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第9章 肝試しで霊よりも怖いのは、吊り橋効果で発情したヒロインたちである

1.恐怖のペア決めくじ引き大会


 林間学校二日目の夜。

 昼間のオリエンテーリングで体力を削られた生徒たちは、夜のメインイベント「肝試し」のために広場に集められていた。

 薄暗い森の入り口には、先生たちが用意したであろう、チープな骸骨の模型やお札が飾られている。


「それでは、男女ペアの発表だ! この箱からくじを引け!」


 体育教師の元気な声が響く。

 俺、鷹井順は、その箱を爆弾処理班のような目つきで睨んでいた。

 このくじ引きが、俺の今夜の運命を決定づける。


 狙うは、クラスで一番影の薄い女子、図書委員の山田さんだ。彼女なら俺に興味がなく、無言で森を歩いて終われるはずだ。

 最悪なのは――言うまでもなく、白樺乃愛、相沢里奈、そして鉄輪カンナ(監督役なのに参加する気満々)の三人だ。


「頼む……神様、仏様、アプリ開発者様……!」


 俺は祈りを込めて、箱の中に手を入れた。

 指先に触れた一枚の紙を引く。


 『13番』


「13番の男子ー! 相方は誰だー?」


 先生が叫ぶ。

 シーンとする広場。

 誰も手を挙げない。

 ……あれ? もしかして、山田さんが寝てるとか?


「……ふふっ。13番、私よ」


 背後から、闇夜に溶け込むような甘い声がした。

 振り返ると、そこには白樺乃愛が立っていた。

 手には『13番』と書かれたくじを持っている。だが、よく見るとその紙、インクがまだ乾いていない気がする。手書きか? 自作自演か?


「偶然ね、ご主人様。13番……不吉な数字。私たちにぴったりだわ」

「お前、それ絶対イカサマだろ! 筆跡がお前の字だぞ!」

「あら、証拠はあるの? 愛の力で数字が変わったのかもしれないわよ?」


 問答無用で腕を組まれる。

 逃げ場はない。俺の肝試しは、スタート前から「詰み」の状態だった。


2.アプリの新機能『心霊フィルター』


 肝試しコースは、森の中を一周して戻ってくる約20分の道のりだ。

 俺と乃愛は、懐中電灯一本を頼りに歩き出した。


 森の中は静かで、虫の声だけが響く。

 本来なら「怖いね」「大丈夫、俺がついてるよ」なんていうラブコメ展開が起きる場所だが、現実は違う。


「暗い……誰も見てない……興奮するわ」

「頼むから普通に怖がってくれ」

「ご主人様、もしお化けが出たら、私を盾にして逃げてね? 私、ご主人様のためなら悪霊に憑依されてもいい」

「重い! 愛が重すぎて物理的に足が遅くなってる!」


 乃愛が俺の二の腕に、豊満な胸をこれでもかと押し付けてくる。

 怖い。霊的な意味ではなく、彼女の性的な捕食者としてのオーラが怖い。


 その時、俺のスマホが震えた。

 こんな時に通知か?


『環境検知:恐怖レベル不足』

『ラブコメ的ハプニングを誘発するため、新機能【心霊フィルター(ゴースト・ビジョン)】を起動します』

『効果:スマホのカメラを通すと、普通の景色が「ちょっとエッチな心霊現象」に見えます』


 は? 何だそのクソ機能は。

 俺は思わずスマホのカメラを起動してしまった。

 画面越しに、前方の木々を見る。


 すると、木の枝にぶら下がっている「こんにゃく」が、画面の中では『触手のようなヌルヌルした何か』に変換されていた。

 さらに、茂みから飛び出してきた脅かし役の田中(お化け衣装)が、画面の中では『ボンテージ姿のオーク』に見える。


「うわあああ! 何だあれ!」

「どうしたの順くん? ……あら、田中くんじゃない」

「えっ、お前には普通に見えてるのか?」

「ええ。ただの布被った豚……いいえ、田中くんよ」


 俺のスマホだけがおかしい!

 視覚情報がバグっているせいで、森全体が「R-18指定の魔界」に見える。

 こんな状態で歩けるか!


3.逆吊り橋効果と第三勢力


 俺が一人でパニックになっていると、後方から悲鳴が聞こえた。


「きゃああああ! 無理無理! お化け怖いぃぃ!」

「ママぁぁぁ! おうち帰るぅぅぅ!」


 凄まじい勢いで走ってくる二人組。

 相沢里奈と、鉄輪カンナだ。

 どうやら彼女たちはペアを組んだらしい(監督役と生徒のペアってありなのか?)。


「あ、順! 助けて!」

「お兄ちゃん! 抱っこ!」


 二人は俺を見つけるなり、タックルしてきた。

 ドンッ!

 俺と乃愛の間に割り込むように衝突する。

 俺は弾き飛ばされ、近くの木の幹に背中を強打した。


「ぐはっ!」

「ちょっと! 邪魔しないでよ!」


 乃愛が激怒する。

 しかし、里奈とカンナは恐怖でパニック状態だ。

 里奈は俺の腰にしがみつき、カンナは俺の頭を抱え込んで胸に埋めている。

 窒息する! 幼児退行した風紀委員長の胸で窒息死とか、どんなニュースになるんだ!


