第44章 聖夜のパーティーは愛とケーキと時限爆弾の味がする
1.イブの朝、雪に埋もれた決意
12月24日。
ホワイトクリスマスになるという予報通り、朝から窓の外は一面の銀世界だった。
俺、鷹井順は、いつもより早く目を覚ました。
今日はいよいよ、俺の家でのクリスマスパーティーの日だ。
リビングに降りると、妹の美咲がすでに起きていた。
エプロンをつけ、キッチンで忙しそうに動いている。
テーブルの上には、昨日みんなで買い出しに行った飾り付けが広げられている。
「……おはよう、兄官殿」
「おはよう、美咲。早いな」
「迎撃準備(パーティーの支度)には時間がかかりますから。……それに、今日は特別な日ですし」
美咲が少し顔を赤らめて背を向ける。
手にはスポンジケーキの型を持っている。手作りケーキを作るつもりらしい。
普段の「軍曹キャラ」を捨てて、今日は「妹キャラ」全開で行くつもりなのかもしれない。
「手伝うよ」
「結構です。兄官殿は部屋の掃除でもしていてください。……あの女狐たちが土足で踏み込んでくる前に、防衛ラインを構築しておかないと」
美咲の言葉には棘があるが、声色はどこか楽しげだ。
俺は苦笑いしながら自室に戻り、散乱していたラノベやゲーム機を片付け始めた。
今日だけは、二次元の彼女たちにはお休みしてもらおう。三次元の彼女たちが襲来するのだから。
2.ヒロインたちの来訪とプレゼント攻勢
午後4時。
外が薄暗くなり始めた頃、インターホンが鳴った。
ピンポーン! ピンポーン!
連打されている。誰だかわかる。
ドアを開けると、そこにはサンタのコスプレをした三人が立っていた。
「メリークリスマース! 順、待たせたね!」
相沢里奈は、先日買ったミニスカサンタ衣装だ。白いファーがついた赤いワンピースから、健康的な太ももが覗いている。寒くないのか。
「ごきげんよう、ご主人様。……聖夜の奇跡をお届けに参りました」
白樺乃愛は、ロングドレス風のサンタ衣装。スリットが深く入っており、歩くたびに白い足が見え隠れする。頭にはトナカイのカチューシャ(俺が選んだやつ)をつけているのがあざとい。
「お、お邪魔します……。その、変じゃないですか?」
鉄輪カンナ先輩は、ケープ付きの清楚なサンタ服。だが、スカート丈は校則ギリギリを攻めている。眼鏡を外してコンタクトにしているのが、本気度を感じさせる。
「みんな、似合ってるよ。入って」
俺が褒めると、三人はパァッと笑顔になり、リビングになだれ込んだ。
「わあ、飾り付け可愛い! 美咲ちゃんがやったの?」
「……兄官殿の指示です」
美咲がツンとして答えるが、褒められて嬉しそうだ。
そして、恒例のプレゼント交換タイム。
まずは里奈から。
「はい順! 私からはこれ!」
渡されたのは、手編みのマフラーだった。
「……編み目ボロボロだけど、頑張ったんだからね! 毎日使ってよ!」
「ありがとう。大事にするよ」
不器用な里奈が、指に絆創膏を貼りながら編んだ姿が目に浮かぶ。
次に乃愛。
「ご主人様にはこちらを」
小さなベルベットの箱。開けると、銀色の鍵が入っていた。
「……何の鍵だ?」
「軽井沢の別荘の合鍵よ。いつでも逃避行できるようにね」
「重い! 不動産を贈るな!」
最後にカンナ先輩。
「私からは……実用的なものを」
包みを開けると、高級万年筆だった。
「大学に行っても使えるように……。そして、私への手紙を書いてほしいなって……」
先輩がモジモジしながら言う。
この中で一番重いかもしれない。
俺からは、それぞれの好みに合わせた小物(里奈にはアクセサリー、乃愛には紅茶セット、先輩にはブックカバー)を渡した。
三人はそれを胸に抱きしめ、うっとりとした表情で俺を見つめた。
「一生の宝物にする!」「墓まで持っていきますわ」「家宝に認定します」
3.パーティーの喧騒とアプリの『聖夜モード』
パーティーが始まった。
美咲の手作り料理(チキン、グラタン、サラダ)が並ぶ。どれもプロ並みの味だ。
乃愛が持参したノンアルコールシャンパンで乾杯する。
「順、あーんしてあげる!」
「ご主人様、口元のソースを拭いて差し上げます」
「鷹井くん、お野菜も食べないとダメですよ?」
俺の周りは常に騒がしい。
だが、不思議と嫌じゃなかった。
一年前のクリスマスは、一人でコンビニチキンを食べていた。それが今は、こんなに賑やかだ。
アプリのおかげで人生が狂ったと思っていたが、もしかしたら、彩りを与えてくれたのかもしれない。
そう思った矢先、スマホが震えた。
『イベント検知:クリスマスパーティー』
『新機能:【聖夜の奇跡】』
『効果:ユーザーの願望を具現化し、一時的に「理想のクリスマス」を演出します』
願望? 俺の?
