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第21章 文化祭の出し物は吸血鬼の囁き

1.ホームルームという名の戦場


 放課後の教室。

 夕日が差し込む黒板には、チョークで大きく『文化祭の出し物決め』と書かれていた。

 司会進行役の学級委員長が教壇に立ち、少し緊張した面持ちでチョークを握っている。


「えー、それでは、今年の文化祭で我が2年B組が何をするか、案を募集します」


 文化祭。

 それは青春の1ページであり、リア充たちが輝き、非リア充たちが裏方で段ボールと戯れるイベントだ。

 俺、鷹井順にとっては、「いかにして仕事をサボり、図書室の片隅でラノベを読む時間を確保するか」が最重要課題となる。


 だが、今の俺の状況は、サボるどころか生存すら危うい。

 右隣の白樺乃愛は、手元のスケッチブックに何か壮大な設計図を描いているし、前の席の相沢里奈はスマホでコスプレ衣装のサイトをスクロールしている。

 嫌な予感しかしない。


「はい! 提案があります!」


 元気よく手を挙げたのは、里奈だ。

 彼女は立ち上がり、クラス全員に向かってウインクを飛ばした。


「やっぱり文化祭といえば、『メイド喫茶』でしょ! 可愛い衣装で接客して、男子も女子も盛り上がること間違いなし!」


 男子生徒たちから「おおー!」「賛成!」「相沢のメイド服見たい!」という歓声が上がる。

 ベタだ。あまりにもベタだ。だが、平和でいい。俺は裏方で皿洗いでもしていれば、ヒロインたちとの接触を避けられるかもしれない。


「異議あり」


 その空気を切り裂いたのは、冷徹な声だった。

 乃愛がゆっくりと手を挙げ、優雅に立ち上がった。


「メイド喫茶……ありきたりで退屈だわ。それに、誰に奉仕するつもり? 不特定多数の有象無象モブにご奉仕なんて、私のプライドが許さないわ」


 クラス中が静まり返る。

 乃愛の「お嬢様オーラ」が教室内を支配する。


「私が提案するのは、『逆・執事喫茶』よ」

「逆?」

「ええ。お客様(主に女子生徒)をおもてなしするのは当然として……メインイベントは『王様』による謁見よ」


 乃愛が俺の方を見て、ニヤリと笑った。


「クラスの中心に『玉座』を置き、そこに絶対的な王(鷹井順)を座らせる。そして、私たち女子生徒が『下僕』となり、王の命令に従ってお客様をもてなす……どう? ゾクゾクしない?」


 ――は?

 クラス中がざわめく。

 「何それ新しい」「SM喫茶か?」「鷹井が王様?」「罰ゲームじゃん」


 俺は慌てて立ち上がった。

 「反対! 絶対反対! なんで俺が王様なんだよ! 公開処刑だろ!」


「あら、ご主人様。貴方は座っているだけでいいのよ? 後の面倒事は、全て私たちが処理するわ」

「そういう問題じゃない!」


 意見が割れた。

 『メイド喫茶(王道)』派の里奈と、『王様と下僕喫茶(倒錯)』派の乃愛。

 クラスの意見は真っ二つだ。


2.アプリ機能『ポピュリズム・マイク』


 収拾がつかない状況に、委員長が困り果てている。

 このままでは、乃愛の圧力(と財力)で強引に「王様案」が通ってしまうかもしれない。それは阻止しなければならない。

 俺はスマホを取り出し、対策を探した。

 何か、この場の空気を変える機能はないか。


『環境検知:議論・多数決』

『新機能:【ポピュリズム・マイク(扇動モード)】』

『効果:スマホのマイクを通して発言すると、その言葉が聴衆の心に深く響き、無条件で賛同を得やすくなります』

『消費ポイント:50P』


 これだ!

 これを使って、もっと無難な、俺が目立たない案を提案すればいいんだ。

 たとえば……『お化け屋敷』とか。暗闇に紛れてサボれるし、王様役なんてやらなくて済む。


 俺はアプリを起動し、勇気を振り絞って手を挙げた。


「あの……俺も提案があります!」


 全員の視線が俺に集まる。

 俺はスマホを口元に寄せ(マイク機能ON)、堂々と宣言した。


「俺たちがやるべきなのは、メイドでも執事でもない……『お化け屋敷』だ! 暗闇の中で、客を恐怖のどん底に叩き落とすんだ!」


 俺の声が、いつもより深く、響き渡るように聞こえた。

 アプリの効果だ。生徒たちの目が、みるみるうちに輝き始める。


「おお……お化け屋敷……!」

「確かに、暗闇っていいかも……」

「鷹井が言うなら、それが正解な気がしてきた!」


 よし! 手応えありだ!

 これで王様役は回避できる!


 しかし、俺はまたしてもアプリの注釈を見落としていた。

 『※注意:効果は聴衆の「潜在的な願望」と結びついて増幅されます』


 俺の提案を聞いた乃愛と里奈が、顔を見合わせ、怪しく微笑んだ。


「お化け屋敷……暗闇……密室……」

「恐怖で抱きつく口実ができる……吊り橋効果……」

「「採用ね!!」」


 二人の賛同をきっかけに、クラス中が熱狂の渦に包まれた。

 だが、その方向性がおかしい。


「決定だ! 出し物は『ラブラブ・パニックお化け屋敷』!」

「お化け役の女子が客(男子)に抱きついて驚かせるサービス付き!」

「逆に、客(女子)がお化け役(男子)を捕まえてお持ち帰りするコースも作ろう!」


 待て待て待て!

