第43章 進路調査票は未来への地図、それとも愛の婚姻届?
1.期末テストの結果と、赤点の脅威(回避)
12月中旬。
二学期の期末テストが終わり、今日は運命の結果発表日だ。
教室の掲示板に貼り出された順位表の前には、生徒たちの人だかりができていた。
俺、鷹井順は、人混みを避けて自分の席で小さくなっていた。
今回のテストは自信がなかった。
勉強合宿(第38章)は足相撲大会と化し、直前の追い込みも「コタツムリ」の誘惑に負けた。
赤点を取れば、クリスマスも冬休みも補習で潰れる。それだけは避けたい。
「……鷹井くん、見た?」
前の席の相沢里奈が振り返った。彼女の手には個票(成績表)が握られている。
「いや、怖くて見てない」
「ふふっ、私ね……英語、クラス3位だったよ!」
「マジか! すごいじゃん」
里奈がVサインをする。
彼女は意外と要領が良いのだ。勉強していないように見えて、実は裏で努力しているタイプなのかもしれない。
そこへ、白樺乃愛が優雅に戻ってきた。
「ご主人様。……朗報と悲報、どちらから聞きたい?」
「えっ、悲報から……」
「悲報は、私が学年1位を取り逃がしたことよ(2位だった)。屈辱だわ」
「十分すごいよ! で、朗報は?」
「ご主人様の順位よ。……なんと、クラス平均のド真ん中。赤点はゼロですわ」
俺はガッツポーズをした。
「よっしゃあああ! 奇跡だ!」
あのカオスな勉強合宿も、無駄ではなかったらしい。乃愛や里奈のスパルタ指導が、俺の脳に知識を刻み込んでいたのだ。
「よかったね、順! これでクリスマスパーティーできるね!」
「ええ。心置きなく楽しめますわ」
二人が笑顔を見せる。
俺も安堵のため息をついた。これで冬休みは安泰だ。
……そう思っていたのだが。
2.三者面談と「お母さん」たちの代理戦争
放課後。
今日は三者面談の日でもあった。
俺の両親は海外出張中で来られないため、担任の田中先生と二人での面談……のはずだった。
ガラッ。
教室のドアを開けると、そこには信じられない光景があった。
田中先生の前に座る俺の席。その両隣に、パイプ椅子が二つ追加されている。
そしてそこに座っているのは――
「ごきげんよう、先生。鷹井順の『保護者代理』として参りました、白樺です」
「こんにちはー! 同じく『将来のパートナー(仮)』として来ました、相沢です!」
乃愛と里奈だ。
乃愛はシックなスーツを着て、眼鏡をかけた「教育ママ」風。
里奈はエプロンをつけた「若妻」風のコスプレ(どこで着替えた?)をしている。
「……お前ら、何してんだ」
俺が呆然とすると、田中先生が死んだ魚のような目で言った。
「鷹井……お前の家庭環境はどうなってるんだ? 彼女たちが『どうしても』と言うから入れたが……」
「先生、追い出してくださいよ!」
「無理だ。白樺の家の力が怖すぎる(寄付金的な意味で)」
結局、四者面談が始まった。
「えー、鷹井の成績だが……今回は頑張ったな。だが、進路希望調査票が白紙だぞ。将来何になりたいんだ?」
先生が俺の調査票を指差す。
俺は答えに窮した。
「……特にないです。平穏に暮らせれば」
「あら、先生。順くんの将来は決まっていますわ」
乃愛が割り込む。
「白樺グループの婿養子に入り、専業主夫として私を支える。……完璧なプランですわ」
乃愛が分厚いファイル(人生設計書)を先生に渡す。
『30歳:別荘建築』『40歳:世界一周クルーズ』……具体的すぎる!
