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第48章 バレンタインデー決戦、チョコは甘美な銃弾となって心臓を撃ち抜く

1.決戦の朝、下駄箱はパンドラの箱


 2月14日。

 聖バレンタインデー。

 世の男子学生が一年で最も期待と絶望の間を揺れ動く日。

 だが、俺、鷹井順にとって、今日は「防衛戦」の日である。


 朝、登校した俺は、自分の下駄箱の前で立ち尽くしていた。

 上履きが入らない。

 なぜなら、すでに先客チョコが満員電車のように詰め込まれているからだ。


「……マジか」


 包装紙の色も形も様々だ。

 クラスの女子からの義理チョコ、他クラスの知らない子からの本命(?)、そして明らかにオーラが違う「重厚な箱」が数個。

 俺はため息をつきながら、それらを紙袋に移し替えた。

 周囲の男子からの殺意の視線が痛い。

 「おい見ろよ、鷹井のやつ袋詰めしてるぞ」「業者か?」「爆発しろ」


 教室に入ると、机の上にも山ができていた。

 そして、その頂点に君臨するように、相沢里奈が座っていた(机の上に)。


「おはよ、順! 一番乗りだよ!」

 里奈が差し出したのは、巨大なハート型の箱だ。

 リボンが複雑に結ばれており、まるで封印された呪物のようだ。


「……おはよう、里奈。これ、何?」

「本命チョコ! 中身は……私の手作りトリュフと、愛のメッセージカード(巻物)だよ!」

「巻物!?」


 受け取るとずっしりと重い。

 「ありがとう。後で食べるよ」

 「今食べて! 感想聞きたい!」

 「朝からは無理だ!」


 そこへ、白樺乃愛が登校してきた。

 彼女の後ろには、執事がカートを押してついてきている。

 カートの上には、ウェディングケーキのような巨大な箱が鎮座していた。


「ごきげんよう、ご主人様。……ささやかですが、私からの気持ちですわ」

「ささやかじゃない! 物理的にデカい!」

「中には、世界中から取り寄せた最高級カカオのチョコと、別荘の権利書が入っております」

「だから不動産を贈るな!」


 朝から胃もたれしそうな展開だ。

 俺は大量のチョコを抱え、自分の席(窓際の聖域)に避難した。


2.昼休みの屋上、風紀委員長の秘密の呼び出し


 昼休み。

 俺は放送で呼び出された。

 『2年B組、鷹井順くん。至急、屋上へ来てください』

 放送主は鉄輪カンナ先輩だ。公共の電波を私物化している。


 屋上に行くと、先輩が一人でフェンスにもたれかかっていた。

 冬の風が彼女の長い黒髪を揺らしている。

 先輩は俺に気づくと、顔を真っ赤にして近づいてきた。


「……来てくれて、ありがとうございます」

「放送で呼ばれたら来るしかないですよ」

「……そうですね。権力を行使しました」


 先輩が背中に隠していた手を出す。

 小さな、シンプルな包み。

 里奈や乃愛のような派手さはない。だが、その慎ましさが逆に「本気」を感じさせる。


「これ……受け取ってください」

「ありがとうございます」


 受け取ると、先輩の手が俺の手に触れた。

 冷たい。ずっと待っていたのだろうか。


「中身は……普通のチョコです。変なものは入っていません」

 先輩が俯く。

「でも……私の『卒業後の連絡先』を入れておきました」


 ドキリとした。

 先輩は3年生。もうすぐ卒業だ。

 この連絡先を受け取ることは、卒業後も関係を続けるという意思表示になる。


「……鷹井くん。私、卒業しても……貴方の風紀を乱しに行ってもいいですか?」

「……えっ」

「つまり……デート、してくれますか?」


 真っ直ぐな告白。

 俺は言葉に詰まった。

 その時、屋上のドアがバンッ! と開いた。


「異議あり!!」

「抜け駆けは重罪ですわよ!!」


 里奈と乃愛だ。

 二人は息を切らして駆け寄ってきた。

 「順はまだ誰のものでもないもん!」「卒業前に囲い込もうなんて甘いですわ!」


 結局、屋上はいつもの修羅場と化した。

 だが、先輩のチョコを握りしめた俺の手のひらには、確かな熱が残っていた。


3.放課後の下校、アプリの『運命の選択』


 放課後。

 俺は大量のチョコを抱え、ヨロヨロと下校していた。

 総重量10kg超。筋トレだ。

 帰り道、公園のベンチで休憩していると、スマホが震えた。


『イベント:バレンタインデー・クライマックス』

『新機能:【運命の天秤ジャッジメント・スケール】』

『効果:受け取ったチョコの「愛の重さ」を物理的な数値として計測し、誰の想いが一番重いかを判定します』


 余計なお世話だ! 重いのはわかってる!

 だが、画面には数値が表示されていく。


 『相沢里奈:5000ラブ(熱量高め、糖度高め)』

 『白樺乃愛:5000ラブ(純度高め、依存度高め)』

 『鉄輪カンナ:5000ラブ(密度高め、将来性高め)』


 同点!?

 まさかの三つ巴だ。

 アプリですら優劣をつけられないほどの、重い愛。


 その時、目の前に影が落ちた。

 妹の美咲だ。

 彼女は学校帰りで、ランドセルを背負っている。


「……兄官殿。見苦しいですね」

「美咲……。助けてくれ、荷物が……」

「自業自得です。……ですが、輸送任務(荷物持ち)くらいは手伝ってあげます」


 美咲が俺の紙袋を一つ持ってくれる。

 そして、自分のポケットから、小さなチロルチョコを一つ取り出した。


「……これ。義理ですから」

 ポン、と俺の手に乗せる。

 コンビニで売っている10円のチョコ。

 だが、その裏には油性ペンで小さく『ずっと一緒』と書かれていた。


 アプリが反応する。

 『鷹井美咲:測定不能(エラー:家族愛か恋愛か判別できません)』


 俺はチロルチョコを握りしめ、苦笑した。

 一番軽くて、一番重いチョコかもしれない。


「……帰ろうか」

「はい。夕食はチョコフォンデュですよ。在庫処分(チョコ消費)のために」

「勘弁してくれ……」


 夕暮れの帰り道。

 俺の背中には大量のチョコが、心には消えない温もりが残っていた。

 バレンタインデーは終わる。

 だが、ホワイトデーという「お返し(決断)」の日が、一ヶ月後に待ち構えていることを、俺はまだ直視できずにいた。

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