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第49章 弥生の風は春一番、スカートと花粉とホワイトデーのプレッシャーを運んでくる

1.春の気配とくしゃみの連鎖


 3月に入り、校庭の桜の蕾が少しずつ膨らみ始めた頃。

 俺、鷹井順は、教室の窓際で憂鬱な表情を浮かべていた。

 理由は二つある。

 一つは、目前に迫ったホワイトデーのお返し問題。

 もう一つは、この季節特有の「魔物」の到来だ。


「……ハックション!」


 盛大なくしゃみが出た。

 花粉症だ。

 今年は飛散量が多いらしく、俺の目と鼻はすでに決壊寸前だ。ティッシュが手放せない。


「大丈夫、順? 鼻赤いよ」

 前の席から相沢里奈が心配そうに振り返る。彼女の手には、高級そうな保湿ティッシュの箱がある。

「はい、これ使って! 鼻セレブだよ!」

「ありがとう……助かる」


 俺がティッシュを受け取ろうとすると、右隣から白樺乃愛がスッと手を差し伸べてきた。

 彼女の手には、謎のアンプル(小瓶)が握られている。


「ご主人様、そんな紙切れで拭くよりも、根本治療が必要ですわ」

「……それは何だ?」

「我が社の研究室が開発した『完全花粉ブロック点鼻薬(未承認)』です。一度差せば、一生花粉を感じなくなりますわ(嗅覚も失うかもしれませんが)」

「リスクが高すぎる! 嗅覚は大事だ!」


 俺が拒否すると、乃愛は残念そうにアンプルをしまった。

 そこへ、休み時間の巡回に来た鉄輪カンナ先輩が現れた。

 彼女はマスクを二重にし、さらに花粉対策メガネという完全防備スタイルだ。


「鷹井くん……花粉、辛いですよね。わかります」

 先輩の声がマスク越しにくぐもっている。

「先輩もですか?」

「はい。……目がかゆくて、涙が止まりません」


 先輩がメガネを外すと、その目は潤んで赤くなっていた。

 まるで泣きはらした後のようで、妙に艶っぽい。

 その涙目で見つめられると、変なスイッチが入りそうだ。


「鷹井くん……目薬、差してくれませんか? 自分だと上手くできなくて……」

「えっ、俺が?」

「はい。……上を向きますから」


 先輩が俺の机の前に立ち、顎を上げて天井を見上げる。

 無防備な喉元。少し開いた口元。

 俺は震える手で目薬を構えた。

 ポタリ。

 一滴の水滴が、先輩の大きな瞳に落ちる。


「……んっ……」

 先輩が小さく声を漏らし、パチパチと瞬きをする。

 その仕草が可愛すぎて、教室中の男子が息を呑む音が聞こえた。


「ありがとうございます……。視界がクリアになりました。……鷹井くんの顔が、よく見えます」

 先輩が至近距離で微笑む。

 花粉症も悪くないかもしれない、と一瞬思ったが、すぐにくしゃみが出て現実に引き戻された。


2.放課後のショッピングモール(下見編)


 放課後。

 俺は一人で駅前のショッピングモールに来ていた。

 目的は、ホワイトデーのお返しの下見だ。

 バレンタインに貰ったものが凄すぎた(別荘とか)ため、何を返せばいいのか見当もつかないが、誠意は見せなければならない。


 雑貨屋、アクセサリーショップ、デパ地下のスイーツ売り場。

 男一人で回るのは精神的に来る。

 「あの人、彼女へのプレゼントかな?」「いや、三股かけてるって顔してるよ」という幻聴が聞こえる。


 その時、アプリが震えた。

 『場所検知:ショッピングモール』

 『アシスト機能:【プレゼント・シミュレーター】』

 『効果:商品をスキャンすると、それを渡した時のヒロインの反応(好感度変動)を予測表示します』


 便利だ! これなら地雷を踏まずに済む!

 俺は早速、近くにあった「クマのぬいぐるみ」をスキャンしてみた。


 『対象:白樺乃愛』

 『反応:「あら、可愛いですわね。……解体して中に盗聴器を仕込めば、ご主人様の寝言を監視できますわ」』

 『好感度:+10(ただし監視レベル+50)』

 → 却下だ! 悪用される未来しか見えない!