 それはお化け屋敷じゃない! 風営法に引っかかる店だ!


3.衣装係という名の拷問


 結局、出し物は『お化け屋敷』に決定した。

 だが、その内容は「恐怖」よりも「ハプニング」を重視した、極めて不純なものとなった。


 そして、役割分担の時間。

 俺は当然、裏方を希望した。大道具係とか、照明係とか。

 しかし。


「順くんは『総監督』兼『メインお化け』に決定済みよ」


 乃愛が黒板に俺の名前を書き殴った。

 拒否権はない。


「メインお化けって何だよ! 貞子みたいな役か?」

「いいえ。……『吸血鬼ヴァンパイア』よ」


 乃愛がスケッチブックを開く。

 そこには、黒いマントを羽織り、胸元をはだけた俺のデザイン画が描かれていた。無駄に美化されている。


「貴方は棺桶の中で眠り続け、やってきた客(私たち)がキスをすることで目覚めるの。そして、その客の首筋に……ガブッと♥」

「却下だ! 絶対にやらん!」


 俺が抗議していると、里奈が裁縫セットを持って近づいてきた。

 

「まあまあ順、とりあえず採寸しようよ! 私、衣装係になったから!」

「採寸? ここで?」

「うん! ぴったりした衣装じゃないとかっこよくないでしょ?」


 里奈がメジャーを取り出し、俺の体に巻き付けてくる。

 教室の隅で、公開採寸が始まった。


「はい、胸囲は……うーん、意外とあるね」

「ちょっと、くすぐったい!」

「次はウエスト……。あ、順、お腹へっこませないで?」


 里奈の顔が近い。

 彼女の指先が、俺の脇腹や背中を這うように動く。

 これは採寸じゃない。ボディタッチだ。


「……相沢さん。採寸が遅いわ。私も手伝うわ」


 乃愛が参戦してきた。

 彼女はメジャーを持たず、直接手で俺の体を触り始めた。


「股下の長さは重要よ。……ここから、ここまでね」

「ひっ!?」

「何よ、動かないで。正確なデータが取れないでしょ?」


 乃愛の手が、俺の太ももの内側をスゥーッと撫で上げる。

 教室中が見ている!

 男子たちの嫉妬の視線と、女子たちの「あら〜」という生温かい視線。


「ちょ、タンマ! 自分で測るから!」

「ダメよ。ご主人様の体のサイズは、私が全て把握しておく義務があるの」


 義務なんてない!

 結局、俺は二人に体中を触り回され、データという名の羞恥心を吸い取られた。


4.風紀委員長の潜入捜査


 そんな騒ぎの中、ガラッとドアが開いた。

 鉄輪カンナ先輩だ。

 彼女は「不純な出し物の噂を聞きつけて」やってきたらしい。


「2年B組! 『ラブラブお化け屋敷』とは何事ですか! 企画書を見せなさい!」


 先輩が教壇に詰め寄る。

 助かった。風紀委員長の権限で、このふざけた企画を潰してくれ!


 しかし、乃愛は動じなかった。

 彼女は企画書の「コンセプト」欄を指差して説明した。


「カンナ先輩、誤解ですわ。これは『恐怖による心拍数の上昇と、恋愛感情の区別がつかなくなる現象(吊り橋効果)の学術的検証』を目的とした、極めて真面目な実験です」

「……学術的検証?」


 先輩が眼鏡の位置を直す。

 乃愛の口八丁(詭弁)が炸裂する。


「はい。そして、メインキャストである『吸血鬼』役の鷹井くんは、その実験台として、拘束された状態で棺桶に入れられるのです」

「……拘束?」


 先輩の眉がピクリと動いた。

 嫌な予感がする。先輩の「隠れドS(あるいはドM)」スイッチが入ったか?


「つまり、鷹井くんは無抵抗な状態で、女子生徒たちのなすがままにされる……ということですか?」

「その通りです。風紀委員長として、この実験が適切に行われているか、間近で『監視』する必要があると思いませんか?」


 乃愛が悪魔の囁きをする。

 先輩の顔が赤くなる。

 彼女は咳払いを一つして、言った。


「……確かに、監視が必要です。私も当日は……その、客として潜入し、厳しくチェックさせていただきます」

「ありがとうございます。特別優待券ファストパスをご用意しておきますわ」


 陥落した!

 風紀委員長まで取り込まれてしまった。


 俺は絶望して椅子に崩れ落ちた。

 文化祭までの準備期間。それは、俺が棺桶に入れられ、衣装合わせという名目で弄ばれ、実験台として扱われる日々の始まりだった。


 スマホの画面には、アプリからの通知が表示されていた。

 『新ミッション:文化祭当日までに吸血鬼の役作りを完璧にせよ』

 『ヒント:まずは首筋を晒す練習から始めましょう』


 俺は自分の首を手で覆った。

 この学校には、血に飢えた吸血鬼よりも恐ろしい、愛に飢えた肉食獣たちが徘徊しているのだ。


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