表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/51

第20章 席替えという名の聖域争奪戦(デスゲーム)

1.九月の憂鬱と教室の地政学

 夏休みが明け、二学期が始まって数日が過ぎた。

 九月の教室には、まだ夏の熱気がよどんだように残っている。窓の外では、最後の力を振り絞るようにセミが鳴いていたが、その声もどこか掠れているように聞こえた。


 俺、鷹井順は、ホームルーム前の気怠い空気の中で、机に頬杖をつきながら深く溜息をついた。

 二学期。それは文化祭や体育祭といった、陰キャにとっての試練イベントが目白押しの季節だ。

 だが、それ以前に、俺には解決しなければならない喫緊の課題があった。


「えー、それでは予告通り、今日は席替えを行う」


 担任の田中先生(三十代独身・疲れた目が特徴)が、無慈悲な宣告と共に一枚の箱を教卓に置いた。

 クラスの中に、ざわめきが走る。

 

 席替え。

 それは学生にとって、一学期の運命を左右する「国境線の引き直し」に等しい。

 窓際の一番後ろ。通称『主人公席』にして、俺のような人間にとっては『聖域サンクチュアリ』。そこを確保できるか否かで、俺のQOL(生活の質)は天と地ほど変わってくる。


「(頼む……今回こそは、目立たない、静かな、そして彼女たちの視線が届かない席を……!)」


 俺は祈るような気持ちで、視線を巡らせた。

 現在の俺の席は、廊下側の真ん中。

 そして最悪なことに、右斜め前には白樺乃愛が、左後方には相沢里奈が鎮座している。常に挟み撃ちの状態だ。授業中に視線を感じすぎて、背中に穴が空きそうだった一学期とは、今日でおさらばするんだ。


 チラリと乃愛の方を見る。

 彼女は優雅に紅茶(水筒持参)を飲みながら、余裕の笑みを浮かべていた。その視線が、俺と交差する。

 彼女の唇が、音もなく動いた。

 

 『逃・が・さ・な・い』


 ヒィッ!

 背筋が凍る。読唇術なんて習得していないのに、はっきりと理解できてしまった。

 里奈の方も見ると、彼女は机の上で両手を組み、何やらブツブツと呪文のようなものを唱えている。

 「順の隣、順の隣、順の隣……」

 怖い。それはお祈りじゃなくて呪詛だ。


 このまま運任せにクジを引けば、確実に何らかの「力」が働いて、俺は再び包囲網の中に放り込まれるだろう。

 俺はポケットの中のスマホを握りしめた。

 科学アプリの力で、運命を捻じ曲げるしかない。


2.アプリ機能『神の座席表ゴッド・シート

 先生がクジの箱をシャッフルしている隙に、俺は机の下でこっそりとアプリを起動した。

 画面の輝度を最低にして、メニュー画面をスクロールする。

 頼む、何か使える機能があってくれ。


『環境検知:運命の分岐点(席替え)』

『推奨機能:【神の座席表ゴッド・シート】』

『効果:半径10メートル以内の電子機器や物理的なクジに干渉し、ユーザーが指定した座標の座席を獲得します』

『消費ポイント:150P』


 あった!

 これだ。これさえあれば、俺は念願の窓際最奥をゲットできる。

 150ポイントは痛いが、夏休みの宿題地獄で稼いだ(苦労した)ポイントがまだ残っている。これからの平和な半年間を買うと思えば安いものだ。


 俺は迷わず購入ボタンを押し、座席表のターゲットをタップした。

 『座標:窓側・最後列』。

 完璧だ。これで俺の勝ちは確定した。


「じゃあ、出席番号順に引いていけー」


 先生の声と共に、生徒たちが次々と教卓へ向かう。

 俺の番が回ってきた。

 俺は平静を装いながら、箱の中に手を入れた。

 指先に触れた、硬い紙の感触。

 アプリが正しく作動していれば、どれを引いても俺が望む番号になるはずだ。


 俺は一枚のクジを引き抜き、席に戻ってからそっと開いた。


 『42番』


 黒板に貼られた座席表と照らし合わせる。

 42番……窓際、一番後ろ!

 やった! 成功だ!

 俺は心の中でガッツポーズをし、込み上げてくる笑みを必死に噛み殺した。

 見たか、乃愛、里奈。これが科学の勝利だ。


 しかし、俺は気づいていなかった。

 スマホの画面に、小さく注意書き(注釈)が表示されていたことを。


『※注意:本機能はユーザーの「深層心理」における幸福を最優先します。「物理的な距離」よりも「精神的な安らぎ」を計算に入れた結果、配置が微調整される場合があります』


3.計算外のフォーメーション

 全員がクジを引き終わり、いよいよ机の移動が始まった。

 ガタガタと机を引きずる音が教室中に響き渡る。

 俺は軽やかな足取りで、窓際の聖域へと机を運んだ。


 窓の外には青い空。心地よい風。

 最高だ。ここなら授業中にこっそりラノベを読んでもバレないし、休み時間に寝たふりをして過ごすことも容易だ。


「ふぅ……」


 俺が椅子に座り、安堵のため息をついた、その時だった。


 ガタッ。

 俺の右隣に、机が置かれた。

 ふわりと漂う、高貴なバラの香り。


「奇遇ね、ご主人様」


 恐る恐る顔を上げると、そこには満面の(獲物を捕らえた肉食獣のような)笑みを浮かべた白樺乃愛がいた。

 

「な……なんでお前がここに!?」

「愛の引力よ。クジを見たら、なんと41番だったの。ご主人様の隣……運命以外に言葉が見つからないわね」


 乃愛が俺の机に肘をつき、顔を近づけてくる。

 ま、まあいい。隣が乃愛なのは計算外だが、反対側は窓だ。片側が塞がれただけなら、まだ防御のしようはある。


 ガタッ。

 今度は、俺の前の席に机が置かれた。

 弾けるようなシトラスの香り。


「やっほー順! 後ろの席だね! これで授業中に手紙回せるよ!」


 相沢里奈だ。彼女がくるりと振り返り、ウインクを飛ばしてくる。

 前が里奈……?

