浦島太郎
夜の都 ナイト
むかーしむかし、そのまたむかし。ニッポニアのあるところに、スーツを着た一人の青年がいました。彼の名は、浦島太郎といいました。
浦島は砂浜に打ち上げられた大きな流木に腰を下ろし、静かな海へと釣り糸を垂らしていました。夜の潮騒だけが、ゆるやかに耳を満たしています。
突然、浦島が声を上げました。
「お。大物の予感……」
しかしその言葉とは裏腹に、浮きはぴくりとも動いていませんでした。
そのときです。
夜空に、月とは明らかに異なる光が瞬きました。"何か"が光を放ちながら、まっすぐニッポニアへと落ちてきていたのです。
「おお! こいつはでっかい暇つぶしが舞い込んできたな!」
浦島が鋭くその光を睨みつけた瞬間、海面が割れました。
ブシャーーー
轟音とともに巨大な水柱が立ち上がり、″何か″を包み込みます。
それは、水圧に耐えきれず砂浜に叩きつけられました。
砂浜に激突した″何か″を見て、浦島は目を輝かせます。
それは金属でできた球体で、まるで宇宙船のようでした。
「やっぱ、かっこいいなぁ!」
浦島はすっかり釣りのことを忘れ、いつの間にか立ち上がっていました。
やがて球体の一部が開き、中から人影が現れます。
白いローブのような衣をまとった、息をのむほど美しい女性でした。
「……今のは、なんだったんでしょうか。突然、水の柱が湧き出て……おや?」
女性は浦島に気づいたようです。
「あなたが、あの水柱を?」
「いや、僕も何なのか知らないよ」
「ふーん。そうですか。では——」
「あー、ちょっと待ってよ。せっかくはるばる来てくれたんだからさ……」
浦島は口角を上げました。
「歓迎するよ」
「ほう。それは嬉しいお誘いですね。......お前たちは、先に行っていなさい」
女性は宇宙船の中にいた三人へ指示を出しました。三人は無言で頷き、その場を離れていきます。
「ほんとは一人も逃したくないんだけどね。さすがに一対四は骨が折れるからさ」
「あら。一対一でも、十分楽しめると思いますよ」
浦島は肩をすくめます。
「……いいねぇ。俺は太郎。あんたは?」
「私の名は、シーバルドです。以後、お見知り置きを」
「俺はここで仕留めるつもりだから、個人的には“以後”なんてあってほしくないけどね」
「あら、それは奇遇ですね。私も同意見ですわ。“以後”は撤回ですね」
二人の間に、静かな沈黙が落ちました。
「そろそろ、始めるか」
「そうですね」
「ようこそ……ニッポニアへ!」
掛け声と同時に、浦島は釣竿を横薙ぎに振りました。
糸は龍のようにしなり、シーバルドへと襲いかかります。その先端には針ではなく、分銅のようなおもりがついていました。
「おお、見事ですね。手元の操作だけで、ここまで自在に操れるとは」
感心の声を上げながらも、シーバルドは軽やかに身をかわします。
次の瞬間、腰に差していた手斧を抜き放ち、釣り糸へと投げつけました。
グルグルグル……ドン!
手斧は糸を絡め取り、そのまま砂浜へと叩き落とします。
その隙を逃さず、シーバルドは一気に距離を詰めました。
釣竿を封じられた浦島は、どこからか水中銃を取り出し、即座に引き金を引きます。
シュッ
「速い!」
放たれた銛の速度に、シーバルドは目を見張りました。
「俺の水中銃のスピードは、人間が見切れるもんじゃねえ。さあ、丸腰でどうかわす?」
「……仕方ないですね」
シーバルドは右手を差し出し、ゆっくりと持ち上げました。
「ゴッドネス・ファウンテン」
彼女の前に、水でできた鏡のようなものが出現します。
「!? なんだ、ありゃ!」
ぽちゃん、と音を立て、銛は鏡の中へ吸い込まれていきました。
「コレクション」
その直後、ほどかれた釣り糸が再びシーバルドを襲います。
彼女はそれをかわし、防波堤へと駆けました。走り出すと同時に、水の鏡は消え去ります。
そして、防波堤を蹴って横へ跳躍しました。
「ファイアリング!」
再び現れた水の鏡から、先ほどの銛が飛び出します。
「うわっ!」
ガキーン
浦島も銛を放ち、間一髪で迎撃しました。
距離を詰めたシーバルドは、拳で攻め立てます。右、左と素早く放たれた二撃を、浦島は後退しながらかわしました。
ドガァ!
「ぐっ……!」
腹部への蹴りは、腕で防いだものの衝撃は殺しきれず、浦島は大きく吹き飛ばされます。
ズザーーーッ!
砂浜に砂煙が舞い上がりました。
シーバルドは歩みを止めず、途中で自分の斧を足で拾い上げます。
一歩また一歩と浦島との距離を詰めます。
ーーそのときです。
足元に、透明な格子状の何かが張り巡らされていることに気づきました。
「!?」
ザシュッ!
シーバルドは跳躍したものの、足先が浅く切られます。
「ほぉ……糸で、ここまで仕掛けを......」
それは釣り糸による罠でした。吹き飛ばされている間に、浦島は巧みに張り巡らせていたのです。
空中のシーバルドに向け、浦島は水中銃を構えます。
シュッ!カンッ!
銛は斧に弾かれました。
「くそっ……!」
そう言いながらも、浦島はどこか楽しそうに笑っています。
着地したシーバルドは、すぐさま距離を詰めます。浦島も簎を取り出し、応戦しました。
ガキィン!
金属音が夜に響きます。
浦島は片手で釣竿を操りながら、間断なく攻め続けました。
ガキィン! ガキィン!ヒュン——ドゴォ!
糸を切る音、金属の衝突音、分銅が砂に沈む鈍い音が重なります。
そのとき——。
「はぁぁぁ!」
「!?」
ドゴォォォ!
シーバルドの頭上から、何者かの踵落としが叩き込まれました。
間一髪で後方へ跳び、彼女は回避します。
立ち昇る砂煙の中から、女性の膝が飛び出しました。
「はぁぁぁ!」
シーバルドは斧で受け止め、わずかによろめきます。
「大丈夫? 太郎ちゃん!」
「ああ、乙姫ちゃーん!助かったよー!」
現れた女性の名は、豊玉乙姫といいました。乙姫は浦島の前でファイティングポーズを取ります。
「こっから、畳みかけるよ!」
「はいよ!」
その様子を見て、シーバルドは笑みを浮かべます。
「さすがに……一対二は好みませんね。今は疲弊している場合ではありませんから」
乙と浦島が駆け出そうとした瞬間、シーバルドは再び水の鏡を生み出し、斧を投げ入れました。
「コレクション……ファイアリング・シルバー」
戻ってきた斧は、銀色に輝いています。
「それでは」
シーバルドは砂浜を強く叩きました。
ドゴォォォォォォォ!
凄まじい轟音と衝撃が走り、三人の間に巨大な砂煙の壁が立ち上がります。
やがて砂煙が晴れたとき、そこには誰の姿もありませんでした。
「逃げられた……!」
乙姫は悔しそうに声を上げます。
「なんだったんだろう……今のやつ」
「きっと、宇宙人だよ」
「宇宙人!? そんなのどこから来るのよ!ニッポニア以外に惑星なんて、月と太陽しかないじゃない!」
「さあ……どこなんだろうねー」
浦島は夜空を見上げました。一つの月が、静かに二人を照らしていました




