第28章 風邪の日はお粥と座薬と添い寝のフルコース
1.季節の変わり目とウイルスの奇襲
秋雨前線が停滞し、急に気温が下がったある朝。
俺、鷹井順は、布団の中で異変を感じて目を覚ました。
「……頭が重い。喉が痛い」
体温計を脇に挟む。
ピピピッ。
『38.2℃』。
完全に風邪だ。昨日の調理実習でのダメージ(主にマタタビと化学兵器)に加え、帰り道に雨に降られたのが決定打だったらしい。
「休むか……」
学校に欠席連絡を入れ、俺は再び布団に潜り込んだ。
一人暮らしではないが、両親は出張中で不在。妹の美咲は学校へ行っているはずだ。
静かな部屋。誰にも邪魔されない時間。
病気は辛いが、この静寂は久しぶりだ。
今日一日は、アプリの通知に怯えることもなく、ゆっくり眠れるかもしれない。
そう思ったのも束の間。
枕元のスマホが、空気を読まずに震えた。
『バイタル異常検知:ユーザーの発熱を確認』
『緊急モード起動:【看病要請アラート(SOSシグナル)】』
『効果:登録されているヒロイン(接触頻度の高い異性)に、貴方の窮状と「助けてほしい」という虚偽のメッセージを一斉送信します』
はああああ!?
やめろ! 送るな!
俺がキャンセルボタンを押そうとした指は、熱で震えて空振りした。
ピロン♪
『送信完了:3名+1名(妹)』
終わった。
俺の安息日は、開始5分で終了した。
2.第一波:おかゆ爆弾
ピンポーン!
チャイムが鳴ったのは、送信からわずか10分後だった。早すぎる。学校はどうした。
「順! 大丈夫!?」
ドタドタと階段を駆け上がり、部屋に飛び込んできたのは相沢里奈だ。
彼女は制服姿だが、手にはスーパーの袋を提げている。
「メール見たよ! 『寂しくて死にそう、里奈の温もりが欲しい』って!」
「送ってない……そんなの……」
「いいのいいの! 無理しないで!」
里奈はおでこに手を当てて熱を測る。
冷たい手が心地いい。
「熱いね……。すぐにお粥作るから待ってて!」
里奈がキッチンへ向かう。
数分後、彼女が持ってきたのは、土鍋に入った熱々のお粥だった。
だが、その色が……ピンク色だ。
「……里奈、これ何入れた?」
「え? 愛情だよっ☆ あと、食紅とイチゴジャム」
「イチゴジャム!?」
「だって順、甘いもの好きでしょ? 元気出るかなって!」
風邪の時に甘いお粥。地獄だ。
だが、里奈がふーふーと冷まして、スプーンを差し出してくる。
「はい、あーん。……食べてくれないと、口移ししちゃうよ?」
「……いただきます」
俺は泣く泣くイチゴ粥を食べた。
意外と……不味くはない。甘酸っぱい青春の味(嘔吐感付き)がした。
3.第二波:座薬の恐怖
ピンポーン!
二人目の来訪者は、白樺乃愛だ。
彼女は白衣(ナース服ではなく本物の医師用)を着て、首から聴診器を下げている。
「ご主人様、お待たせしましたわ。主治医の白樺です」
「学校は……?」
「早退しました(自家用ヘリで)。さあ、診察の時間よ」
乃愛が布団を剥ぎ取る。
彼女は手際よく脈を測り、聴診器を俺の胸に当てる。
冷たい金属の感触。そして、乃愛の真剣な眼差し。
「……心拍数が高いわね。興奮しているのかしら?」
「熱があるからだ!」
「ふふっ。では、特効薬を投与しましょう」
乃愛が鞄から取り出したのは、巨大な座薬だった。
サイズがおかしい。馬用か?
「……乃愛、それは何だ」
「解熱剤よ。即効性があるわ。……さあ、お尻を出して?」
「嫌だ! 絶対に嫌だ!」
「駄々をこねないで。……私が優しく挿れてあげるから」
乃愛がゴム手袋をはめる。パチンッ、という音が響く。
俺は必死に布団にしがみついた。
「里奈! 助けてくれ!」
「えー? でも座薬って効くらしいよ? 私が足押さえててあげようか?」
「裏切り者ォォ!!」
このままでは尊厳を失う。
その時、スマホが震えた。
『アシスト機能:【座薬回避の秘技(鉄壁の尻)】』
『効果:括約筋のガード力を極限まで高め、物理的な侵入を拒みます』
そんな機能いらねえよ! 普通に断らせてくれ!
4.第三波:冷却シートの乱
ガチャッ。
ドアが静かに開き、鉄輪カンナ先輩が入ってきた。
彼女の手には「冷却シート」と「氷枕」がある。一番まともだ!
「鷹井くん、失礼します。……風紀委員として、病人の看病も務めですので」
「先輩……! 神様!」
先輩は乃愛を押し留め(座薬を没収し)、俺の額に冷却シートを貼ってくれた。
ひんやりとして気持ちいい。
「ありがとう、先輩……生き返りました」
「い、いえ……。その、汗をかいているみたいですね。着替えましょうか」
先輩が俺のパジャマのボタンを外し始める。
……ん?
先輩の手つきが怪しい。震えている。
そして、俺の鎖骨や胸板を、必要以上に撫で回している気がする。
「せ、先輩?」
「……鷹井くんの肌……熱くて……柔らかい……」
「先輩、目が据わってます!」
アプリの【ムッツリ解放】パッシブが、ここでも発動していた。
先輩は看病という名目で、俺の体を堪能し始めている。
里奈と乃愛もそれに気づき、「ちょっと、抜け駆けよ!」「私も拭いてあげるわ!」と参戦してきた。
熱がある俺の体は、三人の手によって揉みくちゃにされた。
「そこはダメ」「くすぐったい」「座薬はやめろ」
俺の悲鳴は、秋の空に虚しく吸い込まれていった。
5.最終防衛ラインと安らかな眠り
バンッ!
ドアが勢いよく開いた。
学校から帰ってきた美咲だ。
彼女はランドセルを投げ捨て、仁王立ちした。
「……何をしているんですか、貴女たち」
その声は低く、地獄の底から響いてくるようだった。
美咲の背後に、鬼神のオーラ(ブラコンの覇気)が見える。
「兄官殿は病人です。おもちゃではありません。……全員、直ちに退去を命じます!」
美咲の剣幕に、さしものヒロインたちも気圧された。
「ちっ、妹ガードか」「また来ますわ」「お大事に……」
三人は渋々帰っていった。
静寂が戻る。
美咲はため息をつき、乱れた布団を直してくれた。
「……まったく。油断も隙もありませんね」
「悪い、美咲。助かったよ」
「礼には及びません。……でも、罰として」
美咲が俺の額に、自分の額をコツンと合わせた。
熱を測る仕草。
彼女の顔が近い。大きな瞳が俺を見つめている。
「……熱、移しちゃいましたからね。これで早く治してください」
美咲は顔を赤くして背を向けた。
「お粥、作り直してきますから。寝ててください」
俺は目を閉じた。
イチゴ粥の後味は最悪だったが、美咲の不器用な優しさは、どんな薬よりも効く気がした。
スマホの画面には、
『イベント終了:看病合戦』
『報酬:風邪の治癒速度アップ(妹成分により)』
という通知が出ていた。
俺は深く息を吐き、ようやく安らかな眠りに落ちていった。
……次に目が覚めた時、美咲が俺の手を握って寝ていることに気づくのは、まだ数時間後のことだ。




