第45章 除夜の鐘は煩悩の数だけ鳴り響き、こたつは愛のブラックホール
1.大掃除という名の発掘作業
12月31日、大晦日。
世間は年末ムード一色だが、鷹井家では戦争が勃発していた。
その名も「年末大掃除作戦」。
「兄官殿! 貴方の部屋はダンジョンですか!? この魔窟(ゴミ屋敷)を年内に浄化しない限り、年越しそばの配給はありません!」
美咲が俺の部屋のドアを開け放ち、仁王立ちで宣告した。
彼女は頭に三角巾、顔にはマスク、手にはハタキという完全武装スタイルだ。
「わかってるよ……やるよ」
俺は渋々ベッドから起き上がった。
机の上には積み上がったラノベ、床には散乱したゲームソフト、クローゼットには着ていない服が溢れている。
これを片付けるのは骨が折れる。
俺が途方に暮れていると、美咲がズカズカと部屋に入ってきた。
「効率が悪すぎます。私が指揮を執ります」
美咲は手際よくゴミ袋を広げ、俺の私物を分類し始めた。
「これは保存。これは廃棄。……これは?」
美咲が摘み上げたのは、俺が隠していた『美少女フィギュア(キャストオフ仕様)』の箱だった。
「あ、それは……芸術品だから保存で!」
「却下。猥褻物は没収(押入れの奥へ封印)します」
「やめろー! 俺の嫁を暗闇に閉じ込めるな!」
俺たちの攻防が続く中、インターホンが鳴った。
こんな年末に誰だ?
「お掃除のお手伝いに参りましたわ」
「順ー! 遊びに来たよー!(掃除する気なし)」
「……風紀委員として、環境美化の指導に来ました」
いつもの三人だ。
乃愛は割烹着姿(似合いすぎている)、里奈はジャージ姿、カンナ先輩は作業着姿。
彼女たちの乱入により、俺の部屋の掃除はさらにカオスと化した。
「あら、ご主人様。このアルバム、幼少期の写真ですわね? ……可愛い。スキャンしてデータ化しておきますわ」
「順の卒業文集見っけ! 『将来の夢:勇者』だって! ぷぷっ」
「鷹井くん……ベッドの下から怪しげな本(薄い本)が出てきました。検閲します」
プライバシーが侵害されまくる!
掃除が終わる頃には、俺の過去と性癖がすべて白日の下に晒されていた。
2.年越しそばとテレビのチャンネル争い
夜になり、全員でコタツを囲んで年越しそばを食べることになった。
美咲特製の海老天そばだ。
「いただきます!」
ズズズッ……。
暖かい出汁の香りと、柚子の風味が広がる。美味い。
「順、私の海老天あげる! その代わり、順の玉子ちょうだい!」
里奈が交換を持ちかけてくる。
「ご主人様、ネギが口についていますわ。……取って差し上げます」
乃愛が指で俺の唇を触る。
「鷹井くん、お汁が飛び跳ねないように……あぷっ」
カンナ先輩が熱い汁を啜ってむせている。
賑やかな食卓。テレビでは紅白歌合戦が流れている。
だが、ここで問題が発生した。
チャンネル権争いだ。
「ガキ使見ようよー! 笑って年越したいじゃん!」
里奈がリモコンを掴む。
「いいえ、クラシックコンサートを見るべきよ。第九を聴かないと年は越せませんわ」
乃愛が反対する。
「除夜の鐘の中継を見ましょう。心が洗われます」
先輩が主張する。
三つ巴の戦い。
俺は「アニメ特番が見たい」と言い出せずにいた。
その時、スマホが震えた。
『環境検知:年末の団欒』
『新機能:【ザッピング・ビジョン(多重放送)】』
『効果:テレビ画面を4分割し、全員が見たい番組を同時に表示します(音声はカオスになります)』
アプリが勝手にテレビをハッキングした!