「ちょっと乃愛! 勝手に決めないでよ!」
里奈が抗議する。
「順は私と一緒にパン屋さんをやるの! 『愛のベーカリー』って名前で、二人で早起きしてパンを焼くんだから!」
里奈がスケッチブックを見せる。
『店長:順、看板娘:里奈』のイラストが描かれている。
「……お前ら、俺の意志は?」
「「愛があれば関係ないでしょ?」」
二人の圧力がすごい。
田中先生は頭を抱えている。
「……鷹井。お前、愛されてるな。だが、進路は自分で決めろよ。……あと、女性関係は清算しておけ。刺されるぞ」
先生の忠告が一番リアルで怖かった。
3.アプリ機能『未来予想図』
面談を終え、廊下に出ると、俺はぐったりしていた。
未来の話なんて、まだ考えたくない。
今の楽しい(騒がしい)時間がずっと続けばいいのに、と思ってしまう自分もいる。
その時、スマホが震えた。
『イベント検知:進路選択』
『新機能:【未来予想図】』
『効果:選択肢に応じた「未来の可能性」をシミュレーション映像として表示します』
また余計な機能を。
だが、少し気になる。
俺は画面をタップした。
『ルートA:白樺乃愛と結婚した場合』
映像が流れる。
豪華なシャンデリアの下、タキシードを着た俺。隣にはウェディングドレスの乃愛。
幸せそうだ。
だが、次のシーン。
俺の首には「純金の首輪」がつけられ、足には「GPS付きの足枷」が。
乃愛が微笑む。
「ご主人様、一生ここ(地下牢)から出さないわ……愛しているもの」
→ 『監禁エンド』
ヒィッ!
『ルートB:相沢里奈と結婚した場合』
映像が変わる。
小さなパン屋。エプロン姿の俺と里奈。
「いらっしゃいませー!」
平和だ。
だが、客の女性と俺が少し話しただけで、里奈の目がハイライトを失う。
その夜、パン生地に「謎の粉末」を混ぜる里奈。
「順は私だけのもの……他の女を見る目は潰しちゃおうかな……」
→ 『ヤンデレ覚醒エンド』
どっちもバッドエンドじゃねーか!
俺はスマホを投げ捨てたくなった。
カンナ先輩ルートや美咲ルートも気になったが、怖くて見れない。
4.雪の屋上と鉄輪カンナの告白(進路編)
気分転換に屋上へ行った。
空からは粉雪が舞い落ちていた。
フェンス越しに、鉄輪カンナ先輩が一人で立っていた。
「……先輩?」
「あ、鷹井くん」
先輩が振り返る。
彼女の表情は、いつもの凛としたものではなく、どこか儚げだった。
「……面談、終わりましたか?」
「はい。カオスでしたけど」
「ふふっ、目に浮かびます」
先輩は遠くの街並みを見つめたまま言った。
「私ね……進路、決めたんです」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。……第一志望の大学に、推薦が決まりました」
それはおめでたいことだ。先輩なら当然だろう。
だが、先輩の声は沈んでいた。
「大学に行けば……ここ(高校)にはもう来られません。……鷹井くんとも、会えなくなりますね」
ドキリとした。
そうだ。先輩は3年生だ。あと数ヶ月で卒業してしまう。
今まで当たり前のように一緒にいたけれど、それは永遠ではないのだ。
「……寂しいですか?」
俺が聞くと、先輩は顔を赤らめて俯いた。
「……はい。すごく」
先輩が俺の方を向く。
その瞳には涙が光っていた。
「鷹井くん。……私、卒業するまでにもっと……思い出を作りたいです。風紀委員としてではなく……一人の女の子として」
先輩の手が、俺の袖を掴む。
アプリの【赤い糸】が見える。
先輩の小指から伸びる透明な糸が、今は柔らかく解けて、俺の小指に優しく絡まっていた。
「……クリスマス。一緒に過ごしてくれませんか?」
それは、実質的な告白だった。
里奈や乃愛のような強引さはない。けれど、痛いほど真っ直ぐな想い。
俺は言葉に詰まった。
ここで「はい」と言えば、俺は先輩を選んだことになる。
だが、断ることもできなかった。彼女の涙を見てしまったから。
「……みんなで、パーティーしましょう。俺の家で」
それが、今の俺に出せる精一杯の答えだった。
逃げかもしれない。でも、誰か一人を選ぶ勇気はまだない。
先輩は少し驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。
「……はい。みんなで、楽しみましょうね」
雪が強くなってきた。
俺たちは並んで屋上を後にした。
冷たい風の中で、先輩の肩が少し震えているのを、俺は見て見ぬふりをした。
もし抱きしめていたら、未来は変わっていただろうか。
アプリの『未来予想図』には描かれていなかった「ルートC」の可能性を、俺は感じていた。