 次は「ハート型のネックレス」。

 『対象:相沢里奈』

 『反応:「キャー! 順とお揃い!? 一生外さない! 風呂も寝る時もつけっぱなしにする!」』

 『好感度:+100(金属アレルギー発症リスクあり)』

 → 重い! 衛生的に良くない!


 最後に「高級万年筆」。

 『対象:鉄輪カンナ』

 『反応:「……これで婚姻届を書けということですね? 準備はできています」』

 『好感度:+∞(即日入籍ルート)』

 → 飛躍しすぎだ!


 結局、何を選んでもトラブルの種になることが判明した。

 俺は頭を抱えてフードコートのベンチに座り込んだ。

 「……クッキーとか、消え物が一番安全か?」

 そう呟いた時、隣の席に誰かが座った。


「……奇遇ですね、兄官殿」

「美咲!?」


 妹の美咲だった。彼女は友達と遊びに来ていたらしいが、今は一人のようだ。

 手にはクレープを持っている。


「お返し選びですか? 難航しているようですね」

「ああ。……何を選んでもバッドエンドが見えるんだ」

「ふん。……自業自得です」


 美咲は冷たく言い放ち、クレープを齧った。

 口元にクリームがついている。

 俺が無言で指差すと、彼女はペロリと舐め取った。


「……アドバイスしてあげましょうか?」

「えっ、いいのか?」

「兄官殿が路頭に迷う姿を見るのは忍びないので。……特別ですよ」


 美咲は少し考えてから言った。

「モノじゃなくて、『時間』を贈ればいいんじゃないですか?」

「時間?」

「はい。一緒に過ごす時間、体験、思い出。……彼女たちが求めているのは、高い宝石じゃなくて、兄官殿そのものですから」


 目から鱗が落ちた。

 そうだ。乃愛も里奈も先輩も、いつも「一緒にいたい」と言っていた。

 俺はモノの価値ばかり気にしていたが、一番大切なのはそこじゃないのかもしれない。


「……ありがとう、美咲。さすがだな」

「礼には及びません。……その代わり、私へのお返しも期待していますからね」

 美咲がニヤリと笑う。

 「『一日兄妹デート券』とか、どうですか?」

 ちゃっかりしている。だが、悪い気はしなかった。


3.春一番のいたずらとスカート


 帰り道。

 ショッピングモールを出ると、外は強風が吹き荒れていた。

 春一番だ。

 暖かい南風が、冬のコートを脱がそうとするかのように吹き付ける。


 俺と美咲が並んで歩いていると、向こうから乃愛と里奈が歩いてきた。

 どうやら彼女たちも買い物をしていたらしい。


「あ、順! 美咲ちゃんも!」

「ごきげんよう。……あら、風が強いですわね」


 挨拶を交わそうとした瞬間。

 ビュオオオオッ!

 猛烈な突風が吹いた。


「きゃっ!」

「わあ!」


 三人のスカートが一斉に捲れ上がった。

 マリリン・モンロー状態だ。

 だが、今回は俺も無事ではなかった。

 風で飛んできた新聞紙が顔面に張り付き、視界を奪われたのだ。


「むぐっ!?」

 前が見えない!

 俺がもがいていると、誰かが新聞紙を剥がしてくれた。


「……大丈夫ですか、兄官殿?」

 美咲だ。彼女はスカートを押さえながら、冷静に俺を助けてくれた。

 一方、乃愛と里奈は顔を真っ赤にしてスカートを押さえている。


「……見た? 今、見たでしょ?」

「ご主人様……今の風は不可抗力ですが、私のパンツの色(黒レース)を確認しましたか?」

「見てない! 新聞紙で何も見えなかった!」


 俺が必死に弁解すると、二人は少し残念そうな顔をした。

 「ちぇっ。せっかく勝負下着だったのに」

 「見せたかったのに……」

 何のために履いてきたんだ。


 風が止み、夕日が街をオレンジ色に染める。

 俺たちは四人で並んで家路についた。

 美咲のアドバイスを胸に、俺はホワイトデーの計画を練り始めた。

 モノではなく、時間を贈る。

 それぞれとのデートプランを考えるのは大変そうだが、彼女たちの笑顔が見られるなら、悪くないかもしれない。


 そう思った瞬間、またくしゃみが出た。

 「ハクション!」

 「順、鼻水出てるよー」

 「拭いて差し上げますわ」

 「……汚いです」


 春はもうすぐそこまで来ている。

 花粉と共に、新たな季節の予感が俺の鼻をくすぐっていた。


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