第41章 恋はジェットコースター、そして観覧車の中で閉ざされる世界
1.開戦の朝、ユニバーサル・シティ駅にて
修学旅行3日目。
京都の古風な静寂から一転、俺たちは大阪の喧騒の中にいた。
ユニバーサル・シティ駅に降り立つと、そこはすでに夢の国への入り口だった。カラフルな看板、ポップな音楽、そして浮かれた観光客たちの熱気。
だが、俺、鷹井順の周囲だけは、ピリピリとした緊張感が漂っていた。
「……時間厳守よ、ご主人様。午前中は私の時間ですものね」
白樺乃愛が腕時計を見ながら告げる。
今日の彼女は、テーマパークに似つかわしくないほど気合が入っていた。
白いブラウスに、ワインレッドのフレアスカート。上にはトレンチコートを羽織り、足元は歩きやすさを考慮しつつもエレガントなショートブーツ。
まさに「完璧なデート服」だ。その美貌に、すれ違う人々が振り返る。
「わかってるよ。13時までは白樺さんと一緒だ」
「ふふっ。楽しみにしていてね。……ご主人様を夢の世界へご案内するわ」
乃愛が俺の腕を絡め取る。
その横で、相沢里奈が頬を膨らませていた。
彼女は対照的に、動きやすいデニムのショートパンツに、USJのキャラクターパーカー(既に着ている)という、ガチ勢スタイルだ。
「むー。13時になったら即回収するからね! 1分でも遅れたら罰ゲームだから!」
「わかったって。じゃあな」
里奈と(そしてなぜか警備員風の格好をしたカンナ先輩と)別れ、俺と乃愛はゲートをくぐった。
2.午前:白樺乃愛との優雅なる(?)逃避行
「まずは……ここよ」
乃愛が案内したのは、『ハリー・ポッター』エリアだった。
聳え立つホグワーツ城。雪を頂いた屋根。魔法界の街並み。
その再現度の高さに、俺も思わず感嘆の声を漏らした。
「すげえ……本物みたいだ」
「でしょう? 私、ここが大好きなの。……魔法で何でも思い通りになる世界なんて、素敵じゃない?」
乃愛が杖を購入し、ショーウィンドウの前で呪文を唱える。
『ウィンガーディアム・レビオーサ!』
彼女の杖に合わせて、ウィンドウの中の羽根が浮き上がる。
子供のように無邪気な笑顔を見せる乃愛。普段の冷徹な「氷姫」とは別人のようだ。
「ご主人様もやってみて?」
彼女に杖を渡され、俺も呪文を唱える。
しかし、俺の杖からは何も起きない。
「あれ? 才能ないのかな……」
「ふふっ、コツがあるのよ。……貸して」
乃愛が俺の背後に回り込み、俺の手を包み込むように杖を握った。
彼女の体温が背中に伝わる。吐息が耳にかかる。
「手首を柔らかく……こうよ」
二人羽織のような体勢で、再度杖を振る。
今度は羽根がふわリと浮いた。
「できた! すごいな!」
「ええ。……二人でなら、魔法だって起こせるのよ」
乃愛が俺の耳元で囁く。その声には、単なるアトラクション以上の意味が込められているように聞こえた。
その後、俺たちは城内のライド・アトラクションに乗った。
激しい動きと映像に合わせて、箒で空を飛んでいるような感覚。
乃愛は怖がるどころか、俺の手をギュッと握りしめ、楽しそうに笑っていた。
「ご主人様と空を飛ぶなんて……アラジンみたいね」
「いや、これ箒だけどな」
アトラクションを出た後、バタービールで乾杯した。
乃愛の唇に白い泡がつく。ベタな展開だ。
「……ついてるぞ」
「取ってくださる?」
彼女は顔を近づけて目を閉じる。
俺はため息をつき、指で拭ってやった。
「もう……自分でやれよ」
「ご主人様の手でされるのがいいのよ」
乃愛との時間は、予想以上に穏やかで、そして甘美だった。
彼女の独占欲や支配欲も、この非日常空間の中では「可愛らしいわがまま」のように感じられる。
アプリの【赤い糸】が見えていなければ、俺も本気で彼女に惹かれていたかもしれない。
そう思わせるほど、今日の乃愛は魅力的だった。
3.午後:相沢里奈との全力疾走デート
13時ジャスト。
待ち合わせ場所の地球儀の前で、選手交代が行われた。
「はい終了ー! ここからは私のターン!」
里奈が乃愛から俺をひったくる。
「……チッ。いい雰囲気だったのに。……ご主人様、夜に感想戦をしましょうね」
乃愛は不満げに去っていった。
「さあ順! 行くよ!」
里奈は俺の手を引き、猛ダッシュで駆け出した。
彼女が選んだのは、『フライング・ダイナソー』。絶叫マシンだ。
「うわあああ! 無理無理! 俺は絶叫系ダメなんだ!」
「大丈夫! 怖かったら私が守ってあげるから!」
無理やり乗せられたコースター。
体中が宙に浮き、重力に振り回される。
俺が「死ぬー!」と叫んでいる隣で、里奈は「ヒャッハー!」と両手を上げて叫んでいた。
たくましい。
降りた後、フラフラの俺を里奈が介抱してくれた。
「ごめんごめん、やりすぎた? ……お水飲む?」
彼女は自分のペットボトルを差し出す。
「……ありがとう」
俺が一口飲むと、里奈はニヒヒと笑った。
