第42章 師走の街角はイルミネーションと恋の迷路
1.日常への帰還と、コタツムリの進化
修学旅行という非日常の熱狂から数日が過ぎ、俺、鷹井順は再び平穏(?)な日常へと戻ってきた。
カレンダーは12月を指し示し、街はクリスマスの装飾で彩られ始めている。
だが、俺にとっての聖域は、やはり自宅のリビングにあるコタツの中だった。
「……寒い。出たくない」
休日の朝。俺はコタツに首まで潜り込み、ミノムシならぬコタツムリと化していた。
窓の外は灰色の冬空。木枯らしが窓ガラスをガタガタと揺らしている。
こんな日は、溜まった録画アニメを消化しつつ、みかんを食べて一生を終えたい。
しかし、俺の平穏は常に脅かされる運命にある。
足元で何かが動いた。
モゾモゾ。
飼い猫か? いや、うちはペット禁止だ。
恐る恐る布団をめくると、そこには――
「……おはようございます、兄官殿」
妹の美咲がいた。
彼女はパジャマ姿のまま、俺の足元で丸くなっていたのだ。
手には携帯ゲーム機を持っている。
「み、美咲!? いつからそこに!?」
「兄官殿が起きる30分前からです。……ここの暖房効率が一番良いと判断しました」
「自分の部屋でやれよ!」
「拒否します。……兄官殿の足は、適度な弾力と体温があり、最高のフットレストですので」
美咲は無表情のまま、俺のふくらはぎに頬ずりをした。
最近、彼女のブラコン(軍曹キャラの裏にある甘えん坊)が加速している気がする。修学旅行の夜の「秘密の会話」以来、距離感がバグっているのだ。
その時、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
モニターを見るまでもない。このタイミングで来るのは、あの三人しかいない。
2.クリスマス・ショッピングという名の戦場
「順ー! 買い物行こー!」
「ご主人様、パーティーの準備が必要ですわ」
「鷹井くん……サンタ服の試着に付き合ってください(小声)」
案の定、相沢里奈、白樺乃愛、鉄輪カンナ先輩が押しかけてきた。
彼女たちの目的は「クリスマスパーティーの買い出し」。
俺の家でパーティーをすることが、いつの間にか決定事項になっていたらしい。
俺は美咲(不機嫌そうについてきた)と共に、駅前のショッピングモールへ連行された。
店内は『ジングルベル』のBGMが流れ、赤と緑の装飾で溢れかえっている。
カップルだらけだ。爆発しろ。
「まずは飾り付けね!」
里奈が100円ショップの装飾コーナーへ突撃する。
「順、このトナカイの角、つけてみて!」
彼女が持ってきたのは、カチューシャ型のトナカイの角だ。
「嫌だよ。子供じゃあるまいし」
「いいじゃん! 私がサンタ帽かぶるから、セットだよ!」
里奈が強引にカチューシャをつけてくる。
鏡を見ると、そこには死んだ魚のような目をしたトナカイ(俺)と、満面の笑みのサンタ(里奈)が映っていた。
「写真撮ろー! イエーイ!」
パシャッ。
里奈のスマホに、俺の黒歴史がまた一つ保存された。
次は乃愛だ。彼女は高級食材コーナーへ向かった。
「ケーキは予約済み(有名パティシエの特注)ですが、シャンパン……いえ、シャンメリーは必要ですわね」
乃愛が手に取ったのは、金箔入りの高級ノンアルコールスパークリング。
「ご主人様、グラスもバカラにしましょうか?」
「紙コップでいいよ! 割ったら怖いから!」
「あら、割れたら新しいのを買えばいいだけよ(財力)。……それとも、私の口から直接飲むのがお好み?」
乃愛が妖しく微笑む。周囲の主婦たちが「あらやだ」とヒソヒソしている。
カンナ先輩は、コスプレコーナーで立ち止まっていた。
「……鷹井くん。風紀委員として、健全なパーティ衣装を選ぶ必要があります」
