第23章 吸血鬼の棺桶はキス待ち行列の受付所
1.開演前の儀式と吸血鬼の憂鬱
文化祭当日の朝。
秋晴れの空の下、校門には華やかなアーチが飾られ、生徒たちの熱気が溢れ出している。
だが、俺、鷹井順の心は、棺桶の中の死体のように冷え切っていた。
2年B組の教室は、完全なる闇に包まれていた。
入り口には『ラブラブ・パニックお化け屋敷 ~吸血鬼の眠る棺~』という、誰が考えたのか小一時間問い詰めたいタイトルの看板が掲げられている。
「順、準備できたー? 衣装チェックするよー!」
衣装係の相沢里奈が、更衣室(衝立の裏)に入ってきた。
彼女自身も「小悪魔ナース」のコスプレをしており、黒いナース服と網タイツが妙に似合っている。聴診器はおもちゃだが、胸元の開き具合は本気だ。
「……着たよ。これでいいんだろ」
俺は諦めの境地で振り返った。
俺が身に纏っているのは、黒いタキシード風の衣装に、裏地が深紅のマント。顔には白塗りのメイクと、口元から垂れる血糊。そしてカラーコンタクトで瞳を赤くしている。
鏡の中の自分は、意外と様になっていた。中二病全開だが。
「きゃー! かっこいい! 順、超似合う!」
「写真撮るなよ。ネットに上げたら訴える」
「大丈夫、私の保存用だから♥」
里奈が俺の襟元を整えながら、顔を近づけてくる。
彼女の吐息が首筋にかかる。
「ねえ順。本番前に……リハーサルしとく?」
「何の?」
「吸血鬼を目覚めさせるための……『儀式』だよ」
里奈の指が俺の唇をなぞる。
危険だ。この空気はまずい。
俺が後ずさりしようとした時、衝立の向こうから冷ややかな声が飛んできた。
「そこまでよ、泥棒猫」
白樺乃愛だ。
彼女の衣装は「ゴシック・メイド」。フリルの多い黒いドレスに、白いエプロン。頭にはカチューシャ。だが、そのスカート丈は膝上で、絶対領域が眩しい。手にはなぜか銀のトレイ(中身はトマトジュース)を持っている。
「ご主人様の唇は、本番でのメインイベントよ。貴方が勝手に消費していいものじゃないわ」
「ちぇっ。減るもんじゃないしー」
「減るわよ。神聖性が」
乃愛が俺の前に立ち、トレイを差し出した。
「さあ、ご主人様。これを飲んで精をつけてくださいまし。……中身はトマトジュースですが、私の愛(隠し味)入りですわ」
「隠し味って何入れたんだよ! 怖いから飲まん!」
2.棺桶の中の密室サスペンス
午前10時。文化祭スタート。
俺は予定通り、教室中央の棺桶の中に仰向けに寝かされた。
蓋が閉められる。
視界が闇に包まれる。
唯一の明かりは、蓋の隙間から漏れ入るわずかな光と、スマホのバックライトだけだ。
「……暇だ」
俺の役割は、客が来るまでひたすら寝ていることだ。
そして、客が棺桶の蓋を開け、「ある条件(額へのキスやお札を貼るなど)」を満たすと、ガバッと起き上がって驚かせる。それだけだ。
だが、この狭い空間は精神的に来る。
俺はスマホを取り出し、時間潰しにアプリをいじった。
『イベント検知:文化祭』
『新機能:【客寄せパンダ(集客モード)】』
『効果:半径50メートル以内の人々に、無意識レベルで「あの棺桶の中が見たい」と思わせるフェロモンを放出します』
『消費:10P/分』
やめろ!
ただでさえ女子に人気の企画なのに、これ以上客を呼んでどうする!
だが、俺が設定を見る前に、すでに機能がONになっていたらしい。
外から凄まじい足音が聞こえてきた。
「キャー! 吸血鬼様ー!」
「イケメンがいるって噂だよ!」
「開けろ開けろー!」
暴動か? ゾンビ映画の籠城戦か?
