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第26章 古本屋の隅で、俺たちは禁断の扉を開く(物理)

1.雨宿りのバス停と相性診断


 放課後。

 予報外れの夕立に降られ、俺、鷹井順は学校近くの古びたバス停のベンチに座っていた。

 屋根を打つ雨音がリズムを刻み、湿ったアスファルトの匂いが鼻をくすぐる。

 少し肌寒いが、久しぶりの「一人きりの時間」だ。悪くない。

 鞄から読みかけのラノベを取り出し、ページをめくろうとしたその時。


「……あら、奇遇ね」

「あ、順だ! 雨宿り?」


 聞き慣れた声と共に、二つの影がベンチの両隣に滑り込んできた。

 右に白樺乃愛。左に相沢里奈。

 当然のように俺を挟む配置だ。

 俺のパーソナルスペースは、今日も崩壊した。


「……奇遇だな。お前らも傘なしか?」

「ええ。執事の迎えを待つのも退屈だったから、歩いて帰ろうとしたらこれよ」

「私は置き傘忘れちゃってさー。順と一緒なら濡れてもいいかなって」


 二人は少し濡れたブレザーの肩を払いながら、俺に身を寄せてくる。

 雨音だけの静かな空間。

 ヒロインたちの体温と、甘いシャンプーの香りが漂ってくる。

 ……気まずい。

 何か話さないと、この無言の時間が逆に意識させてしまう。


 俺はスマホを取り出し、話題作りのためにニュースでも見ようとした。

 しかし、アプリが勝手に起動した。


『環境検知:雨の日の相合傘(未遂)』

『暇つぶし機能:【本音と建前・相性診断】』

『効果:マイクで拾った会話の裏にある「本音」をパーセンテージで表示します』


 やめろ。余計な火種を撒くな。


「ねえ順。雨、いつ止むかな?」

 里奈が空を見上げて呟く。

 アプリの画面に数値が出る。

 『建前:早く止んでほしい』

 『本音:一生止まなくていい。このまま朝までバス停で二人きり(三人だけど)でいたい……好意度120%』


 重い! 里奈の思考が重い!

 俺がコメントに困っていると、乃愛が口を開いた。


「風邪を引かないようにしないとね。ご主人様の体調管理も私の務めだし」

 『建前:主人の健康を気遣う従者』

 『本音:風邪を引かせて看病したい。弱ったご主人様に「あーん」をして、そのままお粥を口移しで……好意度∞(測定不能)』


 もっと重かった!

 俺はスマホをそっとポケットにしまった。知らないほうが幸せなこともある。


2.古本屋の迷宮とエロ本の呪い


 雨が小降りになった頃、俺たちはバス停を離れ、商店街のアーケードに入った。

 そこで俺の足が止まった。

 『古書堂・紙月かみつき』。

 マニアックな絶版ラノベや漫画を取り扱う、俺の隠れ家的な店だ。


「ちょっと寄っていいか? 探してる本があるんだ」

「いいよー! 私も漫画見たい!」

「古書店……埃っぽいですけど、ご主人様の趣味なら付き合いますわ」


 三人で薄暗い店内に入る。

 店主のおじいさんはカウンターで居眠りをしている。いつもの風景だ。

 俺は一目散にラノベコーナーへ向かった。

 里奈は少女漫画コーナーへ、乃愛はなぜか医学書コーナー(人体解剖図鑑とか見てる)へ散らばった。


 俺はお目当ての『異世界転生してスライムになった件(初版)』を探して棚を漁っていた。

 その時、棚の隙間から、向こう側にいる里奈の姿が見えた。

 彼女は真剣な顔で一冊の本を立ち読みしている。

 タイトルは……『彼氏を落とす100の方法』。

 ベタだな。


 ふと、アプリが震えた。

 『場所検知:書店内』

 『検索アシスト:【禁断の書・探知レーダー】』

 『効果:ユーザーが潜在的に求めている「刺激的なムフフなやつ」の位置をナビゲートします』


 バカ野郎! 俺が探してるのはラノベだ! エロ本じゃない!