画面が4つに割れる。
左上:お笑い芸人が尻を叩かれている。
右上:オーケストラが荘厳に演奏している。
左下:お坊さんが鐘を撞いている。
右下:魔法少女が変身している(俺の見たかったやつ)。
音声が混ざり合って地獄だ。
「アウトー!」「歓喜の歌よ~」「ゴーン……」「マジカル・スパーク!」
全員が頭を抱えた。
「何これ! 気持ち悪い!」
「ご主人様のテレビ、壊れていますわ!」
結局、テレビを消して静かに過ごすことになった。
3.除夜の鐘と煩悩退散
23時50分。
俺たちは近くの神社へ初詣に向かった。
雪がちらつく中、厚着をして歩く。
神社の境内には、除夜の鐘を撞くための行列ができていた。
「並びましょう。……108つの煩悩を払うのです」
カンナ先輩が提案する。
俺たちは列に並んだ。
俺の番が回ってきた。
鐘楼に立ち、撞木を握る。
「(来年こそは平穏な日々を……そして、ヒロインたちとの腐れ縁が切れますように……)」
そんな願い(煩悩)を込めて、鐘を撞いた。
ゴオォォォォン……。
重厚な音が夜空に響き渡る。
その瞬間、アプリが反応した。
『イベント検知:除夜の鐘』
『オートスキル:【煩悩増幅】』
『効果:鐘の音を聞いたヒロインたちの「貴方への執着心(煩悩)」を一時的に浄化……するどころか、逆に増幅させます』
逆効果かよ!
鐘の音を聞いた三人の様子がおかしい。
目が据わっている。
「……鐘の音を聞いたら、急に順のことが欲しくなっちゃった」
里奈が俺の腕に抱きつく。
「……この音は、結婚式の鐘の音に聞こえますわ。今すぐ籍を入れましょう」
乃愛が俺の反対側の腕を掴む。
「……煩悩が消えません。むしろ、鷹井くんへの邪念が溢れてきます……」
先輩が俺の背中に顔を埋める。
神社の境内で、俺は煩悩の塊たちに包囲された。
周囲の参拝客が「あらあら、若い人は元気ねえ」と生温かい目で見ている。
4.カウントダウンと新年の誓い
「5、4、3、2、1……」
境内全体でカウントダウンが始まる。
「ハッピーニューイヤー!!」
年が明けた瞬間、俺は三方向から同時にキスをされた(頬に)。
「あけおめ順! 今年もよろしくね!」
「あけましておめでとうございます、ご主人様。今年も貴方を管理させていただきますわ」
「新年おめでとうございます。……今年も指導させてください」
俺は苦笑いしながら「今年もよろしく」と返した。
逃げられないなら、楽しむしかない。それが俺の出した結論(諦め)だった。
ふと、少し離れたところにいた美咲を見た。
彼女はお守り売り場の前で、静かに手を合わせていた。
何を祈っているのだろう。
俺が近づくと、美咲は気づいて振り返った。
「……あけましておめでとうございます、兄官殿」
「ああ。何を祈ってたんだ?」
「……世界平和と、兄の貞操保護です」
「嘘つけ」
美咲は小さく笑って、俺に一つのお守りを渡した。
「『厄除け』です。……今年も、私が守ってあげますから」
その言葉は、いつもの軍曹口調ではなく、ただの妹としての、あるいはそれ以上の優しさがこもっていた。
俺は美咲の頭を撫でた。
「ありがとな。……今年も頼むよ」
新年の空に、初日の出が昇り始めていた。
俺の高校生活の2年目も、きっと波乱万丈になるだろう。
だが、この騒がしくも温かい日常が、俺にとってかけがえのないものになりつつあることを、俺は認め始めていた。
スマホの画面には、
『New Year Event Start!』
『今年も貴方の「愛」を観測し続けます。開発者Aより』
というメッセージが表示されていた。
俺はスマホをポケットにしまい、四人と共に新しい年の光の中へ歩き出した。




