第38章 コタツの中は不可侵条約違反の激戦区
1.冬の訪れとコタツの魔力
12月に入り、気温は一桁台まで下がった。
朝、布団から出るのが苦行となる季節。
俺、鷹井順は、リビングに設置されたコタツの魔力に囚われていた。
「……動けん」
一度入ったら最後、そこはブラックホールだ。
みかん。リモコン。スマホ。全てのライフラインが手の届く範囲にある。
ここで一生を終えてもいい。そう思わせるほどの快適さだ。
しかし、現実は非情だ。
来週には期末テストが迫っている。
前回の「多重人格勉強会(第12章)」の反省を生かし、今回は真面目に勉強しようと思っていたのだが、コタツの誘惑には勝てなかった。
ピンポーン!
チャイムが鳴る。
またか。また彼女たちが来たのか。
俺は居留守を使おうとしたが、ガチャリと鍵が開く音がした。
合鍵を持っているのは、妹の美咲だけのはずだが……。
「お邪魔しますわ」
「お邪魔しまーす!」
「……失礼します」
入ってきたのは、白樺乃愛、相沢里奈、鉄輪カンナ先輩の三人だった。
そして、その後ろには、なぜか勝ち誇ったような顔の美咲がいた。
「兄官殿。……彼女たちから『賄賂(高級スイーツ)』を受け取りました。よって、入室を許可しました」
「売ったのか! 兄の平和をケーキで!」
美咲が俺を裏切った。
三人は当然のようにリビングに入り込み、コタツに足を入れた。
狭い。四人用のコタツに五人が入るには無理がある。
俺の周りはヒロインたちで埋め尽くされた。
2.コタツの下の足相撲
「さあご主人様、勉強を始めましょう。……コタツなら逃げ場はありませんものね」
乃愛が教科書を広げる。
だが、彼女の足先が、コタツの中で俺のふくらはぎをツツーッと撫でてくる。
ストッキングの感触。滑らかで、少し冷たい。
「……乃愛、足」
「あら、冷え性なんですの。温めてくださる?」
乃愛は悪びれもせず、俺の足の間に自分の足を潜り込ませてきた。
「ちょっと乃愛! ズルいよ!」
里奈が反対側から俺の足を蹴ってくる。
「私も寒いもん! 順、こっち来て!」
里奈は俺の太ももの上に自分の足を乗せてきた。重い。
「……鷹井くん。私の足も……空いてますよ?」
カンナ先輩が恥ずかしそうに、自分の足先で俺の足首をちょんちょんと突いてくる。
控えめだが、その内股加減がいじらしい。
コタツの上では真面目に勉強している(フリをしている)が、コタツの下では足の絡み合いという名の戦争が勃発していた。
俺の足は三方向から拘束され、さらに美咲まで「兄官殿の足はカイロ代わりになりますね」と無表情で足の裏を押し付けてくる。
これでは集中できない。
俺はスマホを取り出し、コタツ内部の状況を確認しようとした。
『機能:【サーモグラフィー(熱源探知)】』
『効果:コタツの中の温度分布と、誰がどこを触っているかを可視化します』
画面を見ると、コタツの中は真っ赤だった。
特に俺の下半身周辺がヒートスポットになっている。
これ以上熱くなったらオーバーヒートする。
3.美咲の秘密と日記帳
勉強会という名の足相撲大会が一段落し、ヒロインたちがトイレや買い出しで席を外した時だった。
リビングには俺と美咲だけが残された。
美咲はコタツに潜ったまま、うとうとしている。
彼女の参考書が床に落ちていた。拾おうとした時、そこから一冊のノートが滑り落ちた。
ピンク色の可愛らしい日記帳だ。
普段の「軍曹キャラ」からは想像できないファンシーな表紙。
「……(見ちゃダメだ。プライバシーだ)」
そう思ったが、開いたページに書かれた文字が目に飛び込んできてしまった。
『○月×日
今日もお兄ちゃんは、あの女狐たちに囲まれていた。
悔しい。私だって、もっとお兄ちゃんに甘えたいのに。
妹だからって、恋愛対象外なんて納得できない。
……もし、私が妹じゃなかったら、お兄ちゃんは私を見てくれたのかな?
アプリのせいでおかしくなってるフリをしてるけど、本当はずっと前から……』
そこで文章は途切れていた。
俺は息を呑んだ。
「アプリのせいでおかしくなってるフリ」?
つまり、あのブラコン軍曹キャラや、押し入れへの侵入は、アプリによる催眠効果だけではなく、美咲自身の意思も混ざっていたということか?
ガバッ。
美咲が起きた。
彼女は俺の手にある日記帳を見て、顔色を変えた。
「……見ましたか?」
いつもの軍曹口調ではない。震えた声だ。
「あ、いや、落ちてたから……」
「返してください!」
美咲が日記帳をひったくった。
彼女の顔は耳まで真っ赤になっていた。
「……忘れてください。全部、妄想です。……中二病の創作ノートです」
「み、美咲……」
「もう! バカ兄貴! 出て行ってください!」
美咲は日記帳を抱えて自分の部屋に逃げ込んでしまった。
残された俺は、呆然と立ち尽くした。
妹の想い。それは、アプリで操作された「偽りの愛」なのか、それとも……。
4.開発者Aからの新たなコンタクト
夜。ヒロインたちも帰り、静まり返った自室。
俺は美咲の日記の内容を反芻していた。
もし、アプリの効果が切れても、彼女たちの想いが変わらなかったら?
俺はどうすればいいんだ?
その時、スマホの画面が明滅した。
あの赤いアイコンからの通知だ。
『開発者Aよりメッセージ』
『件名:真実への扉』
『本文:
妹さんの日記、見ちゃいましたか?
面白いですね。催眠とは、心の鍵を開けるだけのツールに過ぎません。
その奥にあるものが「本物」かどうかは、貴方自身が見極める必要があります。
さて、次回のアップデート予告です。
「修学旅行編」に向けて、特別な機能を実装しました。
【運命の赤い糸(可視化モード)】。
貴方とヒロインたちを繋ぐ「糸」が見えるようになります。
ただし、その糸が赤色とは限りませんが……。
P.S.
京都の夜は冷えますよ。心も体も。』
またしても不吉な予告だ。
赤い糸が見える? しかも赤とは限らない?
黒い糸とか、鎖とかだったらどうするんだ。
俺は窓の外を見た。
雪が降り始めていた。
初雪だ。
白く染まっていく街並みを見ながら、俺は修学旅行への不安と、美咲への申し訳なさ、そしてヒロインたちへの複雑な感情を抱えていた。
冬の寒さは、人の心を人肌恋しくさせる。
俺の「絶対零度の独身主義」も、この冬を越せる自信がなくなってきていた。