 しかし、スマホの画面にはレーダーが表示され、点滅する光が俺を店の奥へと誘う。

 

 奥には「成人向けコーナー」がある。暖簾のれんで仕切られた聖域だ。

 普段なら絶対に入らない(入る勇気がない)が、アプリの指示に従って足が勝手に向いてしまう。

 俺が暖簾に手をかけた瞬間。


「……順?」


 背後から声をかけられた。

 里奈だ。彼女の手には『彼氏を落とす~』が握られている。


「そっち、何があるの?」

「い、いや! 何もない! 倉庫だ!」


 俺は必死に隠そうとしたが、里奈は好奇心旺盛だ。


「えー、嘘だ。怪しい……もしかして、エッチな本?」

「ちっ、違う!」

「見せて見せて! 男子の秘密、知りたい!」


 里奈が強引に暖簾をくぐろうとする。

 俺は体でブロックする。

 揉み合いになる。


「あ、ご主人様。何をしてらっしゃいますの?」

 乃愛まで来てしまった。手には分厚い『解剖学』の本。


「あら、その暖簾……『18禁』と書いてありますわね」

「えっ!? ヤバ!」

 里奈が顔を赤くする。


 乃愛は冷ややかな目で俺を見下ろした。

 「……ご主人様。三次元の女(私たち)がここにいるのに、紙の上の女に欲情するおつもり?」

 「誤解だ! アプリが勝手に!」


 その時、アプリがレーダーの最終目的地を示した。

 ピロン♪

 『目的地到達:目の前の棚の最上段』


 俺たちの頭上の棚。そこに一冊の古びた本があった。

 タイトルは……『催眠術入門 ~誰でもできるマインドコントロール~』。


「……え?」

 全員の動きが止まる。

 エロ本じゃなかった。もっとヤバい本だった。


「順……催眠術、勉強してたの?」

 里奈が引いている。

「……興味深いわね。実践練習、私が相手になりましょうか?」

 乃愛が目を輝かせている。


 違う! アプリがこれを「刺激的な本」と判定しただけだ!

 結局、俺はその本を買う羽目になり(乃愛に強要された)、店を出る頃には「催眠術師志望の変態高校生」というレッテルを貼られていた。


4.帰り道のコロッケと間接キス


 気まずい空気の中、再び商店街を歩く。

 空腹を紛らわせるため、精肉店で揚げたてのコロッケを買った。

 熱々のコロッケを紙袋に入れてもらい、三人で歩きながら食べる。


「あちち……でも美味しい!」

 里奈がハフハフしながら食べる。

「庶民の味も、悪くありませんわね」

 乃愛も小さく齧る。


 俺も自分のコロッケを齧ろうとした時、里奈が言った。

「ねえ順、一口ちょうだい?」

「え? お前のもあるだろ」

「順のが美味しそうに見えるんだもん! 交換こしよ!」


 里奈が自分の食べかけのコロッケを俺の口元に突き出す。

 間接キスだ。

 俺が躊躇していると、反対側から乃愛が俺の手首を掴み、俺のコロッケをガブリと齧った。


「ん……美味しいわ。ご主人様の味がする」

「コロッケの味だろ!」

「抜け駆けズルい! 私も!」


 里奈も反対側から齧り付く。

 俺のコロッケは、あっという間に左右から侵食され、ハート型のような歪な形になって消滅した。


「……俺の分、なくなったんだけど」

「あら、ごめんあそばせ。……代わりに、私の唇に残ったパン粉を召し上がります?」


 乃愛が顔を近づけてくる。

 里奈も負けじと唇を突き出す。

 

 俺は逃げた。

 全速力で逃げた。

 夕闇の商店街に、俺の悲鳴と二人の笑い声が響く。


 何気ない放課後。

 特別なことは何も起きていないはずなのに、俺の心拍数はジェットコースター並みに上下していた。

 鞄の中の『催眠術入門』が、重たく感じられた。

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