第25章 体育のバスケは必殺技の展示会&お昼ご飯は食レポ地獄
1.運動神経ゼロの男と、アプリの過剰演出
秋晴れの空の下、グラウンドと体育館に分かれて体育の授業が行われていた。
俺、鷹井順のクラス、2年B組の男子は体育館でバスケットボールだ。
キュッ、キュッ。
バッシュが床を擦る音が響く。
俺はコートの隅っこで、なるべくボールに触らないように空気と同化していた。
運動神経は人並み以下。ドリブルをすれば足に当て、シュートを打てばボードにすら届かない。それが俺だ。目立たず、騒がず、汗をかかずに45分間をやり過ごす。それが目標だ。
しかし、ギャラリーがそれを許さない。
体育館の2階、ランニングコースの手すりには、女子の授業をサボ……休憩中のヒロインたちが並んでいた。
「順ー! がんばれー! ナイッシュー!」
相沢里奈が黄色い声援を送る。体操服のショートパンツから伸びる太ももが眩しい。
「ご主人様……汗ばむお姿も素敵ですわ。あの汗を拭ったタオル、後で回収しなくては」
白樺乃愛が双眼鏡で俺を凝視している。怖い。
「鷹井くん、フォームが乱れていますよ。腰をもっと落として……」
鉄輪カンナ先輩(他クラスだがなぜかいる)が、エアロビクスのような格好で指導してくる。
彼女たちの視線のせいで、クラスの男子からのパスが俺に集まるようになってしまった。
「おい鷹井! 良いとこ見せろよ!」
「リア充め、ボールぶつけるぞ!」
味方からのキラーパスが俺の顔面に飛んでくる。
受け止めきれない。このままでは鼻血を出して保健室行きだ。
俺は咄嗟にスマホ(ポケットに入れたまま)に祈った。
『運動能力向上』なんて高尚な機能はいらない。せめて『怪我回避』くらいはしてくれ!
ピロン♪
アプリが起動した。
『状況:スポーツ(バスケットボール)』
『アシスト機能:【スタイリッシュ・アクション補正】』
『効果:プレイヤーの動きを、物理法則を無視して「少年漫画の必殺技」のように演出します』
『注意:実力は変わりません。見た目だけです』
――は?
俺がボールを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、体が勝手に回転した。
クルクルクルッ!
無駄にキレのあるターン。フィギュアスケートかよ。
そして、ボールが俺の手に吸い付くように収まる。
「なっ、なんだあの動き!?」
「鷹井のやつ、あんなスキル隠し持ってたのか!?」
周囲がどよめく。
違う、俺はただよろけただけだ!
だが、アプリの補正は止まらない。
俺がパスを出そうとすると、体が勝手に空中へ跳躍した(実際は数センチしか浮いていないが、残像が見える)。
『発動スキル:【イグナイト・パス(炎の超高速パス)】』
俺の手から放たれたボールが、赤いオーラを纏ったように見えた(ARエフェクト)。
シュバッ!
ボールは味方の田中の腹に直撃した。
「ぐはっ!」
「田中ァ!!」
田中が吹っ飛ぶ。
しかし、女子たちからは歓声が上がった。
「キャー! 順くんすごーい!」
「まるでプロ選手みたい……! あの冷酷なパス、ゾクゾクするわ!」
違うんだ。俺はただの暴走機関車なんだ。
その後も、俺がドリブルするたびに『ライトニング・クロスオーバー』という文字が空中に浮かび、レイアップシュートを外しても『ファントム・シュート(幻のゴール)』というエフェクトが出て、審判役の先生すら「え? 今の入ったのか?」と困惑させる事態となった。
授業が終わる頃には、俺は「バスケの魔術師(ただしルール無用)」という不名誉な称号を手に入れていた。
2.昼休みのお弁当バトルロイヤル
疲労困憊の昼休み。
俺は自分の席で突っ伏していた。全身が痛い。普段使わない筋肉が悲鳴を上げている。
購買に行く気力もない。今日は断食しようか……。
そう思った矢先、机の周りに影が落ちた。
「順、お疲れ様! お腹空いたでしょ?」
「ご主人様、カロリー消費の後は栄養補給が必要ですわ」
「鷹井くん……あーん、する?」
いつもの三人だ。
それぞれの手に、個性豊かすぎる弁当箱が握られている。
里奈の弁当は、ポップなピンク色の箱。
乃愛の弁当は、漆塗りの重箱(三段)。
カンナ先輩の弁当は、無機質なタッパーだが中身がぎっしり詰まっている。
「ねえ順、今日のお弁当は気合入ってるよ! 見て見て!」
里奈が蓋を開ける。
そこには、海苔とハムで描かれた『俺の顔』があった。
いわゆるキャラ弁だ。クオリティは高い。だが、自分の顔を食べるという行為には抵抗がある。
「……里奈。これ、どこから食べればいいんだ?」
「えー? 唇から♥」
「共食いみたいで怖いよ!」
次に乃愛が重箱を展開する。
一段目:最高級和牛のステーキ。
二段目:伊勢海老のチリソース。
三段目:白飯の上に金箔で書かれた『隷属』の文字。
「ご主人様、スタミナをつけていただかないと。……夜の部(勉強会)も控えていますし」
「重い! 胃もたれするわ!」
最後にカンナ先輩。
彼女のタッパーには、一口サイズに切られた野菜や卵焼きが整然と並んでいる。
一番まとも……かと思いきや。
「鷹井くんは疲れているでしょうから、咀嚼の手間を省きました」
「えっ?」
「全部、ミキサーにかけてペースト状にしてあります。……さあ、バブちゃん、あーん?」
離乳食だ!