 いや、待て。これはおかしい。

 俺がアプリで指定したのは「俺の席」だけだ。

 なぜ、ピンポイントで彼女たちが周囲を固めているんだ?


 俺が困惑していると、さらに異変が起きた。

 俺の斜め前の席。そこに座ったのは、クラスで一番おとなしい、図書委員の山田さんだった。

 彼女なら無害だ。そう思った瞬間、山田さんが振り返り、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。


「……鷹井くん。あの、私、鷹井くんの背中を見ていると……なんだかドキドキして、観察日記をつけたくなっちゃうんです……」


 は?

 山田さん、頬を染めてノートに何か書き込んでいる。

 『観察対象:鷹井くん。今のあくび、尊い。』


 ――パッシブスキルだ。

 俺のスマホが震える。


『解説:座席配置完了。ユーザーの「安らぎ」のためには、外部からの攻撃(他の男子や教師の干渉)を遮断する「壁」が必要です。アプリは周囲の座席に、貴方に好意を持つ人物(親衛隊)を配置しました』


 安らぎってそういう意味じゃない!

 俺を隔離するために、周囲をイエスマン(好意を持つ女子)だけで固めたってことか!?

 これじゃあ「聖域」じゃなくて「監獄」じゃないか!


4.密室の中の授業風景

 一時間目の授業が始まった。科目は現代文。

 だが、俺には黒板の文字など目に入らなかった。

 なぜなら、俺の周囲半径1メートル以内だけ、重力が歪んでいるかのような濃密な空間が形成されていたからだ。


 まず、右隣の乃愛。

 彼女は教科書を開いているふりをして、その下に別の紙を広げている。

 チラリと見ると、そこには『婚姻届』と書かれていた。

 練習か? 署名の練習をしているのか?


「……ご主人様、印鑑は実印じゃなくてもいいのかしら?」


 小声で話しかけないでください。先生に見つかります。


 そして、前の席の里奈。

 彼女は背中を少し反らせ、椅子の背もたれ越しに俺の机に髪の毛を垂らしている。

 サラサラとした髪が、俺のノートにかかる。

 

「ねえ順、消しゴム貸して?」

「持ってるだろ」

「順の体温が染み込んだやつがいいの」


 変態か。

 俺が無視してノートを取ろうとすると、里奈はわざとペンを床に落とした。

 

「あっ、落としちゃった。順、拾って?」


 里奈が拾おうとして身を屈める。その拍子に、短いスカートが危うい角度になる。

 前の席の男子たちが一斉に振り返ろうとした瞬間、右隣から氷のような殺気が放たれた。


「……見たら、潰すわよ?」


 乃愛がシャーペンの芯をへし折りながら睨みをきかせる。

 男子たちは「ヒッ」と声を上げて前を向いた。

 鉄壁の防御だ。だが、その防御は俺を逃がさないための檻でもある。


5.休み時間の防衛戦

 キーンコーンカーンコーン。

 休み時間を告げるチャイムが鳴る。

 それは俺にとって、ゴングの音と同じだった。


「順くん、お弁当一緒に食べましょ?」

「順! 購買行こうよ! 焼きそばパン争奪戦!」


 左右から同時に腕を掴まれる。

 いつもの光景だが、今日は席が近いため、逃走距離がゼロだ。


 ガラッ。

 教室のドアが開き、風紀委員の腕章をつけた鉄輪カンナ先輩が入ってきた。

 彼女は他クラスだが、休み時間のたびに「巡回」と称してやってくる。


「失礼します。……鷹井くん、風紀の乱れはありませんか?」


 先輩は一直線に俺の席(窓際最奥)へ向かってきた。

 そして、俺の周りのフォーメーションを見て、眉をひそめた。


「なっ……何ですか、この配置は! まるでハーレムじゃないですか! 不健全です!」

「そうですよね先輩! 俺もそう思います! 席替えを無効に……」


 俺が助けを求めようとした時、先輩は顔を赤らめて、モジモジと言い足した。


「……こんなに密集しているなら、私が入る隙間がないじゃないですか。……ズルいです」


 そっちかよ!

 先輩は「指導」という名目で、俺の机の前にパイプ椅子を持ってきて座り込んだ。

 これで前、右、斜め前が塞がれた。

 後ろと左は壁。


 完全なる「鷹井順包囲網」の完成である。


「……詰んだ」


 俺は窓の外の青空を見上げた。

 雲が自由そうに流れている。

 俺の二学期は、この1平方メートルの空間の中で、彼女たちの愛(という名の圧)に揉みくちゃにされながら過ぎていくことが確定した。


 スマホが震え、アプリから通知が届く。

 『ミッション発生:この閉鎖空間で一日正気を保ってください』

 『報酬:胃薬(実物)』


 俺は静かに机に突っ伏した。

 文化祭まで、あと一ヶ月。

 この席配置のまま準備期間に突入するとか、考えるだけで胃に穴が空きそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