俺の理想のクリスマスって……「みんなで仲良く、トラブルなく過ごすこと」だ。
そう念じた瞬間、部屋の照明がフッと落ち、キャンドルの光だけが灯った。
BGMが静かなオルゴール調に変わる。
「……あれ? 停電?」
「いいえ、ロマンチックですわ……」
アプリの効果か、ヒロインたちの喧騒が収まり、穏やかな空気が流れた。
里奈が俺の肩に寄りかかる。
乃愛が俺の手を握る。
先輩が俺の膝に手を置く。
美咲が背中合わせに座る。
誰も争わない。誰も抜け駆けしない。
ただ静かに、雪の降る夜を共有している。
これは奇跡だ。
俺は心の中でアプリに感謝した。初めて。
4.王様ゲームの悲劇と美咲の爆弾発言
しかし、奇跡は長く続かないのが世の常だ。
ケーキを食べ終わった後、里奈が提案した。
「ねえ、王様ゲームやろうよ!」
「却下だ! ろくなことにならない!」
「えー、クリスマスだよ? 無礼講じゃん!」
多数決(女子全員賛成)で可決された。
割り箸で作ったくじを引く。
1回戦。王様は……乃愛。
「ふふっ。では、2番(里奈)と3番(先輩)は、ご主人様(順)の頬にキスをしなさい」
「えっ!?」
「きゃあ!」
俺は左右から同時にキスをされた。柔らかい感触。心拍数が跳ね上がる。
2回戦。王様は……里奈。
「4番(順)は、私をお姫様抱っこしてスクワット10回!」
「鬼か! 重い!」
「レディーに重いなんて失礼!」
3回戦。王様は……美咲。
美咲は無表情でくじを見た。
「……1番(順)は、5番(美咲)の命令を一つだけ聞くこと」
「何だよ、命令って」
美咲が立ち上がり、俺の前に来た。
彼女は皆の前で、静かに言った。
「……お兄ちゃん。私のことを、『妹』としてじゃなく、一人の『女の子』として見てください。……今夜だけでいいから」
部屋の空気が凍りついた。
里奈も乃愛も先輩も、息を呑んで美咲を見ている。
美咲の瞳は真剣だった。潤んで、揺れている。
「……美咲?」
「命令です。……キス、してください」
美咲が目を閉じて顔を上げる。
これはゲームの命令だ。断ればルール違反。
だが、兄妹でキスなんて……。
しかも、みんなが見ている前で。
俺が躊躇していると、美咲の目から涙がこぼれた。
「……やっぱり、無理ですか? 私は……ただの妹ですか?」
その涙を見た瞬間、俺の理性が揺らいだ。
アプリの力じゃない。俺自身の感情だ。
俺はゆっくりと美咲に近づき――
――ピンポーン!
チャイムが鳴った。
絶妙すぎるタイミングで。
「……宅配便でーす! クリスマスケーキのお届けでーす!」
空気が霧散した。
美咲がハッとして離れる。
俺たちは救われたような、残念なような、複雑な気持ちで玄関へ向かった。
届いたのは、両親からのサプライズケーキだった。
海外からの冷凍便。
「メリークリスマス、順、美咲。仲良くね」というメッセージカード付き。
俺たちは顔を見合わせて、吹き出した。
「……タイミング悪すぎだよ、お父さん」
「仲良くね、か……。十分仲良いわよね、私たち」
「……ですね」
気まずさは消え、再び賑やかなパーティーが再開された。
だが、美咲だけは少し顔を赤くして、俺と目を合わせようとしなかった。
深夜、全員が帰った後。
俺は片付けをしながら、美咲に声をかけた。
「……美咲。さっきの命令、まだ有効か?」
「……無効です。時効です」
美咲は背を向けたまま答えた。
「でも……来年は、もっとすごい命令をしますから。覚悟しておいてください」
美咲が部屋に戻っていく。
俺は一人、静かになったリビングで、窓の外の雪を見つめた。
聖夜の奇跡は、俺たちの関係を少しだけ、でも確実に変えてしまったようだ。
スマホの画面には、
『イベントクリア:聖夜の誓い』
『次のイベントまで、日常をお楽しみください』
という文字が浮かんでいた。