「落ち着け! お化けなんていない! 全部作り物だ!」

「いるもん! さっきそこで、白い服着た女の人が手招きしてたもん!」

「カンナ見たもん! 首のないおじさんが『バブー』って言ってたもん!」


 それは多分、脅かし役の先生たちの演技指導が間違っているだけだ。


 その時、スマホが再び震える。


『警告:複数のヒロインが密着しています』

『パッシブスキル【フェロモン過剰供給】が発動』

『効果:対象者たちの「恐怖心」が「恋心」に変換されます(吊り橋効果の強制発動)』


 ――ピタッ。

 里奈とカンナの震えが止まった。


「……あれ? なんか、怖くなくなってきた……」

「お兄ちゃんの匂い……落ち着く……」


 二人の瞳が、トロンと潤んでいく。

 まずい。モードが切り替わった。

 恐怖でパニックになっている猛獣から、発情期の猛獣に変わっただけだ!


「順……私、今なら何でもできそう……」

「お兄ちゃん、森の中で……秘密のあかちゃんごっこ……する?」


 森の暗闇。誰にも見られないシチュエーション。

 三人の美少女(一人はドM、一人は元カノ、一人はバブみ)に囲まれた俺。

 乃愛も黙ってはいない。


「泥棒猫ども……ご主人様を汚すな!」


 乃愛が俺の腕を引っ張る。

 里奈が腰を引っ張る。

 カンナが頭をホールドする。

 俺の体は五体投機バラバラ寸前だ。


「やめろ! 離せ! お化けよりお前らの方が怖いんだよ!!」


4.森の守護神(と書いて妹と読む)


 このままでは俺が物理的に分解されるか、貞操が蒸発する。

 絶体絶命のピンチ。

 その時、茂みの中から「シュッ!」という鋭い音がした。


 パシッ!

 何か柔らかいものが飛んできて、カンナ先輩の顔に命中した。

 それは――『おしゃぶり』だった。


「ふぇ?」

 カンナ先輩が反射的にそれを口に含む。

 チュパ……。

 精神安定剤が投入されたことで、カンナ先輩の動きが止まり、スヤスヤとその場で眠り始めた。

 一人脱落!


 次に、パシュッ! という音と共に、白い煙が噴出した。

 煙幕だ!


「きゃっ! 何これ!?」

「前が見えないわ!」


 乃愛と里奈が咳き込む。

 その隙に、俺の手を誰かが引いた。

 小さくて、でも力強い手。


「……兄官殿、こちらへ! 退路を確保しました!」


 美咲だ!

 やはり潜んでいたのか、この特殊部隊妹!

 美咲は迷彩柄のポンチョを被り、顔にはペイントまでしている。本気すぎる。


「美咲! 助かった!」

「礼は不要です。今は離脱を優先します。追手ゾンビを撒きますよ!」


 俺たちは煙幕の中を駆け抜け、正規ルートを外れて獣道へ入った。

 背後から「待ちなさい!」「順、逃げないで!」という声が聞こえるが、美咲の誘導は完璧だった。


 数分後。

 俺たちは森の開けた場所に出た。

 そこは、月明かりに照らされた静かな湖畔だった。


「……ここまで来れば大丈夫です」

「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」


 俺はその場に座り込んだ。

 美咲がポンチョを脱ぎ、いつものジャージ姿になる。

 彼女は俺に水筒を差し出した。


「水分補給を。……兄官殿、モテすぎです。妹として鼻が高いですが、同時に危機管理能力の欠如を憂慮します」

「俺だって好きでモテてるわけじゃないんだよ……このアプリのせいで……」


 俺はスマホを恨めしそうに見た。

 画面には、『ミッション失敗:肝試しを完走できませんでした』の文字。

 ポイントはもらえないらしい。ケチくさい。


「……でも、お兄ちゃんが無事でよかったです」


 美咲が隣に座り、俺の肩に頭をもたせかけてきた。

 彼女の「軍曹モード」が解け、少しだけ素の「妹」に戻っている。


「あの女狐たちに、お兄ちゃんは渡しませんから。……お兄ちゃんは、私だけの司令官なんですから」


 それはそれで重いよ、美咲ちゃん。

 でも、今の俺にはこの重さが少しだけ心地よかった。少なくとも、物理的に分解されそうにはないからだ。


 湖面に映る月を見ながら、俺は思った。

 明日は林間学校最終日。

 キャンプファイヤーがある。

 乃愛が言っていた「炎の前で結ばれた二人は永遠に一緒」という伝説。

 このフラグを、俺はどうやって回避すればいいんだ?


 スマホが小さく光り、新たな通知を表示した。


『明日の天気予報:晴れ』

『イベント予告:キャンプファイヤーにて、最大級の【恋愛イベント(カタストロフィ)】が発生します』

『準備はいいですか?』


 良くない。全然良くない。

 俺の青春逃避行は、クライマックス(という名の修羅場)へ向かっていた。

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