風紀委員長が幼児プレイを強要してくる!
「三人とも、気持ちは嬉しいけど……俺、自分で食べるよ」
「「「ダメ!!」」」
拒否権はなかった。
俺は三方向から突き出される箸とスプーンの前に、なすすべなく口を開くしかなかった。
3.食レポ機能の誤作動
この地獄を乗り切るには、心を無にするしかない。
俺はスマホを取り出し、味覚を麻痺させる機能がないか探した。
『機能:味覚遮断』……はない。
代わりに、こんなものがあった。
『新機能:【絶対味覚評論家】』
『効果:食べたものの味を詳細に分析し、詩的な表現で感想を述べる能力を付与します』
『用途:デートでの食事を盛り上げるため』
……逆だ。俺は黙々と食べたいんだ。
だが、里奈が強引に卵焼き(俺の顔の目玉部分)を口にねじ込んできた瞬間、アプリが自動発動してしまった。
モグモグ……。
俺の脳内に電撃が走る。
そして、口が勝手に動き出した。
「……ふむ。この卵焼き。甘めの味付けの中に、微かな焦げ目のほろ苦さがアクセントとなり、まるで『初恋の甘酸っぱさと失恋の痛み』を同時に表現しているようだ……! 里奈、お前の愛はこれほどまでに複雑な迷宮だったのか!?」
「ええっ!?」
里奈が顔を真っ赤にして照れる。
「す、すごい……順、そんなに深く味わってくれたの……?」
違う! 言いたくない! めちゃくちゃ恥ずかしい!
だが、止まらない。
次は乃愛のステーキだ。
「……圧倒的だ。この肉の脂は、舌の上で踊るプリマドンナ。しかし、後味に残るトリュフの香りは、支配される快楽を教えてくれる『女王の鞭』のようだ! 乃愛、お前は俺を食卓の上で飼いならすつもりか!」
「……ッ! ご主人様、わかってらっしゃる……ゾクゾクしますわ!」
乃愛が恍惚の表情で身をよじる。
最後に、カンナ先輩の離乳食。
「……これは……原点回帰! 全ての食材が渾然一体となり、食感という概念を捨て去ることで、母なる羊水に抱かれているような安心感を与える! カンナ先輩、貴女は俺を胎児に戻そうとしているのですね!?」
「は、はいっ! ママになります!」
カンナ先輩が涙ぐんで喜ぶ。
教室中がドン引きしている。
「鷹井、ついに壊れたか」「食レポの才能が気持ち悪い」「あれがハーレムの代償か」というヒソヒソ話が聞こえる。
俺はアプリを停止させようとスマホを連打したが、フリーズしていた。
結局、昼休みが終わるまで、俺は一口食べるごとに「大地の恵みが!」「海原の神秘が!」と叫び続け、喉を枯らすことになった。
放課後。
俺は疲れ果てて机に突っ伏していた。
ヒロインたちは「順の食レポ、録音しておけばよかった」「明日も作ってくるね!」と盛り上がっている。
俺は心に誓った。
明日は絶対に、一人でトイレでパンを食う、と。
しかし、ポケットの中のスマホには、『明日のランチ予報:カオス』という通知が静かに表示されていた。




