第24章 放課後のゲーセンは恋と電子音の不協和音
「ねえ順! 今日こそカラオケ行こうよ!」
「ご主人様、新作の紅茶が入荷しましたの。我が家でティータイムはいかが?」
「鷹井くん……補習の準備はできていますか? 図書室へ連行します」
放課後のチャイムが鳴った瞬間、三方向からのお誘い(命令)が飛んでくる。
俺は教科書を鞄に詰め込みながら、必死に言い訳を考えた。
「悪い、今日は用事があるんだ。……ゲーセンに行く」
「ゲーセン?」
三人が顔を見合わせる。
俺の趣味(二次元)を尊重してくれるなら、ここで引いてくれるはずだ。
「いいわね。付き合ってあげる」
「私も行くー! プリクラ撮ろ!」
「……風紀委員として、ゲームセンターの巡回も必要ですね」
結局、全員ついてくることになった。
俺たちは駅前のゲームセンター『セガ・ワールド』に向かった。
店内は電子音と歓声で満ちている。
俺の目当ては、新作フィギュアが入荷したクレーンゲームだ。
『魔法少女リリエル・水着Ver』。
この日のために小遣いを貯めてきたのだ。
「へえ、これが順の好きなキャラ? 露出多くない?」
里奈がガラスケースの中を覗き込んで呆れている。
「芸術よ。……でも、私のプロポーションには敵わないわね」
乃愛が張り合ってくる。
俺は集中した。
100円を投入。アームを操作する。
ウィーン……ガシッ。
掴んだ! ……が、持ち上げた瞬間にポロッと落ちた。
クソッ、アームが弱い!
「貸して順! 私が取る!」
里奈が交代した。
彼女は意外と上手く、数回で景品を落とし口のギリギリまで寄せた。
「あと一回! 乃愛、やってみる?」
「ええ。任せて」
乃愛がコインを入れる。
彼女は真剣な眼差しでボタンを押した。
アームが下がり、箱をガッチリと掴む。
持ち上がる。移動する。
そして――
ボトンッ!
見事にゲットした!
俺は思わず歓声を上げた。
「すげえ! ありがとう白樺さん!」
俺が取り出し口からフィギュアを取ろうとした時、乃愛が俺の手を押さえた。
「待って。これは私が取ったものよ」
「えっ? でも、俺のために……」
「あげるとは言ってないわ。……これは人質よ」
乃愛がフィギュアの箱を抱きしめ、妖しく微笑む。
「返してほしければ……私の言うことを一つ聞きなさい」
「汚い! さすが財閥令嬢、やり方が汚い!」
「交渉術と言ってちょうだい。さあ、どうする? このリリエルちゃんの水着を剥ぎ取って(開封して)、私が代わりに着てもいいのよ?」
それは見たい気もするが、フィギュアとしての価値が下がる!
俺は泣く泣く「言うことを聞く」という悪魔の契約を結んだ。
2.プリクラ機という密室
「じゃあ、私の言うことは『一緒にプリクラを撮る』よ!」
里奈が便乗して提案してきた。
乃愛も「いいわね。契約履行の一環として認めましょう」と頷く。
俺たちは最新のプリクラ機に入った。
狭い。4人だと酸欠になりそうだ。
背景を選び、撮影スタート。
「はい、チーズ!」
パシャッ。
出来上がった写真を見て、俺は絶句した。
最近のプリクラは補正機能が凄いとは聞いていたが、俺の目が少女漫画のようにデカくなり、肌がつるつるのピンク色になっていたのだ。
もはや別人だ。宇宙人だ。
「あはは! 順、かわいー!」
「美少女ね……。これなら私の妹として紹介できるかも」
「鷹井くん、目がキラキラ……」
三人は可愛く写っているのに、俺だけバケモノだ。
さらに、落書きタイム。
里奈がペンを走らせる。
『順♡LOVE』『初デート記念』『ご主人様』
勝手なことを書くな!
その時、スマホが振動した。
『環境検知:画像加工機』
『新機能:【真実の姿】』
『効果:プリクラの過剰な補正を無効化し、被写体の「内面」や「本性」を映し出します』
余計なことを!
次のショット。
パシャッ。
モニターに映し出された写真を見て、全員が固まった。
俺は普通の疲れ切った顔に戻っていた。
だが、ヒロインたちは――
乃愛の背後には、黒いオーラと共に『独占欲』という文字が浮かび上がっている。
里奈の目にはハートマークが浮かび、『肉食系』というスタンプが自動で押されている。
カンナ先輩に至っては、顔が真っ赤で『ムッツリ』というレッテルが貼られていた。
「……何これ!?」
「機械の故障かしら? 不愉快ね」
「わ、私の内面が……バレてる!?」
気まずい空気が流れる中、シールが印刷されて出てきた。
俺はこのシールを「魔除け」として財布に封印することにした。
3.日常の帰路と小さなハプニング
ゲーセンを出ると、外はすっかり夕暮れ時だった。
茜色の空に、一番星が光っている。
俺たちは並んで家路についた。
特別なことは何もない。
ただ、コンビニで肉まんを買って分け合ったり(俺は一口も食べられず、三人に「あーん」された)、道端の猫を見つけて盛り上がったり。
そんな些細な時間が、妙に心地よかったりする。
「……ねえ、順」
里奈が隣で肉まんを頬張りながら言った。
「こうやってみんなで帰るの、なんかいいよね」
「……まあな。うるさいけど」
「素直じゃないなー」
乃愛も優雅に歩きながら同意する。
「退屈な日常も、ご主人様といればエンターテイメントになりますわ」
「俺はおもちゃか」
カンナ先輩も微笑んでいる。
「補導対象者たちとの交流も、たまには悪くありませんね」
平和だ。
アプリさえ暴走しなければ、俺の高校生活はこんなにも穏やかなのかもしれない。
その時、俺の靴紐が解けた。
「あ、ちょっと待って」
俺はしゃがみ込んで紐を結び直した。
その瞬間。
ビュオッ!
突風が吹いた。
秋の風は意外と強い。
「きゃっ!」
「あら!」
「ふぇっ!」
三人のスカートが、マリリン・モンローのようにふわりと舞い上がった。
しゃがんでいた俺の目の前には、絶景が広がっていた。
白。ピンク。水色。
……見てしまった。
不可抗力だ。
だが、彼女たちは俺を見下ろし、顔を真っ赤にして固まっていた。
「……順?」
「……ご主人様?」
「……鷹井くん?」
三人の声色が、低く、冷たく、そして熱を帯びていく。
アプリの通知音が鳴る。
『パッシブスキル発動:【ラッキースケベの代償】』
『効果:見た分だけ、責任を取らされます』
「……見たわね?」
「責任、取ってくれるよね?」
「風紀委員長として……現行犯逮捕(個人的な尋問)です!」
「ち、違う! 風のいたずらだ!」
俺は脱兎のごとく走り出した。
夕暮れの商店街を、全速力で逃げる俺と、追いかける三人の美少女。
平和な日常なんて幻想だった。
やはり俺の青春は、トラブルと隣り合わせなのだ。
商店街のおばちゃんが「あらあら、若いっていいわねえ」と笑っている声が、遠く背中に聞こえた。




