第35章 謎のアップデートと過去からの侵入者
1.深夜の強制アップデート
11月のある深夜。
俺、鷹井順は、突然の悪寒で目を覚ました。
風邪ではない。もっと本能的な、得体の知れない不安感だ。
枕元のスマホが、暗闇の中で明滅していた。
画面には、見たことのない赤いアイコンが表示されている。
『システム警告:大規模アップデートを開始します』
『バージョン:Ver 2.0 「Chaos Theory(カオス理論)」』
『ダウンロード中……99%……完了』
「勝手にアップデートするなよ……」
俺が文句を言おうとした瞬間、スマホからノイズ交じりの音声が流れた。
『――聞こえますか、鷹井順様』
合成音声ではない。人間の声だ。
中性的で、どこか楽しげな響きを持つ声。
開発者Aだ。
『順調に「愛」を集めているようですね。貴方の周りのヒロインたちの執着心、依存心、そして狂気……素晴らしいデータです』
「お前は誰だ! 何が目的だ!」
俺が叫ぶと、声はクスリと笑った。
『目的? ……実験ですよ。愛というバグが、どこまで人間の理性を破壊できるのか。そして、貴方のような「愛を拒絶する者」が、どこまで抗えるのか』
画面に新たなメッセージが表示される。
『Ver 2.0 新機能:【因果律操作】』
『効果:過去の「未練」や「後悔」を具現化し、現在の現実に強制介入させます』
『最初のターゲット:相沢里奈のトラウマ』
「里奈の……トラウマ?」
プツン。
通話が切れた。
部屋には再び静寂が戻ったが、俺の心臓は早鐘を打っていた。
嫌な予感がする。里奈に関わる「過去」といえば、一つしかない。
2.転校生という名の爆弾
翌朝。
重い足取りで登校した俺を待っていたのは、教室の異様なざわめきだった。
担任の田中先生が、一人の男子生徒を連れて入ってきた。
「えー、この時期だが転校生を紹介する。……入ってこい」
教室に入ってきたのは、茶髪でピアスの空いた、どこか軽薄そうなイケメンだった。
サッカー部のユニフォームが似合いそうな、いかにもなリア充オーラ。
「どうもー。神崎レンです。よろしく」
その顔を見た瞬間、俺の隣の席で、相沢里奈が息を呑む音が聞こえた。
顔面蒼白になり、震えている。
俺もまた、凍りついていた。
神崎レン。
半年あの日、里奈が俺を振って乗り換えた相手。
サッカー部の先輩だったはずだが、なぜ転校生として? しかも同じクラスに?
「(因果律操作……これのことか!)」
アプリが過去の因縁を呼び寄せたのだ。
レンは教室を見回し、里奈を見つけると、ニヤリと笑った。
「お、里奈じゃん。奇遇だな。……また俺と遊ばない?」
教室が静まり返る。
里奈は俯き、机の下で拳を握りしめている。
その様子を見て、俺の中で何かが切れた。
3.元カレvs下僕(主人公)
休み時間。
レンは里奈の机に座り込み、馴れ馴れしく肩に手を回していた。
「冷たいなー里奈。俺のこと忘れちゃった? あんなに楽しかったのに」
「……やめて。触らないで」
「いいじゃん、減るもんじゃないし。……それとも、あいつが今の彼氏?」
レンが顎で俺をしゃくった。
見下すような視線。半年前と同じだ。俺を「つまらない男」と嘲笑った目。
だが、今の俺は半年前の俺とは違う。
何より、俺の周りには最強の(そして最恐の)仲間たちがいる。
カツ、カツ、カツ。
白樺乃愛が優雅に歩み寄ってきた。
彼女はレンの手を扇子でパシッと叩き落とした。
「……気安く触れないでくださる? その汚い手で」
「あ? 誰だよお前」
「白樺乃愛よ。……そして、そこにいる鷹井順は、私の『ご主人様』ですわ」
乃愛が俺の前に立ち、庇うように背中を見せた。
さらに、教室の入り口から鉄輪カンナ先輩が入ってきた。
「校内での威圧行為を確認。……転校生ですね? 風紀委員としてマークさせていただきます」
先輩がレンを睨みつける。眼鏡の奥の瞳が光っている。
レンは少し怯んだが、すぐに虚勢を張った。
「なんだよ、女に守られてんのか? ダサっ。……おい鷹井、お前変わってねーな。相変わらず自分じゃ何もできねーのかよ」
その言葉が、俺の胸に突き刺さる。
確かに俺は、アプリの力やヒロインたちに助けられてばかりだ。
だが、里奈が震えているのを見て、俺は一歩前に出た。
「……神崎。里奈が嫌がってるだろ。離れろ」
「あ? 命令すんなよ陰キャが」
レンが俺の胸ぐらを掴もうとした瞬間。
俺のポケットの中で、アプリが激しく振動した。
『検知:敵対行動』
『カウンタープロトコル起動:【黒歴史暴露】』
『効果:対象のスマホやSNS履歴をハッキングし、恥ずかしい秘密を周囲のモニターに投影します』
おいおい、やりすぎだろ!
