表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/29

第8章 妹(特殊部隊)vs ヒロイン連合軍 in 押し入れ前

1.ステルス・シスター


 深夜2時のコテージ。和室の押し入れの中。

 俺、鷹井順は、自分の心臓の音がドラムセットのように鳴り響くのを感じながら、隙間から外を覗いていた。


 そこにいるのは、間違いなく妹の美咲だ。

 白いネグリジェの上に、なぜかタクティカルベストのような装備を装着し、頭にはナイトビジョンゴーグル(おもちゃ屋で売ってるやつか?)を乗せている。

 異様すぎる。夢遊病が悪化して、コマンドー化している。


「……ターゲット確認。寝息、一定」


 美咲は俺のダミー布団(中身はクッション)の横にしゃがみ込み、小声で状況報告をしている。誰にだ。自分の脳内司令部にか。


「これより捕獲作戦(添い寝)を開始する。抵抗された場合は、鎮静剤(抱き枕化)を使用する」


 美咲がそっと布団をめくった。

 そこにあるのは、俺ではなく、ニトリで買った低反発クッションだ。


「……?」


 美咲がクッションを突く。

 反応がない。

 彼女が首を傾げたその時、押し入れの中の俺のスマホが、最悪のタイミングで振動した。


 ブブブッ!


 静寂の中で、その音は銃声のように響いた。

 美咲がバッ! とこちらを振り返る。

 ナイトビジョンが緑色に光る。


「……反応あり。10時の方向、押し入れ」


 バレた!

 いや、まだだ。まだ猫だと思われているかもしれない。

 俺が息を止めていると、美咲が足音を殺して近づいてくる。

 手に持っている手錠がチャリリと鳴る。怖い。実の兄にかけるつもりか。


 あと3歩。

 2歩。

 1歩。

 美咲の手が、ふすまに掛かった――


 その瞬間。


 ドタドタドタッ!


 2階から、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 階段を駆け下りてくる音だ。一人じゃない。複数だ。


「ちょっと抜け駆けはずるいわよ!」

「そっちこそ! トイレに行くとか言って順のところに行く気でしょ!」


 乃愛と里奈だ!

 あの二人も、深夜2時という魔の時間帯ミッションタイムに合わせて動き出したのだ。


 美咲が舌打ちをした。

 

「チッ……敵軍の増援か。一時撤退する」


 美咲は瞬時に判断を下し、なんと俺が隠れている押し入れの上の段(天袋じゃなく中段の上の棚)にするりと潜り込んだ。

 俺は下段。美咲は上段。

 同じ押し入れの中に、兄と妹が潜伏する形になった。

 

 俺の頭上から、美咲の体温と、微かなシャンプーの香りが漂ってくる。

 心拍数が上がる。これは別の意味で危険だ。


2.コテージの中心で愛を囁かないで


 ガラッ!

 和室の引き戸が勢いよく開けられた。

 入ってきたのは、パジャマ姿の白樺乃愛と相沢里奈。

 二人とも手に枕を持っている。枕投げをするわけではないだろう。


「はぁ……はぁ……。誰もいないわね」

「田中くんは爆睡してるし……よし、順の布団は……あれ?」


 二人が俺の布団(もぬけの殻)を見る。

 クッションが露出している。


「いない!? 順がいないわ!」

「トイレかしら? それとも……逃げた?」


 乃愛が鋭い目つきで部屋を見渡す。

 そして、彼女の視線が、俺たちの隠れている押し入れに止まった。


「……怪しいわね」

「え、まさか押し入れの中に?」

「順くんの行動パターンからして、あり得るわ。『ドラえもんになりたい』って昔言ってたし」


 言うな! そんな黒歴史をここで暴露するな!


 乃愛がゆっくりと押し入れに近づいてくる。

 さっきの美咲のデジャヴだ。だが今回は、上に美咲がいる。

 もし開けられたら、「兄妹で押し入れに隠れていました」という、どう言い訳してもアウトな現場が露呈する。


 俺は必死に祈った。

 アプリよ、何か手はないか!?

 スマホを見る。


『緊急ミッション進行中』

『現在の状況:【四面楚歌】』

『使用可能スキル:【幽霊ボイス(ゴースト・サウンド)】』

『効果:指定した場所から不気味な声や音を発生させ、注意を逸らす』

『消費ポイント:10P』


 これだ!

 俺は震える指で『実行』を押し、発生源を『窓の外』に設定した。


 ――ヒュ〜ドロドロ……

 ――「うらめしや〜……」


 窓の外から、ベタすぎる幽霊の効果音と、野太い男の声が聞こえた。

 安っぽい! 昭和のお化け屋敷か!