「間接キス、ゲットだぜ☆」
こいつ、確信犯だ。
その後は、ミニオン・パークでハチャメチャな騒ぎに巻き込まれたり、ジュラシック・パークで恐竜に追いかけられたり(水濡れゾーンでずぶ濡れになった)、とにかくアクティブに動き回った。
里奈との時間は、乃愛とは対照的に「友達のような距離感」で、気を遣わずに楽しめる。
昔のようにバカ笑いし合える関係。
だが、ふとした瞬間に見せる彼女の真剣な眼差しに、俺はドキリとさせられる。
「順。……楽しい?」
ベンチでチュロスを食べている時、里奈が聞いてきた。
「ああ。……疲れたけど、楽しいよ」
「そっか。……よかった」
里奈が俺の肩に頭を乗せる。
「私ね、順とこうやって笑い合えるのが一番幸せなんだ。……だから、もう二度と離れたくないな」
彼女のピンクの糸が、優しく点滅しているのが見えた。
4.アプリの暴走:ゾンビ・パニック
夕方になり、パーク内が怪しげな雰囲気に包まれ始めた。
ハロウィンイベントの一環、『ホラー・ナイト』の時間だ。
通りにゾンビの格好をしたキャストたちが溢れ出す。
「キャー! ゾンビ来たー!」
里奈が俺に抱きつく。
俺も少しビビりながら歩いていると、スマホが震えた。
『環境検知:ゾンビ発生』
『新機能:【リアル・バイオハザード(幻覚モード)】』
『効果:周囲のゾンビキャストを、ユーザーの目には「本物のゾンビ」に見えるよう補正します。恐怖倍増!』
やめろ!
俺の視界が変わる。
メイクだけのキャストが、腐乱した皮膚、欠損した四肢、うめき声を上げる「ガチのゾンビ」に見え始めた。
しかも、アプリの演出でBGMまでホラー映画仕様になっている。
「うわあああ! 本物だ! 逃げろ里奈!」
「えっ? 順、そんなに怖いの?」
里奈にはただのイベントに見えている。温度差がすごい。
俺はパニックになり、里奈の手を引いて逃げ回った。
その時、前方からチェーンソーを持った巨漢ゾンビ(に見えるキャスト)が現れた。
「グオオオオ!」
絶体絶命!
その瞬間。
ヒュンッ!
何かが飛んできて、ゾンビの顔面に直撃した。
『ハリセン』だ。
「そこまでです! 風紀を乱す徘徊行為は禁止です!」
鉄輪カンナ先輩だ!
彼女はどこから調達したのか、巨大なハリセンを二刀流で構え、ゾンビたちをなぎ倒していく(実際は優しくペシッと叩いているだけだが)。
「た、助かった……先輩!」
「鷹井くん! 無事ですか!? ……この町は汚染されています(風紀的に)。私が退路を確保します!」
先輩が無双する後ろをついていき、なんとか安全地帯へ脱出した。
5.観覧車の密室と決断の時
夜。閉園間際。
俺たちは合流し、最後の思い出として、パーク外にある大観覧車に乗ることにした。
ジャンケンの結果、俺、乃愛、里奈、カンナ先輩の4人で一つのゴンドラに乗ることになった。定員ギリギリだ。
ゴンドラがゆっくりと上昇していく。
窓の外には、大阪の夜景と、ライトアップされたUSJが一望できる。
美しい。
だが、ゴンドラの中は静まり返っていた。
頂上に近づいた時、乃愛が口を開いた。
「……ご主人様。今日のデート、どちらが楽しかった?」
乃愛と里奈が俺を見つめる。
カンナ先輩も固唾を飲んでいる。
究極の選択だ。
乃愛との優雅な時間。里奈との楽しい時間。
どちらも捨てがたい。どちらかを選べば、もう片方を傷つけることになる。
俺は夜景を見つめながら、言葉を探した。
その時、アプリが反応した。
『選択の時が来ました』
『機能:【トゥルー・アンサー(本音代弁)】』
『使用しますか?』
俺は迷わず「NO」を押した。
自分の言葉で伝えたい。
俺は深呼吸をして、三人に言った。
「……どっちも、楽しかったよ。選べない」
「「えーっ!」」
ブーイングが起きる。
「でも、一つだけわかったことがある」
俺は続けた。
「一人でいるより、みんなといる方が……退屈しなくていいな、って思った」
それは、俺の精一杯のデレだった。
「二次元だけでいい」と誓った俺が、三次元の彼女たちとの時間を「悪くない」と認めた瞬間。
三人がきょとんとし、それからパッと笑顔になった。
「……ふふっ。合格点をあげましょう」
「もう、順ってばツンデレなんだから!」
「鷹井くん……成長しましたね」
ゴンドラが頂上に達する。
その瞬間、夜空に花火が上がった。
パークのフィナーレを飾る花火だ。
色とりどりの光が、狭いゴンドラの中を照らし出す。
俺たちは言葉もなく、その光景を見つめていた。
俺の視界には、彼女たちから伸びる「糸」が見えていたが、それはもう「黒い鎖」や「点滅する紐」ではなく、
3本とも、淡く優しい**「ピンク色」**に輝いていた。
修学旅行の夜。
俺の心の中で、何かが確実に変わり始めていた。
アプリの呪縛を超えて、本当の絆が生まれつつあるのかもしれない。
そんな予感を抱きながら、俺たちは地上へと降りていった。