棺桶が揺れる。バンバンと叩かれる。
そして、ギギギ……と蓋が開けられた。
「……うらめしや~(棒読み)」
俺がマニュアル通りに起き上がろうとすると、目の前にいたのは女子高生の集団だった。
「キャー! 本当にイケメン!」
「肌白い! 美しい!」
「ねえ、噛んで! 私の首噛んで!」
悲鳴ではなく歓声。恐怖ではなく求愛。
彼女たちは次々とスマホを取り出し、撮影会を始めた。
さらに、大胆な客が俺の頬にキスしようと身を乗り出してくる。
「ストップです! 接触禁止です!」
警備係の乃愛と里奈が必死に客を引き剥がす。
繁盛しすぎだ。酸素が薄い。
俺は再び蓋を閉めて引きこもった。
3.風紀委員長の潜入捜査
昼休み。
客足が少し落ち着いた頃、棺桶の蓋が静かに開けられた。
今度は一人だ。
逆光で顔が見えないが、制服を着ている。
「……失礼します。風紀委員による抜き打ち検査です」
鉄輪カンナ先輩だ。
彼女は片手にチェックシート、もう片手にペンライトを持っている。
だが、その顔は真っ赤で、呼吸が荒い。
「……異常なし。中の環境は……適切か確認します」
先輩が棺桶の中に身を乗り出してきた。
狭い。近い。
先輩の長い髪が俺の顔にかかる。
「あの、先輩? 検査なら外からでも……」
「静粛に。……密閉空間における風紀の乱れを測定するには、私も中に入る必要があります」
どんな理屈だよ!
先輩はスカートを押さえながら、なんと棺桶の中に跨ぎ込んできた。
俺の上に馬乗りになる体勢だ。
おいおいおい! これはアウトだろ!
「せ、先輩! 狭いです! 密着しすぎです!」
「我慢しなさい。……これが任務です」
先輩が俺の胸に手を置き、耳元で囁く。
「……ねえ、鷹井くん。吸血鬼って、本当に血を吸うの?」
「設定ですよ、設定」
「……私なら、吸われてもいいかも。……首筋、空いてるよ?」
先輩が髪をかき上げ、白いうなじを晒す。
ペンライトの光が、彼女の艶めかしい表情を照らし出す。
これは「抜き打ち検査」じゃなくて「誘惑」だ。
アプリのパッシブスキル【ムッツリ解放】が発動しているに違いない。
「が、我慢してください先輩! 今は公務中です!」
「公務だからこそ……殉職したいの……」
先輩が顔を近づけてくる。
その時、外から乃愛の声がした。
「カンナ先輩? 中で何をしているのですか? 制限時間を過ぎていますわよ」
ビクッ!
先輩が飛び上がった(頭を蓋にぶつけた)。
「あ、あくまで検査です! 異常なし! 撤収!」
先輩は逃げるように棺桶から飛び出していった。
俺は冷や汗を拭った。危なかった。もう少しで吸血鬼じゃなくて狼男になるところだった。
4.ラストステージと妹の来襲
文化祭終了間際。
最後の客として現れたのは、予想外の人物だった。
ギィィ……。
蓋が開く。
そこに立っていたのは、制服姿の中学生。
妹の美咲だ。
彼女は無表情で俺を見下ろし、手には「十字架」と「ニンニク」を持っていた。
「……兄官殿。生存確認に来ました」
「美咲!? なんでここに?」
「偵察任務です。兄が女吸血鬼どもに骨抜きにされていないか心配で」
美咲は棺桶の中をジロジロと確認し、俺の襟元にキスマークがないかチェックした。
「……ふむ。今のところ被害は軽微のようですね。ですが、油断は禁物です」
美咲は持っていたニンニクを俺のポケットにねじ込んだ。
臭い! 衣装が台無しだ!
「これは魔除けです。そして……これを」
美咲がもう一つ取り出したのは、小さな小瓶に入った赤い液体だった。
「これ、何?」
「私の血(を模したトマトジュース)です。どうしても吸血衝動が抑えられない時は、これを飲んで我慢してください。……他の女の血を吸うくらいなら、私のを捧げますから」
重い! 設定に乗っかりすぎだ!
「そろそろ時間です。帰りましょう、お兄ちゃん」
「ああ、そうだな……」
美咲が手を差し伸べる。
俺はその手を掴んで棺桶から出ようとした。
その瞬間。
ドンッ!
教室の入り口が開き、乃愛と里奈が飛び込んできた。
「待ちなさい! まだ終わってないわ!」
「順! 最後は私たちが『封印』するんだから!」
二人はそれぞれ、巨大な杭とハンマーを持っていた。
「さあ、ご主人様。この愛の杭を心臓に打ち込んで、永遠に私のものに……」
「物理的に死ぬわ!」
俺は美咲の手を引いて走り出した。
夕暮れの廊下での逃走劇。
文化祭のフィナーレは、吸血鬼とシスター(妹)とヴァンパイアハンター(ヒロインたち)による鬼ごっこで幕を閉じた。
後夜祭のフォークダンス?
そんなものに参加できるはずがない。俺は体育館の裏で、美咲と二人、コンビニのおにぎりを食べながら花火を見上げた。
「……お兄ちゃん、お疲れ様でした」
「ああ、疲れたよ……本当に」
スマホが震える。
『イベントクリア:文化祭』
『報酬:ヒロインたちの執着度がレベルアップしました』
いらない報酬だ。
だが、夜風は少しだけ涼しく、秋の気配を感じさせていた。