「きゃああああああ!!」


 しかし、効果は抜群だった。

 乃愛と里奈が抱き合って悲鳴を上げた。

 どうやらこのアプリ、恐怖演出に関してはリアリティよりも「本能的な恐怖」を刺激するらしい。


「お、お化け!? 無理無理無理!」

「ご主人様ぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」


 二人はパニックになり、そのまま和室を飛び出していった。

 ドタバタと2階へ駆け上がる足音が聞こえる。


「……ふぅ。助かった……」


 俺が安堵の息を漏らした、その時。

 頭上から、冷ややかな声が降ってきた。


「……兄官殿。今の声、アプリですね?」


 ビクッとする。

 上を見ると、美咲が逆さまに顔を出して、俺を覗き込んでいた。

 ナイトビジョンの緑色の目が光っている。


「み、美咲……お前、気づいて……」

「当然です。兄官殿のスマホから微弱な信号が出ているのを傍受しました」


 こいつ、本当に中学生か? CIAのエージェントか?


「それにしても、兄官殿。こんな狭い空間で、妹と密着するなんて……」

「密着してない! 段が違う!」

「心は密着しています。……ねえ、お兄ちゃん」


 美咲がするりと上段から降りてきた。

 狭い押し入れの中。

 俺と美咲の距離がゼロになる。


「……ここで朝まで、二人きりで過ごしましょう? 任務デートの開始です」


 美咲の手が俺の胸に触れる。

 逃げ場はない。外には田中のいびきと、いつ戻ってくるかわからないヒロインたち。中にはブラコン特殊部隊。

 

 その時。

 俺のポケットの中で、スマホがピロン♪ と軽快な音を立てた。


『ミッション達成:夜の訪問者を(ある意味)回避しました』

『報酬:200P獲得』

『ボーナスイベント発生:【密室のハプニング】』

『効果:押し入れのふすまが、外からつっかえ棒をされたように開きにくくなります』


 ――余計なことすんなああああああ!!

 閉じ込められた!

 俺はふすまに手をかけたが、ビクともしない。

 暗闇の中、美咲の荒い息遣いだけが聞こえる。


「ふふっ……神様も味方してくれているようですね。……覚悟してください、兄官殿」


 俺の貞操(と兄としての威厳)が、風前の灯火となった。


3.翌朝の誤解と肝試しの予兆


 チュンチュン。

 朝。小鳥のさえずりが聞こえる。

 俺は目の下にクマを作り、魂の抜けた顔で押し入れから這い出した。


 幸い、一線は越えなかった。

 美咲が途中で寝落ちしたのだ。彼女の「軍曹モード」も、睡魔には勝てなかったらしい。

 俺は一睡もできず、彼女の寝顔を見守りながら、朝4時にふすまのロックが解除されるのを待って脱出したのだ。

 美咲はまだ押し入れの中で爆睡している。今のうちに退散させなければ。


 俺が美咲を背負って窓から逃がそうとした、その瞬間。


「……順? 何してるの?」


 背後から声がした。

 相沢里奈だ。早起きして様子を見に来たらしい。

 彼女の目には、俺が「パジャマ姿の美少女(妹)を背負って窓から投げ捨てようとしている(ように見える)」光景が映っている。


「あ、いや、これは……」

「……順、最低。まさか、妹ちゃんまで手にかけて……」

「違う! 誤解だ! これは訓練だ!」

「何のよ!?」


 騒ぎを聞きつけ、乃愛と鉄輪先輩も起きてきた。

 

「あら、順くん。朝から妹さんとスキンシップ? 近親相姦インモラルなプレイ、嫌いじゃないわよ」

「カンナも……カンナもおんぶー!」


 カオスな朝が始まった。

 美咲も目を覚まし、「任務完了……撤収します!」と言って窓から忍者のように消えていった。あいつ、本当に何者なんだ。


 残された俺に向けられる、ヒロインたちの冷ややかな、そして熱っぽい視線。


「今日の夜は……肝試しよ」


 乃愛が不敵に笑う。


「暗闇の森で、ペアを組んで歩くの。吊り橋効果なんて目じゃないわ。……本当の恐怖と快楽を教えてあげる」


 予告された死刑宣告。

 林間学校二日目。

 今日のメインイベントは「肝試し」。

 それは、俺の獲得した200Pを使って【絶対不可侵バリア】を買うか、それとも他のアイテムで迎撃するか、究極の選択を迫られる戦いの始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