第34章 カラオケボックスは愛の叫びと音痴の地獄
1.逃げ場のない放課後と強制連行
放課後の教室。
俺、鷹井順は、帰りのホームルームが終わるや否や、忍者さながらの身のこなしで裏門へ向かおうとした。
今日のミッションは「誰にも見つからずに帰宅し、限定配信のアニメを一気見する」ことだ。
しかし、俺の逃走ルートにはすでに先客がいた。
昇降口の柱の陰に隠れている相沢里奈。
校門の前で優雅に紅茶を飲んでいる白樺乃愛。
そして、なぜか裏門の鍵をチェックしている鉄輪カンナ先輩。
完全に包囲されている。
『鷹井順捕獲網』は日に日に精度を上げているようだ。
「……諦めるしかないか」
俺が観念して姿を現すと、三人が同時に駆け寄ってきた。
「順! 今日こそカラオケ行くよ!」
「ご主人様、喉の調子はいかが? 私のためにセレナーデを歌ってくださいまし」
「鷹井くん……たまには息抜きも必要です。監視(同伴)します」
結局、俺は三人に両腕と背中を押され、駅前のカラオケ店『歌広場』へと連行された。
受付で「4名様、フリータイムで」と里奈が慣れた手つきで注文する。
俺の財布の中身(小遣い)が心配だ。
2.密室のリサイタルと選曲バトル
通された部屋は、四人で入るには少し狭い個室だった。
ソファに座ると、自然と俺の両隣に里奈と乃愛が座り、カンナ先輩が対面の椅子に陣取った。
密着度が高い。
「じゃあ、私がトップバッターね!」
里奈がデンモクを操作し、曲を入れる。
イントロが流れる。アップテンポなアニソンだ。
『恋する乙女の暴走列車』。タイトルからして不穏だ。
「♪順のこと~! 好きすぎて~! GPSつけちゃった~!」
替え歌だ!
しかも歌詞がリアルすぎて笑えない!
里奈はタンバリンを叩きながらノリノリで歌い上げ、サビの部分で俺にマイクを向けてくる。
「はい順! ここで愛のレスポンス!」
「無理だ!」
次は乃愛の番だ。
彼女が選んだのは、重厚なオペラ曲。『魔王』。
ドイツ語か?
「……ご主人様、聴いてください。これは『愛の狩人』の歌ですわ」
乃愛が朗々と歌い始める。
上手い。無駄に上手い。プロ級の声量だ。
だが、その眼力が怖い。俺を見据えながら、低い声で「お前を捕まえる……逃さない……」と歌っている(ような気がする)。
部屋の照明が暗くなり、彼女の背後に黒い翼が見える幻覚まで見えた。
最後にカンナ先輩。
彼女は恥ずかしそうにマイクを握り、昭和歌謡を入れた。
『セーラー服と機関銃』。
「♪か・い・か・ん……」
先輩が恍惚の表情で歌う。
普段の堅物キャラはどこへ行った。
歌声は可愛らしいのだが、時折チラッと俺を見ては頬を染める仕草が、完全に「恋する乙女」だ。
3.アプリ機能『オート・チューン(強制美声)』
三人が歌い終わり、ついに俺の番が回ってきた。
「さあ順! 歌って!」
「ご主人様の美声を独占したいですわ」
「鷹井くんの歌……録音の準備はできています」
逃げ場はない。
だが、俺には致命的な欠点があった。
音痴なのだ。
音程が来ない。リズムがズレる。ジャイアンリサイタルレベルだ。
ここで歌えば、彼女たちの幻想をぶち壊せるかもしれない……!
いや、逆に「下手なのも可愛い」とか言われそうで怖い。
俺は震える手でマイクを握った。
その時、スマホが震えた。
『環境検知:カラオケボックス』
『アシスト機能:【オート・チューン(絶対美声モード)】』
『効果:喉の振動を強制的に補正し、プロ歌手並みの美声と完璧なピッチに変換します』
『副作用:歌詞が勝手に「愛の言葉」にアレンジされます』
……え?
副作用がヤバそうだが、音痴を晒すよりはマシか?
俺は機能をONにし、無難なバラード曲を入れた。
イントロが流れる。俺は口を開いた。
「♪(本来の歌詞:雨上がりの空に~)」
↓
「♪(変換後:君たちの愛に溺れて~)」
!?
勝手に歌詞が変わった! しかも声がイケボすぎる!
俺の地声じゃない。人気声優みたいな甘い声だ。
「♪(本来:虹がかかるよ~)」
↓
「♪(変換後:ハーレムを作るよ~)」
最低だ!
俺は歌うのを止めようとしたが、喉が勝手に振動を続ける。アプリに乗っ取られた!
「♪(本来:明日へ向かって~)」
↓
「♪(変換後:今夜は寝かせない~)」
俺が歌い終わると、室内は静まり返っていた。
やらかした。ドン引きされたか?
恐る恐る顔を上げると、三人は顔を真っ赤にして震えていた。
「……順……かっこよすぎ……」
「ご主人様……そんなに情熱的だったなんて……濡れましたわ(瞳が)」
「鷹井くん……責任、取ってくださいね……?」
逆効果だった!
俺の評価が「隠れ歌うまイケメン(肉食系)」に爆上がりしてしまった!
4.デュエットという名の戦争
その後は地獄だった。
「デュエットしよう!」という提案により、俺は三人全員とラブソングを歌わされることになった。
里奈とは『愛が生まれた日』。
彼女は俺の腰に手を回し、チークダンスのように密着してくる。
乃愛とは『オペラ座の怪人』。
彼女はファントム役(俺)を支配するクリスティーヌのように、俺の顎を掴んで歌い上げる。
カンナ先輩とは『3年目の浮気』。
なぜか俺が「浮気男」役で、先輩が「本妻」役だ。先輩の「バカ言ってんじゃないわよ」のセリフに実感がこもりすぎていて怖い。
さらに、アプリが『盛り上げ機能(ライブ演出)』を発動させ、室内にスモークを焚いたり、ミラーボールを高速回転させたりしてカオスに拍車をかけた。
フリータイム終了の電話が鳴った時、俺は喉も精神も枯れ果てていた。
店を出ると、外はもう真っ暗だった。
「楽しかったね、順!」
「ええ。ご主人様の新たな一面(音痴じゃなかった)を知れて満足ですわ」
「……録音データは家宝にします」
三人は満足げだ。
俺は空っぽになった財布と、嗄れた喉をさすりながら、トボトボと歩き出した。
帰り道、コンビニでのど飴を買おうとしたら、里奈が「私が舐めてから口移しであげる!」と言い出し、乃愛が「ハチミツを直接流し込みますわ」と割り込み、カンナ先輩が「ネギを首に巻きましょう」と提案してくるという、新たな騒動が勃発した。
俺の喉が癒える日は遠そうだ。
スマホの画面には、『カラオケミッション達成:伝説のライブ』という文字が虚しく輝いていた。




