第51章 球技大会のドッジボールは愛のキャッチボール(物理)
1.春の気配と別れの予感
3月中旬。
校庭の桜の蕾がピンク色に色づき始めた頃。
学年末試験も終わり、学校はどこか浮ついた、それでいて寂しげな空気に包まれていた。
3年生はすでに自宅学習期間に入り、校内で鉄輪カンナ先輩の姿を見かけることも少なくなった。
俺、鷹井順は、教室の窓からグラウンドを眺めていた。
今日は1・2年生だけの球技大会だ。
種目はドッジボール。
子供っぽいと笑うなかれ。高校生のドッジボールは、殺るか殺られるかの戦争だ。
「……順! 何ボーッとしてんの!」
背中をバンッと叩かれた。
相沢里奈だ。彼女はクラスTシャツ(背中に『順命』と手書きされている)を着て、ハチマキを巻いている。気合十分だ。
「今日のドッジボール、絶対優勝するよ! 優勝したらクラスで打ち上げだからね!」
「……俺は外野でボール拾いしてたいんだけど」
「ダメ! 順は内野の要だよ! 私が守ってあげるから!」
里奈がガッツポーズをする。
その横で、白樺乃愛が優雅に扇子を扇いでいた。
彼女もクラスTシャツを着ているが、なぜかレースの日傘を差している。
「ご主人様。……日焼けは大敵ですわ。私の影に入りなさい」
「ドッジボール中に日傘は危ないだろ!」
2.ドッジボールはサバイバル
試合開始のホイッスルが鳴った。
相手は隣の2年C組。体育会系男子が多い武闘派クラスだ。
開始早々、剛速球が俺の顔面を狙って飛んできた。
「危ない!」
バシッ!
里奈が俺の前に飛び出し、ボールを見事にキャッチした。
「ナイスキャッチ! 里奈!」
「へへっ、順には指一本触れさせないよ!」
里奈がカウンターで投げ返す。
彼女の運動神経は抜群だ。次々と相手をアウトにしていく。
俺は里奈の後ろに隠れて「すごいすごい」と拍手するだけのマスコット状態だ。
しかし、敵もさるもの。
変化球や連携プレイで里奈を翻弄し始める。
ついに里奈がバランスを崩し、ボールを弾いてしまった。
ボールが高く上がる。
落下地点には俺がいた。
「順! 取って!」
無理だ。俺の運動神経で取れるわけがない。
俺は顔を庇って縮こまった。
その時、スマホが震えた。
『状況:ピンチ』
『オートスキル:【絶対捕球】』
『効果:ボールを磁石のように手に吸い寄せます』
――バチィッ!
俺の手が勝手に動き、ボールをガッチリと掴んでいた。
痛い。手が痺れる。でも取れた!
「うおおおお! 鷹井が取った!」
「奇跡だ!」
クラス中が湧く。
乃愛が「さすがご主人様! 愛の力ですわ!」と叫ぶ。
俺はボールを持ったまま呆然としていたが、里奈に「投げて! 当てて!」と急かされ、適当に投げた。
ボールはヘロヘロと山なりに飛び、相手チームのボスの足元にポトリと落ちた。
……アウトにはならなかったが、笑いは取れた。
3.部室棟の大掃除と先輩の痕跡
球技大会の後、俺は美化委員(代理)として部室棟の大掃除に駆り出された。
卒業する3年生が使っていた部室を片付けるためだ。
俺が担当したのは、風紀委員会室だった。
「……ここか」
殺風景な部屋。長机とパイプ椅子。
カンナ先輩がいつも座っていた場所だ。
彼女はもう引退して、ここには来ない。
そう思うと、少し寂しさが込み上げてきた。
俺が雑巾がけをしていると、机の引き出しの奥から一冊のノートが出てきた。
表紙には『風紀委員会日誌』とある。
公的な記録かと思ってパラパラめくると、途中から内容が変わっていた。
『×月×日 今日も鷹井くんを見かけた。寝癖が可愛い。注意しようと思ったけど、できなかった』
『×月△日 鷹井くんと目が合った。心臓が止まるかと思った。風紀委員失格かも』
『×月○日 ……卒業したくない。もっと鷹井くんと一緒にいたい』
日誌じゃない。先輩の恋日記だ!
見てはいけないものを見てしまった。
俺が慌てて閉じようとした時、背後から声がした。
「……見ましたね?」
ビクッとして振り返ると、私服姿のカンナ先輩が立っていた。
顔を真っ赤にして、涙目になっている。
「せ、先輩!? なんでここに?」
「忘れ物を取りに来たんです……。そのノートです」
「あ、これ……すみません、中身見ちゃいました」
先輩がノートをひったくる。
「うぅ……恥ずかしい……。忘れてください! 全部妄想です!」
「いや、妄想じゃないですよね? 本音ですよね?」
俺が聞くと、先輩は観念したように俯いた。
「……はい。本音です」
先輩が顔を上げる。
「鷹井くん。……私、卒業しても風紀委員(貴方の監視役)を続けてもいいですか?」
「えっ」
「OGとして……時々、指導しに来てもいいですか?」
それは、実質的な「これからも会いたい」という告白だった。
俺は迷わず答えた。
「もちろんです。……先輩の指導がないと、俺、だらけちゃいますから」
先輩がパァッと笑顔になる。
「……はい! 厳しく指導しますからね!」
その笑顔は、春の陽射しのように温かかった。
4.放課後の屋上と未来への約束
掃除を終え、屋上に行くと、乃愛と里奈が待っていた。
夕日が校庭を染めている。
「順、遅いよー!」
「ご主人様、浮気(先輩との密会)の匂いがしますわ」
鋭い。
「……ごめん。片付けに時間かかって」
俺は二人の間に座った。
風が心地よい。もうすぐ春休みだ。そして、俺たちは3年生になる。
「ねえ順。……3年になったら、クラス離れちゃうかな?」
里奈が不安そうに言う。
「どうだろうな。……でも、クラスが違っても、関係ないだろ?」
「うん! 休み時間のたびに会いに行く!」
「私もですわ。壁を壊してでも会いに行きます」
乃愛が物騒なことを言う。
俺は二人を見つめた。
この一年、本当に色々なことがあった。
アプリのせいでトラブル続きだったが、退屈することはなかった。
そして、彼女たちの存在が、いつの間にか俺の日常の一部になっていることに気づいた。
「……これからも、よろしくな」
俺が言うと、二人は嬉しそうに頷いた。
「うん! ずっと一緒だよ!」
「ええ。死ぬまで離しませんわ」
スマホが震える。
『学年末イベント終了』
『次なるステージ:新学期・クラス替え』
『新たなヒロイン(転校生?)の予感……』
またかよ!
俺はスマホを睨みつつも、少しだけワクワクしている自分に気づいて苦笑した。
俺の青春は、まだまだ終わりそうにない。