先輩が手にしているのは、『マイクロビキニ・サンタ』と書かれたパッケージ。
「先輩、それ全然健全じゃないです! 露出度90%ですよ!」
「えっ? でも『彼氏を喜ばせる鉄板』って書いてありますよ?」
「ネットの情報を鵜呑みにしないでください!」
先輩は真面目な顔で「じゃあこっちの『拘束衣風サンタ』は?」とさらにヤバいものを提案してくる。
俺は全力で止めた。最終的に、無難なロングスカートのサンタ服に落ち着いた。
3.アプリ新機能『スノー・マジック(雪の幻覚)』
買い物を終え、外に出ると、空から白いものがチラついてきた。
雪だ。
ホワイトクリスマスにはまだ早いが、ロマンチックな演出としては十分すぎる。
「わあ、雪だ!」
里奈が手を伸ばす。
「美しいですわね……。まるで私たちの愛を祝福しているようですわ」
乃愛がポエムを詠む。
その時、俺のポケットのスマホが震えた。
『環境検知:初雪』
『新機能:【スノー・マジック(雪の幻覚)】』
『効果:周囲の雪を、ユーザーとヒロインたちの目には「ハート型の結晶」に見えるように補正します。さらに、寒さを「心地よい温もり」に変換する錯覚を与えます』
余計なことを!
俺の視界が一変した。
空から降ってくる雪が、すべてピンク色のハート型に見える。
しかも、肌に触れても冷たくない。じんわりと温かいのだ。
気持ち悪い! 物理法則はどうなってるんだ!
「……きれい」
ヒロインたちの目にも同じ幻覚が見えているらしい。
彼女たちはうっとりとした表情で空を見上げている。
「ねえ順。……この雪、甘い味がしそう」
里奈が舌を出して雪を受け止める。
「……本当だわ。綿あめみたい」
乃愛も真似をする。
そして、カンナ先輩が俺の方を向いた。
彼女の肩や髪に、ピンクのハートが降り積もっている。
幻想的で、悔しいけれど美しいと思ってしまった。
「鷹井くん。……寒くないですか?」
先輩がそっと俺の手を握る。
彼女の手は温かかった。アプリの錯覚なのか、本物の体温なのかわからない。
「……大丈夫です。先輩こそ」
「私は平気です。……鷹井くんがいるから」
先輩が恥ずかしそうに微笑む。
その瞬間、俺の心臓がドクリと跳ねた。
アプリの効果だけじゃない。
彼女たちの純粋な好意が、俺の心の防壁(ATフィールド)を少しずつ溶かしているのかもしれない。
4.美咲の反乱とイルミネーションの下で
いい雰囲気になりかけたその時。
ドスッ。
背中に雪玉がぶつけられた。
振り返ると、美咲が冷ややかな目で雪玉を握りしめていた。
「……兄官殿。浮かれている場合ですか」
「み、美咲? 痛いぞ」
「痛みで目を覚ましてください。……このままでは、兄官殿が『リア充』という堕落の道へ落ちてしまいます」
美咲は俺の手を引き、ヒロインたちから引き剥がした。
「帰りますよ。……コタツが冷めてしまいます」
美咲が早足で歩き出す。
その背中は少し寂しそうに見えた。
彼女もまた、この関係性の変化に戸惑っているのかもしれない。
帰り道、街路樹のイルミネーションが点灯した。
光のトンネルの下を歩く俺たち5人。
里奈と乃愛と先輩は楽しそうにお喋りしている。
美咲は俺の袖を掴んで無言で歩いている。
俺はふと思った。
この冬が終われば、俺たちは3年生になる(先輩は卒業してしまう)。
この奇妙で騒がしい関係も、いつかは終わりが来るのだろうか。
そう思うと、少しだけ胸が締め付けられるような気がした。
スマホの画面には、
『クリスマスイベントまで、あと×日』
というカウントダウンが表示されていた。
その数字がゼロになる時、俺は何かを選ばなければならないのだろうか。
雪はまだ降り続いていた。
ハート型の雪が、俺の手のひらで溶けて消えた。




