第39章 修学旅行・序 古都に絡まる見えない糸
1.東京駅の朝と、視界に映る異様な光景
修学旅行当日。
早朝の東京駅には、制服姿の高校生たちが溢れかえっていた。
俺、鷹井順は、集合場所の「銀の鈴」広場で、異様な光景に立ち尽くしていた。
眠い目をこすりながらスマホの電源を入れた瞬間、アプリが勝手に起動したのだ。
『新機能:【運命の赤い糸(可視化モード)】、強制ON』
その瞬間、俺の視界が変わった。
行き交う人々――特にカップルたちの小指から、細く赤い光の線が伸び、相手と繋がっているのが見えたのだ。
「うわっ、本当に見える……」
感動する間もなく、俺は自分の小指を見た。
俺の右手と左手の小指から、それぞれ太い糸が伸びている。
だが、その色は「赤」ではなかった。
右手から伸びる糸は、ドス黒い紫色で、まるで鎖のように重々しく地面を引きずっている。
その先には――
「ご主人様、おはようございます。……遅刻なさいませんでしたね、偉いわ」
優雅に微笑む白樺乃愛がいた。
彼女の小指に、その黒い鎖がガッチリと巻き付いている。
『属性:【支配と依存の黒鎖】』というテロップが空中に浮かぶ。
赤い糸じゃねえ! 呪いのアイテムだ!
そして、左手から伸びる糸は、蛍光ピンク色で、ネオンサインのように激しく点滅している。
その先には――
「順ー! おはよー! 新幹線、隣だよね!?」
元気いっぱいに手を振る相沢里奈がいた。
彼女の小指に結ばれたピンクの糸は、ゴム紐のように伸縮し、俺を引っ張っている。
『属性:【暴走する恋心(ヤンデレ予備軍)】』。
これも危険だ!
さらに、俺の首元から透明な糸(ピアノ線?)が伸びていて、その先は……
「……皆さん、集合時間厳守ですよ。鷹井くん、ネクタイが曲がっています」
見送りに来ていた(というより、3年生なのに無理やり同行してきた)鉄輪カンナ先輩だ。
彼女の指先から伸びる糸は、俺の首に巻き付いている。
『属性:【管理と束縛のワイヤー】』。
絞め殺す気か!
俺は頭を抱えた。
普通の「赤い糸」は一本もないのかよ。
2.新幹線での座席攻防戦
新幹線に乗り込む。
今回の座席は、事前のくじ引きで決まっていた。俺の席は、三人がけの窓側。
隣は……男子の田中だ。
よかった。セーフだ。
俺が安堵して座席に着くと、田中が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「わりぃ鷹井。……俺、席変わってくれって頼まれちまってさ」
「えっ? 誰に?」
「……私よ」
田中の背後から、乃愛が現れた。手には「最高級和牛の引換券」を持っている。
買収されたのか田中!
乃愛は田中の席(真ん中)に座り、通路側には里奈が座った。
結局、俺は窓際に追い詰められ、二人のヒロインに挟まれる形になった。
新幹線が動き出す。
俺の視界には、乃愛からの黒い鎖と、里奈からのピンクのゴム紐が絡み合い、俺をがんじがらめにしている様子が見えていた。
物理的にも精神的にも重い。
「ねえ順、富士山見えるかな?」
里奈が俺の肩に頭を乗せてくる。ピンクの糸が輝く。
「ご主人様、お茶をどうぞ。……睡眠薬は入っていませんわ(たぶん)」
乃愛がペットボトルを渡してくる。黒い鎖が俺の手首に巻き付く。
この糸、切ることはできないのか?
俺はスマホで検索した。
『切断方法:相手への「拒絶」を明確に示すこと。ただし、反動で糸が暴走(相手が激昂)するリスクがあります』
切れない! 暴走されたら新幹線が脱線する!
俺はこの異様な光景(本人たちには見えていない)に耐えながら、京都までの2時間を過ごすことになった。
3.京都駅の洗礼と舞妓パニック
京都駅に到着。
古都の空気を感じる暇もなく、俺たちは班別行動へと移った。
俺の班は、俺、乃愛、里奈、そして田中の4人だ(田中は空気のように扱われているが)。
最初の目的地は清水寺。
参道の坂道を登っていると、着物姿の観光客に混じって、本物の舞妓さんらしき人が歩いていた。
「わあ、舞妓さんだ! 写真撮ってもらお!」
里奈が駆け寄る。
俺もカメラを構えた。
その時、アプリが反応した。
『ターゲット検知:【京の都の恋泥棒】』
『新機能:【なりきり舞妓モード】』
『効果:周囲の女性を「舞妓姿」に変換して表示し、さらに「はんなり」とした京言葉を喋らせます』
俺の視界が一変した。
乃愛と里奈の制服が、豪華絢爛な着物に変わり、顔には白塗りの化粧が施された(AR)。
「あら、ご主人様。よろしゅうおあがりやす(こっちへ来なさい)」
乃愛が扇子で手招きする。声まで京言葉だ!
「順はん、うちらと遊びまひょ? どすえ~」
里奈が袖を振る。エセ関西弁だ!
二人の「はんなり攻撃」に、周囲の観光客(外国人)が大喜びしてカメラを向けてくる。
「Oh! Geisha Girl!」
「Cute!」
俺は二人のマネージャーのように、観光客の写真撮影をさばく羽目になった。
「No flash please!」
4.清水の舞台と飛び降りる覚悟
清水の舞台に立つ。
絶景だ。紅葉が燃えるように美しい。
だが、俺に見えているのは、手すりから伸びる無数の「赤い糸」だった。
ここを訪れたカップルたちが残していった願望の残滓だろうか。
乃愛が俺の隣に立ち、遠くを見つめて言った。
「……『清水の舞台から飛び降りる』って言葉、知ってる?」
「ああ。決死の覚悟で何かをするって意味だろ」
「ええ。……私、今なら飛び降りられる気がするわ」
乃愛が俺の方を向き、真剣な眼差しで見つめてくる。
黒い鎖が、ギュッと俺の腕を締め付ける。
「ご主人様を手に入れるためなら……私、どんなことだってするわ。世間体も、プライドも、全て捨てて……」
乃愛の顔が近づく。
彼女の本気(狂気)が伝わってくる。
怖い。でも、その瞳には嘘がないように見えた。
その時、反対側から里奈が割り込んできた。
「はいストーップ! 乃愛、抜け駆け禁止!」
「……チッ。いい雰囲気だったのに」
里奈が俺の腕を引く。ピンクの糸が伸びる。
「順、あっちに『恋占いの石』があるよ! 目を閉じて歩いて、石に辿り着けたら恋が叶うんだって!」
「俺はやらんぞ」
「私がやるの! 順はゴールで待ってて!」
里奈が目を閉じて歩き出す。
ふらふらと危なっかしい足取りだ。
観光客にぶつかりそうになるのを、俺が慌てて誘導する。
「右! いや左! ストップ!」
結局、里奈は石ではなく俺の胸に飛び込んでゴールした。
「きゃっ! ……あ、順だ。石よりこっちのがいいや♥」
確信犯だ。
京都の初日は、こうしてドタバタと過ぎていった。
だが、俺の視界には常に、彼女たちと俺を繋ぐ「異形の糸」が見え続けている。
この糸が絡まり合い、解けなくなる瞬間が、すぐそこまで来ている気がした。
夜の宿。
男子部屋の布団の中で、俺は天井を見上げた。
天井からも、透明な糸(カンナ先輩のワイヤー)が垂れ下がって、俺の首元を狙っているように見えたのは、気のせいだと思いたい。




