カラバの斬撃が百田を襲います。百田はかわし、隙を突いて斬り返しますが、やはり手応えがありません。
「なんだ、こいつ!」
怒鳴り声とともに、百田は距離を取りました。
「遠距離でも意味はにゃいにゃ〜。カラバ様の斬撃は飛ぶんですにゃ〜!」
「まさか……!」
カラバが刀を振るうと、斬撃が飛び出し、百田へと迫ります。
「!?」
百田は間一髪でかわし、柱の影へ身を隠しました。
(あれは……木節の刃走……? 完全に同じではないが、似た原理か?)
足音が、徐々に近づいてきます。百田は飛び出して斬りかかりますが、カラバはそれをかわし、反撃します。百田は回避しつつ反撃を試みますが、カラバはまたも煙のように変化し斬撃をすり抜けました。
「手応えがねぇ……どうする……」
策を練る百田の耳に、声が届きます。
「カラバ様の実力は、こんなものではないですにゃぁ!カラバ様! 技のコピーですにゃ!」
「コピー……? まさか、俺の技を――」
次の瞬間、カラバは身を低く構え、力強く刀を振るいました。
「まじか……!」
花のような斬撃の残像が宙を舞いました。
それを見て百田が驚きの声をあげます。
「万撃狂……」
それは、百田が先ほど放った技と、酷似したものでした。
「……ムカつく野郎だな」
百田が必死に斬撃を防いでいると、その視界の端――カラバの背後に、人影が現れました。
背後から、木節昴と佐久間開桜が斬撃を放ちます。しかし、それもまた煙のように消え、手応えはありません。
「来るのが遅ぇんだよ」
「いやはや、こちらもなかなかの強敵でしてな」
「ふん。さっさとやるぞ」
「冷たいよねぇ。ステッチは」
三人は刀を構え、カラバを挟み込むように立ちました。
床を蹴り、同時に距離を詰めようとした瞬間――カラバの姿は、煙のように完全に消え失せました。
先ほどまでは消えてもすぐ現れていましたが、今回は気配すら感じられません。
「あれぇ?」
「逃げたか……。猫野郎は!?」
二人が周囲を見回しますが、シャットの姿もありません。
「逃げ足の速いやつだな……」
「まだ近くにいるやもしれません。追いかけましょうぞ」
一方、逃走したシャットは庁舎を抜け出していました。
「さっき増援に来たやつは、入り口にいたやつとシーバルドちゃんのカメラに映ってたやつだにゃ。ヘンゼルくんたちとシーバルドちゃんを負かした可能性のあるやつと戦うのは危険だにゃ。ここは一旦、退避が正解だにゃ」
建物から少し離れ、シャットはふと庁舎を見上げます。
「それにしても、立派な建物だにゃ。ここになら、探してるものがあってもおかしくないんだが……にゃ?」
三階の窓に、視線が留まりました。
そこには、こちらを覗く一人の少女――木節かぐやの姿がありました。
「にゃふ〜! やっぱり、私はついてるにゃ〜!!」
シャットは軽快にステップを踏み、そのまま昼の街へと走り去っていきました。