だが、止まらない。
教室の大型モニター(電子黒板)が勝手に起動した。
『神崎レンの秘密フォルダ』
・検索履歴:「モテる方法」「借金 返済」「カツラ ずれにくい」
・保存画像:自作のポエム(中二病全開)、クマのぬいぐるみを抱いて寝ている自撮り
「ぶっ!!」
クラス中が吹き出した。
レンの顔が真っ赤になる。
「な、なんだこれ!? 誰が!?」
「……カツラだったんですね。道理で髪型が不自然だと……」
カンナ先輩が冷静に分析する。
レンはいたたまれなくなり、「お、覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いて教室から逃げ出した。
あっけない幕切れだ。
だが、俺の心にはモヤモヤが残った。
これは俺の力じゃない。アプリの力だ。
俺自身は、あいつに勝てたのだろうか?
4.里奈の涙と真実
放課後。屋上。
俺は一人で佇んでいた里奈を見つけた。
彼女はフェンス越しに夕日を見ていたが、その肩は震えていた。
「……里奈」
「あ、順……」
里奈が振り返る。目は赤く腫れていた。
「ごめんね、順。私、また順に迷惑かけちゃった」
「別にいいよ。あいつが悪いんだ」
「……違うの。私、順に嘘ついてた」
里奈が俯く。
「半年前、私があいつと付き合ったのは……順を守るためだったの」
「え?」
「あいつ、サッカー部の先輩たちを使って、順をいじめるって脅してきたの。『俺と付き合えば手を出さない』って……。だから私、わざと順に冷たくして……」
衝撃の事実だった。
俺が「振られた」と思っていたあの出来事は、里奈なりの自己犠牲だったのか。
俺は何も知らずに、彼女を「裏切り者」と決めつけ、二次元に逃げていた。
「里奈……」
「でも、すぐ別れたよ! 手も繋がせなかったし! ……やっぱり私、順じゃなきゃダメだったんだもん」
里奈が涙を拭いて、俺を見上げる。
「ねえ順。もう一度、やり直せないかな? ……今度は、何も隠さないから」
これは「アプリの効果」じゃない。
里奈の本心だ。
俺の心臓が大きく跳ねた。
トラウマが解け、本当の愛が目の前にある。
ここで「はい」と言えば、俺の恋愛回避生活は終わり、ハッピーエンドになるかもしれない。
だが。
俺のスマホが、冷酷な通知音を鳴らした。
『警告:ヒロイン1名の「攻略」条件を満たしかけています』
『強制介入:他のヒロインによる妨害イベントを発生させます』
ドゴォォォォン!!
屋上のドアが蹴破られた。
「待ちくださーーーい!!」
「抜け駆けは許しませんわよ!!」
乃愛とカンナ先輩が、鬼の形相で飛び込んできた。
さらに、空からはヘリコプターの音が(乃愛の手配か?)。
いい雰囲気は木っ端微塵だ。
「順は渡さない!」
「ご主人様はみんなのものです!」
里奈が「もう! いいところだったのに!」と怒る。
俺は苦笑いするしかなかった。
アプリがある限り、俺に「普通の恋愛」は許されないらしい。
だが、俺の中で何かが変わった。
里奈への不信感は消えた。
そして、このアプリの「悪意」に対する反抗心が芽生え始めた。
俺は空を見上げて誓った。
いつか必ず、このアプリを自力でアンインストールしてやる。
そして、自分の意志で、誰を選ぶか決めてやる、と。




